第3話 最後にかじったものは……

 厳しい訓練を経て警備部機動隊へ正式配属された時には、肩に掛かった責任の重さに身の引き締まる思いがした。

 たゆまぬ訓練と要人の警衛警護や災害発生時の人命救助活動の毎日だったが、ある日突然、東京から革命家を気取るテトリストどもがやって来て状況が一変した。

 奴らは民間人の女性を人質に取り、手を出させないこちら側に対しライフルや散弾銃の発砲を繰り返し、挙句に警視庁の機動隊長や中隊長が殉職なさってしまった。

 そんな状況のまま夕刻になり気温はマイナス4度まで下がった。

 もはや一刻の猶予も無い!

 テロリストどもが立て籠もった部屋の壁を壊し突入する為の決死隊が募られ、からも誰か出なければならなくなった時、オレは隊長の視線を感じ、真っ直ぐに手を挙げていた。

 県警だろうが警視庁だろうが関係無い!

 こんなテロリストどもをのさばらせて置くなど、絶対に有ってはならない!!

 それは義憤などよりもっと純粋な怒りと使命感だ!

 そう思って“警備”に就いたのだが……

 ゴワゴワのグローブで銃把を握り締めた時、みゆきちゃんの白い肌と御曹司の無精髭に囲われた猥雑なくちびるが目に浮かんだのだ。

 クソッ!何でこんな雑念が!!

 左手に持つ2枚重ねのジュラルミンの盾さえ、ライフルの弾は通すと言われているのに!!

 全力をもって事に当たらなければならないと言うのに!!

 今、オレの頭の上を走っている……壁に穴を開ける為の高圧放水のしぶきが、ヘルメットの風防に当たって、場違いな涙の様だ。

 いいやこれは単なる水!

 昨日の夜、うず高く積もった灰皿に挿し入れたり、その横にあった少年マガジンのページをふやかしたのと同じ物質。

 そう、弁当やカレーをカチコチに凍らせたもの

 そしてカップヌードルを熱々に作らせたもの


 ハハ、もし万一、この放水の後、ライフルの弾にぶち当たってしまったとしたら……オレの最後にかじった物は女の柔肌では無くカップヌードルの透明なプラスチックのフォークと言う事になるな。

 まあそれでも……カチコチに凍ったメシよりはマシだ!


『放水終了!!』


 その声に弾かれ、オレ達はバリケードに盾をブチ当て引き金を引く。


『無駄弾を撃つな!』との副隊長の声が……

 聞こえたのかもしれない。



                           終わり


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透明なプラスチックのフォーク 縞間かおる @kurosirokaede

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