【其の三 校外学習】
「はい、それでは点呼を取っていきます。名前を呼ばれたら元気に返事をしてください。青木君」
「はい!」
校外学習当日。
いつもなら始業の挨拶を教室でしている時間に、
体操服に赤白帽、ランドセルとは違う鞄を背負って同じ学年の生徒全員が運動場に集められていた。
クラス毎に分けられて三角座りをして、前後に立った先生により出席確認をされる。唐突な行先の変更などあるはずもなく、
予定通り今からガラクタ山こと月見山へと向かう。
初めてガラクタ山に行ったあの日以来、
僕は何度か目的もなく山頂のぬいぐるみ達を訪ねた。
その内一度だけ城崎君と会う事があったが、
それが目的だったかと問われると否定せざるを得ない。
毎日眺めても、何度足を運んでも。
不思議な安心感を与えてくれるガラクタ山に明確に好意を抱き始めていた。
思料せずとも恋慕の情ではない事は明白だ。
全員分の出欠を取り終え、各クラスの担任、副担任が確認をし終わってから、
学年主任による本日の行程の説明が始まる。
説明の内容は全て前日に配られた用紙に記載してあったが、
受け取るだけで内容を確認しなかった大多数の為により覚えやすい〝言葉〟という形にして伝えてくれているのだろう。
学年主任による説明が大過なく終えられ、
一クラス毎に順番で裏門から出てガラクタ山へと向かう。
わざわざ学校に登校してから遠回りでガラクタ山へのゴミ拾い。
それに加え、友達がいないクラスでの団体行動という鬱屈とした心情となっても仕方ない要素が複数盛り込まれているにも関わらず、僕はいつもの平日よりも気分が高揚していた。
今日も、あのぬいぐるみ達に会えるだろうか。
山の麓へ着くと再度簡易的な出欠が取られ、二列になって幅の狭い階段を登る。
到着した頂上では先を歩いていたクラスが既にゴミ拾いを始めていて、
分厚い黒色のゴミ袋が満杯になっては、少し離れた所に停められたトラックへと積み込まれていた。
「はい、それじゃあ今から出席番号が偶数の人はゴミ袋を三枚取りに来てください。ゴミ袋を取ったら、出席番号が一つ前の人とペアになってゴミ拾いを開始しましょう。ゴミの分別は配ったプリントを見ながら
先生の指示通りに並んで出来た列の最後尾に着く。
やれ誰が一番早く終わらせるだとか、やれ誰が一番多く集められるだとか。
そんなクラスメイト達の益体のない会話を聞き流しながら、巡ってきた順番に準じてゴミ袋を受け取り、
出席番号が一つ前、十九番
同じクラスになってからずっと前の席なのにも関わらず、
挨拶一つとはいっても言葉を交わすのは初めて。
上手く話せたかは分からないが、必要以上に距離感が近い事から考えて嫌われているわけではないんだろう。
そう思う事で慣れないクラスメイトとの共同作業に対する憂鬱を紛れさせた。
以前来たゴミ溜まりの所まで来て違和感が込み上げる。
山のようなと表現する他ない程積み上げられたぬいぐるみ達が見当たらない。
もう既に回収したのかもしれないという可能性を考えてトラックに積まれたゴミ袋を確認してみるも、十個程積まれたゴミ袋にはぬいぐるみが詰め込まれた様子はなく、
ましてや既に別のトラックが運んでしまったというのは、開始時刻を考慮すると有り得ない。
「どうしたの?」
首を傾げて不安気に尋ねてくる千足さんに大丈夫とだけ伝え、
ぬいぐるみの事を気に掛けながらクラスメイトに少し遅れてゴミ拾いを開始する。
関わりのないクラスメイトよりは確実に思い入れがあったぬいぐるみの姿が見えないのは、僕の心に少なくない影を落とした。
もうあの親近感に似た不思議な感情に出会う事は出来ないのだろうか。
