第13話 そらの正体
「あんたのロマンチストレベル上がり過ぎてない?」
「ワタクシもそう思うであります」
“そら”のノートに出逢ってから頭の中の世界がどんどん豊かになっている。
私も歌詞とかかけるんじゃないかと思ってしまう。
「んーそっか、奈良は無かったか」
「あら?七星ちょっと残念?」
「そんなわけないでしょ」
「でもあいつ、いいやつだよ。多分“そら”のこと絶対言わないと思う」
「で、一番あやしいのは渡瀬先輩だと」
「そうだね、書かないとは言ってたけど怪しい感じはした。桜木先輩に片想いしてた時にあんまり親しくなかったとすれば結構確率高そうなんだけど」
「シラ切り通す可能性高そうだね」
うん、とうなずく。
七星といるほとんどの時間がノートの話題になっている。
自分たちの声が届かない席に座っている、藤澤くんの月みたいに丸い後頭部をぼんやり見ながら話している。
「藤澤の可能性も結構ありそうじゃない?」
「まあ、まるちゃんと後藤くんと同じくらいね」
「そう?芽実とのその電話の感じ、なんか“
そら”っぽい感じするけどなー。不器用そうなとことか?」
「んー。そうだけど、なんかあそこまで情熱的な恋愛感情あるかなあ?それなら後藤くんの方が内側めちゃくちゃ熱そうだよ」
「えーまじ?気になるな。ちょっと今日さ、昼休み音楽室いってみない?」
「うー昨日のことあるし、気まずい」
「なんでよ、日にちあける方が気まずいでしょ。どっちにしろ部活あんじゃないの?」
「う……。あのメンバーはバイトとかない限りは割と集まってるみたいだけど……次合わせる前にひとりでカラオケ行って練習したい。かも」
「ふーん。そっか偉いじゃん。わかった、頑張れ」
受付で「ひとり」というのは初めてでとてもドキドキした。
飲みものの提供が自分で注ぎに行くタイプのフリードリンクで本当に良かった。
こんなビビっていて何人もの生徒の前で私は本当に歌えるのだろうか。
自分のピンクのノート、最後のページに文化祭で歌う曲の歌詞を書き写した。
間違いなく覚えなければならない。
そのページを開きながら2回歌った後自分の情緒が酷く振れそうなところをチェックしていった。
後半は特にまずいな……
届けたい想いは減らさずに、でもそれに飲み込まれないように声を出さなければならない。
本家のバンドのボーカルは一体どうしているんだろう。
ライブの度に泣いてるわけがないだろうし、だからってファンを騙して気持ちを込めていないなんてことはないだろう。
ふう。
背もたれに身体を預けて“そら”のノートを開く。
まだ読み切っていない。
大切に読みたい、というのは段々言い訳のようになっていて、本当は苦しくなっている。
“そら”の世界に行きたいのだけど、ずぶ、と泥濘に足を突っ込んでしまったように自分が重くなる。
“そら”はこれを心地いいと感じているのだろうか。
それとも同じように自分の中から出せば出すほど飲み込まれて苦しくなっているんじゃないだろうか。
単語や短い文章が書かれてあるページをめくっていく。
やっと歌詞らしいものが書かれているところにたどり着いた。
淡い光の中に隠した想いは痛みと共に夕闇に無理やり飲み込む
茜色の風が滲むふたりの影を寄せて、遠ざけて、いつかまた重なる時を信じて
本当のことは言えない
本当のことって、なんだろう
暗く重く厭らしいこの想いもほんとうなら
君を笑顔にするほんとうだけを
ぼくは本当のことだと思うんだ
やっぱり。
これは
「渡瀬先輩だ」
“そら”の雲が晴れた。
桜木先輩は現存する曲から別れる彼氏に向けての曲を選んで贈ろうとした。
じゃあ、渡瀬先輩は。
自分で曲を書いたんじゃないか?
それを贈ろうとしたのでは?
他の部員たちに頼んでこっそりと練習していたとすると、奈良が知っていて秘密にしようとしていたことも、実はそれを察知していた桜木先輩が部員を守ろうとするようなことを言っていたことにも辻褄が合う。
答えが出た。
じゃあ、私は、どうする?
私には何が出来る?
いや、なにもしなくていい。
最初から決まっていたことをするだけ。
このノートを返すこと。
でも渡瀬先輩は知らないふりをした。
歌詞は書かない、と。
あれはやっぱり恥ずかしかったから?
これを曲にして文化祭で歌うことをまだメンバー以外に秘密にしておきたかった?
歌詞や曲はもう既に頭に入っていて不必要だったから返してもらわなくても良かった?
いや、でも。
どうしよう。どう返すべきか。
奈良は中身を知らないといっていた。
多分嘘じゃ無いと思う。そんな嘘つく意味はない。
恥ずかしくて歌詞までは知られたくなかったとしたら奈良には渡さない方がいい?
まるちゃん、後藤くん、藤澤くん。
どうする。誰にする。
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