優先座席の温度

romandamour

優先座席の温度

電車の優先座席に座る若い男。彼はやや痩せてはいるものの、活力に満ちた目をしていた。初老の男が彼の前に立ち、穏やかな笑みを浮かべて話しかけた。

「すまないが、席を譲ってもらえないかね?」

 若者は戸惑いながら顔を上げた。

「僕も立つのは少し辛くて……」

 初老の男は眉をひそめた。

「若いんだから、もう少し頑張れるだろう?」

 周囲の乗客が二人を見ている。その中の一人が、ふと精神可視化能力を解放した。これは、社会の公正さを保つために開発された技術で、一定の条件下で他者の年齢、病歴、資産などが視覚的に確認できる。普段はあまり使われることはないが、こうした場面では便利に使われることがあった。

 初老の男の数値は「年齢:63」「病歴:特になし」「資産:13億円」。  一方の若者は「年齢:27」「病歴:慢性心疾患」「資産:1万2千円」。

 数値が見えた途端、車内の空気が張り詰めた。

「健康な金持ちが、病気の若者の席を奪おうとしてるのか?」

「こんな光景、信じられない……」

 冷たい視線が初老の男に突き刺さる。

 若者はため息をつき、苦笑しながら立ち上がった。

「仕方ないですね……どうぞ、お座りください」

 初老の男は周囲の圧力を感じながらも、静かに座った。

 しかし、車内の視線はなおも冷たいままだった。無言の非難が彼を包み込み、手元の杖を握る力が強まる。

 電車の揺れに身を任せながら、彼はふと足元を見つめた。

 座席のはずなのに、まるで氷の上にいるような気がした。

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