ぬいぐるみが独りでに歩いたんじゃないのだろうかという突飛もない考えで落ち着けるのがいいのではないだろうかと思えてしまう程、心が不安定に揺れ動かされてしまっていた。
「そろそろ一回持って行く?」
ふと掛けられたそんな声でぼんやりと漂わせていた意識を覚醒させて、
いつの間にか満量になっていたゴミ袋の口を縛る。
持ち上げたゴミ袋は思いの外軽く、
手伝おうと手を出してくれた千足さんを見栄ではなく本心から断ってトラックへと運んだ。
視界の端に映った千足さんの頬が染まっていた気がしたが、気のせいか体調が悪いのかのどちらかだと思う。
少し早めに終わるように尽力しよう。
「やあ葉月君。ゴミ拾いは順調かい?」
先に到着してゴミ拾いを開始していた常葉君が、いつも通りの優しい笑顔で話し掛けてきてくれた。
でも何故か、笑顔の中にほんの少しだけ揶揄うような感情が乗っている気がする。
「葉月君が僕以外を邪険に扱わずに話しているのを見かけるのが初めてな気がしてね。何だか少し嬉しくなったんだ」
そう言って笑う常葉君を見て、少し気恥ずかしくなった。
クラスで会話するのは、自分から話し掛けてくる梶田君や舟木君くらい。
その二人の言葉は嘲笑を含んだものが多いので、邪険に扱わないのは難しい。
それを考えると、嫌悪感なく話す事が出来るのは四年も小学校に通っていながらたったの二人目。
冷静になって振り返ってみると自分の交友関係の狭さが少し悲しくなった。
特に現状を改善しようという気持ちは湧き上がってこなかったが。
「僕のクラスはもう少ししたら学校に戻るみたいだ。今日の感想文を教室で書きながら待ってるよ。昨日は委員会で時間が合わなかったから、今日は一緒に帰ろう」
手を振りながらクラスの集合場所へ行く常葉君に手を振り返して千足さんの元へ戻る。
待たせて怒っているかもしれないと思ったがそんな事はなく、
穏やかにゴミ拾いを終えて学校に戻り、常葉君が待つ教室へと向かった。
「思っていたより早かったね」
眺めていた窓の外から、首を回して視点を僕に替えた常葉君がそう零した。
クラスの中心人物達がこぞってゴミ拾いの終わる速さを競ったんだ。
早く終えたのも頷ける。
碌な会話もなく淡々と作業をしていたのにクラスで下から数えた方がいい程終わるのが遅かった事からも、クラスメイト達の張り切り具合が窺える。
「葉月君は感想文にどんな事を書くか決めたかい?教室で頭を捻ってみたけど書き出しすら思い付かなくてさ」
まだ明るい帰路で常葉君がそうぼやいた。
初めから無かった事になっているぬいぐるみの事を書いて奇異の目で見られるのは避けるべきだろう。
ゴミの内訳や総量で手早く必要な文字数を埋めたいけれど、
おそらくそれでは感想文として認められない。
となると、無難な文章で先生の心象を良くしておくのが良策だろうか。
「ゴミ山を見た感想と、片付けた後で思ったこれからの抱負かい?ゴミ山は汚かったし、ちゃんと家で捨てればいいのにと思ったね。抱負ってなると、これからも分別をちゃんとするとか、落ちてるゴミがあれば近くのゴミ箱に入れる、、、とかかな?うん、何とか纏まってきたよ。さすが葉月君だ」
素直な称賛に少し気恥ずかしさを覚える。
そんな常葉君との楽しい時間もすぐに終わり、
家の近くの別れ道で逆方向に進んで家へと辿り着いた。
多幸感と寂寥感を同時に味わいながら、自室で作文の作成に取り掛かる。
ぬいぐるみ等の本来書きたい事を押し殺しながら書く文章は楽しいわけがなく、
ただ淡々と、常葉君にアドバイスをした内容に準じて必要な文字数を埋めていった。後日、内容が酷似し過ぎて常葉君と一緒に書き写しを疑われたのはまた別の話。
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