第3話 贈り人

 狐狸(こり)。それは昔から日本に伝わる妖怪であり、化けて人を騙す獣である。

 彼らは1000年に一度行われる集会で、狐狸の王である「稲荷」に様々な場所の番を命じられるのだ。


「お前は夢の荒野へいきなさい」


 そう言われ、子狐のサキは夢と現実の狭間である、夢の荒野へと飛ばされた。



―――――――――――――――――――


「ー、ーいっ、おーいっ!」


 そんな声で突然暗闇から叩き起こされる。

 びっくりしているサキの目の前には、まるまると太った一匹の狸がいた。


「だ、だれ、?」


 サキが聞くと狸はポンっとお腹を叩く。


「わしは今宵からお前のパートナーのフジじゃ!お主はなんという?」


「私、サキ、、、はじめましてなのじゃ?」


 フジと名乗る狸は私の答えを聞くと満足そうに笑う。


「マネはしないで結構。そうだサキ。お前はこれから稲荷様から命じられた夢の荒野で番をする。お主くらいの歳の者だと、少し難しい仕事になるかもしれないのぉ。稲荷様は何を考えておられるのか、、、」


「番?仕事?」


 そう言うとフジの目がスっと細められる。まるでそんな事も知らないのかと罵るように。


 それもそのはず。サキは狐狸として産み落とされた瞬間、稲荷様に仕事を与えられたのだから。

 サキがその事をいうと、フジが驚きをあらわにする。


「そうか。ではお主は6000年に一度の妖狐ということか」


 何を言っているのかわからずにいると、それを見たフジが申し訳無さそうにしながらいう。


「すまない、妖狐には初めて出会ったものでなぁ。説明するとまず、わし達狐理は通常2000年ほどしか生きない。だが6000年に一度の、その年に生まれた狐狸は違う。彼らは少なくとも1万年は生きる。そのものたちを妖狐というのだ。」


 サキは自分の白いふわふわな手脚を見る。


 私が...妖狐...


「そして妖狐は普通の狐理より身体能力や知能が発達しておる。だから最も何かの能力が優れた妖狐こそが次の稲荷となり、狐理を導くのだ」


 次の稲荷になり、狐理を導く、、、

 だがこの私に優れた能力などあるのだろうか。


 サキはそんな考えを頭から追い出し、フジに疑問をぶつける。


「仕事ってなにするんですか?」


「そのことだが、お主にはこの荒野に迷う者たちを現世に送り返してほしいのだ。」




―――――――――――――――――――


 それから仕事の対象である「迷う者」が来るまでサキの特訓が始まった。


 まず化けの練習。ここでば”人間のサキ"の基本フォルムを決めた。

 美しく、どこか悲しげな女性に化けたサキはどこまでも神聖的に見えた。


 そして言葉遣い。ここでは人間の姿にあった言葉遣いを学ぶ。


 最後に迷う者たちをどうやって現世に返すかを学んだ。

 フジが言うにはこの夢と現世の狭間である夢の荒野に来たものは、その体が消える前に現世に帰らなければならなく、迷ってから長時間が立ち幸福を感じすぎると脳が無意識に現世に変えることを拒否し、一生この夢の荒野を彷徨い続けることになる。


 そうなる前に迷うものを現世に送り返すのが、サキに与えられた仕事だった。


 そんな特訓をしながら毎日欠かさずに、フジと迷う者がいないか人間の姿で荒野をパトロールしていた。


 ある日、山奥に小さな小屋を見つけた。覗いてみると中には小さなベットと机だけが置かれていた。


 前、この場所の担当だった狐が残したのもだろうか。


 サキに続いて中を見たフジは満足そうに唸る。


「おお、この小屋はいいなぁ。わしがかつて暮らしていた平屋にそっくりだ」


 フジはズカズカと中にはいり、窓から傾いている大きいな夕焼けを見る。

 夕日がフジを照らしたと思うと、部屋全体が夕焼け色に染まってくる。


「窓から見る景色は好きだ。なぜなら、いつも変わっていく景色をみせてくれるから」


 フジがため息を吐くのと同時に、サキの体を電流が走ったような感覚が襲う。


白いベット、窓から差し込む夕日、、、


 夕日を見ては振り返り、はにかんでくる、一人の少女が脳に映し出される。


しらない記憶、、、でも忘れたらだめな気がする、、、


『びょーいんから見える景色は好きよ。だって毎日違ったお顔を見せてくれるの!』


 またもや少女が嬉しそうに話しかけてくる。


 誰の記憶なの?あなたは一体誰なの?


 そんなサキを無視して記憶はフラッシュバックされ続ける。


『あなたは何を書いているの?手紙?うふふ、私もお手紙がもらいたいわ』


 その時、すべてが繋がった音がした。


「これは、私の「前世の記憶」、、、」


無意識のうちに口に出すと、フジは夕日を見つめたまま言う。


「そういえば妖狐には記憶が残っている者もおったのう」


 これが誰に向かって言い放ったものかわからなかった。


「私、どうしたらこの気持ちを伝えられるのでしょうか」


フジはサキがこの事をいうとわかっていたかのように振り向くと、口角を上げる。


「その者の幸せを願う。それだけじゃ」


――――――――――――――


「もちろん、そのときはきっとりんかが喜んでくれるようにするよ」


「ほんと!?じゃあ約束だよ!」


 前世の記憶がどんどん鮮明になっていた。

 少女の名前はりんか。私の隣のベットのまだ小さな子供だった。

 りんかはとても素直で優しい子だったが、彼女の持つ病気の後遺症で下半身が重度の麻状態になっており、歩くことができなかった。


 そんな少女、りんかとした約束。それは手紙を送ることだった。


 だがそんな約束をした2日後に前世の私はがんで亡くなっていた。


 絶対に手紙を書くと決め机に向かう。引き出しを開けると筆ペンや万年筆、そして小柄なレターが綺麗にしまってあった。


 前ここにいた人に感謝しよう


 そんな気持ちを噛み締めながら手紙の内容を考えていると、窓の外を眺めていたフジが急に起き上がる。


「迷い人がきたぞ!しかもこちらに接近してきている!」


 フジはそう言うと部屋の片隅に行き、大きな狸の置物へと化ける。


 あとは任した、ということだろうか。


 どうすればいい!?相手は私のことを覚えていないはず...

 私にできることは...


そうつぶやいた直後に「コンコンッ」と扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 焦りを必死に抑えながらそういうと、背中に羽の生えた少女が顔を出した。


 その瞬間、私の心に懐かしの華が咲いた。


「久しぶりだね、りんか」



あぁそうだ。私の前世の名前は、



「私は羽咲(ふざき)だ」

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