第4話 ひびき
東藤家は 悟堂道場から歩いて20分ほど。
私より10㎝ほど背の高い 響に手を引かれて一緒に歩く。
出会った頃から変わらない 少し明るいクセっ毛の短髪。
色白でハンサムな顔立ち。
初めて出会った小学校1年生の時は 本当にどこかの国の王子様なんだと信じていた。
自分が中学生になる頃には 響が 本当に女の子なんだって理解していたが その頃には 私よりも 背も高くなり 喋り方も〈オレ〉なんて言うようになってて もっと好きになってしまっていた。
もちろん 口にできるような恋では無い。
女同士だし そもそも 響にとって私は 空手道場の先輩に過ぎない。
練習熱心な響に気にしてもらえるよう 誰よりも熱心に練習し 理想の立花流拳士であるために 立ち居振舞いや話し方も 武人らしくなるように意識した。
ジュニアコースにいる女子同士で ずっと仲良かったし 空手の話をいっぱいした……恋心は 秘めたまま。
響は 本当に才能ある拳士で メキメキ上達した。
その響に認めてもらえる拳士でいるために 本当に全身全霊を懸けて 空手の練習に取り組んだ。
そう。私の全身全霊を懸けた秘めたる恋。
中学も高校も一緒の学校だったけど 部活に空手がある訳でも無く 道場で会うだけの関係。
唯一 プライベートな関係は 小学生の頃から習慣になっていたバレンタインデーに渡すチョコレートと ホワイトデーに渡す誕生日プレゼント。
毎年 随分時間を掛けて準備した。
でも 絶対〈本命〉と思われないように 細心の注意を払って渡す……本当に虚しい努力。
空手も そうだった。
身長もウエイトも響の方が上になって 普通に組手をやっても 響が当たり前に勝つような実力差になってきてるのに 響は私のことを心の底から尊敬してくれていた。
その期待に応えるための血の滲むような努力と それでも開いていく実力差。
だが その努力を止める訳にはいかないのだ。
私が凡庸な拳士と知ったなら 響は私の下を離れていってしまうのだろうから……。
そうは言っても 響が高校3年生になる頃には そんな努力にも完全に限界が来ていた……もう 私に伸びしろは 残っては いない。
ましてや 響が小具足の組手を自由に練習できるようになれば 私は完全に用済み。
見向きもされなくなるだろう。
その恐怖と それでも募る慕情。
でも もう 本当に限界だった。
拳士としての努力も 想いを押し止める努力も。
響に〈惣稽古〉を申し込み 私の持てる総てをぶつけ 全てを晒け出し そして彼女の前から消える。
そんな覚悟で臨んだ〈惣稽古〉。
自分の持つ全ての引出しから 技術の粋を集めてきた響との攻防。
訪れた好機に 私は〈私という人間〉を知った。
がら空きになった響の顎先。
だが 私には その美しい顔を傷つけることなど 絶対に不可能だった。
その美しい人は 私の全て 私の人生そのものだった。
次の瞬間 私の身体は宙を舞い 背中から床へと叩きつけられた。
全てを失った瞬間。
だが 気分は
あの美しい顔を傷付けずに済んだのだから。
天井を見上げる私の視界に 響の美しい瞳が映る。
そして なんの躊躇いも無く 振り下ろされる下段突き。
見事な覚悟。
本当に美しいと思った。
このまま 響の拳で死にたいと思った。
……そして たぶん 私は 響との〈惣稽古〉で死んでしまったのだと思う。
それ程に その後の展開は 現実味が無かった。
私の告白と響の告白。
そしてシャワー室での一件。
現実感を喪失したまま 私は 東藤家の玄関をくぐり 2階の響の部屋へ。
たぶん 小学生の時に1度来たことのある部屋。
そこは 18歳の女の子の部屋だった。
ストイックな空手少女の部屋。
ある意味 私の部屋によく似ていた。
学習机にシングルベッド。
本棚には 受験参考書と数冊のマンガや小説。
そして空手の技法書と数多くのトロフィー。
敢えて違いを探せば壁際のハンガーラックに吊るされた高校のグレーの制服がスカートではなくパンツスタイルのものだということぐらい。
響は 無言のまま 私を部屋の中へと引き入れ 静かに入り口のドアを閉めた。
ここで さっきの続きをされる。
ぎゅっとハグされて 舌を絡められて。
……いや『される』んじゃないな。
『する』んだな……私からも腕を首に回し響の舌を求めにいく。
シャワー室で 私の全身を這い回った 響の舌の感触が甦る。
憧れ続けた美しい顔と唇が 私のありとあらゆる場所に触れた……私の指が触れたことの無いような場所にまで。
身も心も捧げる感覚。
そして 身も心も蕩ける感覚。
「……さっ さっきの続きを……」
唇を離し 掠れる声を振り絞る。
無言のまま ベッドに押し倒される。
また 響の美しい顔が迫ってきて 唇を塞がれた。
そして シャツとブラの上から 胸を掴まれる。
少し乱暴な揉み方だけど 凄く感じてしまう。
思わず吐息が洩れる。
「――――ンっ」
響の唇が首筋に。
そして シャツのボタンが外されていく……。
………。
……。
…。
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