この七日間はノンフィクションです。ただし、七つの嘘が紛れています。

双守桔梗

序章

1.彼女

 四角い枠が映したのは……息をのむ程、美しい横顔だった。


 パイプオルガンがある吹き抜けのホール。壁に展示されている、学生が描いた絵。その中の、特にお気に入りの『藤と白いジャスミン』の水彩画。藤の花がジャスミンを求めるように、つるを伸ばしているところが好き。


 客席にもなるコンクリートの階段。そこの中段に座って静かに本を読む女の子に、わたしは目が留まり、思わずスマホを向けてしまった。


 透き通るような白い肌。藤色のリボンでハーフアップにした長い綺麗な黒髪。白いセーター、薄紫色のロングスカート、黒いショートブーツ。姿勢よく本を読んでいるだけなのに……その女の子はとても絵になる。


 頭の隅では、無断で他人を撮り続けるなんて失礼だと解っていても、わたしはその女の子から目が離せない。


 わたしの存在に気づいたのか、女の子は顔を上げてこっちを見た。それから微かに目を見開いた後、ふわりと笑う。


 女の子は白いブックカバーをつけた本に、藤の絵が描かれた栞を挟んで閉じた。そして、本をカバンの中に仕舞ってから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。歩く姿も美しく、尚もわたしは女の子を撮り続ける。


「あ、あの……ごめんなさ……」

 目の前で女の子が立ち止まった事で、わたしはようやくハッと我に返り、慌てて言葉を発した。けれども、女の子に人差し指で唇に触れられた瞬間、思わず口を閉ざしてしまう。


 唇を撫でられる感触に、彼女の悪戯っぽい笑みに、なぜかドキドキしてしまう。目が合わせられなくて、視線を逸らす。視界の隅に映る女の子が、楽しげに笑った気がした。


「私に何か御用かしら?」

 女の子がそう言葉を発した。声もとても綺麗だ。女の子の指が、わたしの唇から離れる。

「ごめんなさい……! あまりにも綺麗だったから……勿論、撮った映像は目の前で消します」

 わたしが頭を下げると、女の子は「消す必要はないわ」と言って笑った。


「いやでも……」

「それより、他に何か言いたい事はない?」

「え……」

 女の子の問いに戸惑いながら、わたしは頭を上げる。すると、わたしより背の高い女の子が、視線を合わせるように屈んでいた。澄んだ黒い瞳と目が合う。


「あ……」

 その次の瞬間、わたしの頭の中に、失っていた記憶が流れ込んできた。それと並行するように、自分が誰を撮りたいのかを思い出し、次に卒業制作の案も思い浮かんだ。


 はスマホを握りしめ、女の子の瞳を見つめ返す。


 女の子は『何も言わなくても解っている』と言いたげに、アタシの両手にそっと触れて頷いた。無邪気な、幼い子どもみたいな笑顔を浮かべて。


 その表情を目にした事で、アタシは何がなんでも絶対に撮りたくなった。

 を主人公にした、アタシ達の●●物語を。

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