タマネとアルカの対談

時雨奈阿良

第1話「タマネとアルカ」

 夕陽が差し込むとある学校の教室で、窓際の席に二人の生徒がたむろしていた。

 一人は黒髪の少女、見た目から陰のオーラが漂う、虚ろ目の高校生ガールだった。名前を天乃川アマノガワタマネと言う。

 もう一人は黒髪の幼女、とても高校生には見えない、同じく虚ろ目のロリガールだった。名前をアルカ・オアエンドと言う。


 二人は没になった作品の主人公だった。時雨奈阿良という作者によって、何らかの事情で没にされた悲しい主人公達だった。

 そんな悲しい主人公の一人、黒髪の幼女ことアルカが、黒髪の少女ことタマネに話しかける。


「あの……タマネさん……」

「はい、何でしょう……」

「私達ってよく似てますよね?」

「ど、どこがですか……?」


 タマネがしらばっくれる。

 アルカは言いづらそうにしていたが、やがて思っていることを口にした。


「私達って、二人とも作品が没になってますよね……?」

「で、ですねぇ……」

「しかも私達だけですよ……。作者が小説を書き始めてまだ八ヶ月しか経ってませんから、没になった作品もまだまだ少ないんです……!」


 タマネは返す。


「ああ……。悲しいですね……。この教室に私達だけしかいないのも、きっと私達しか没にされていないからでしょう……」

「そう……。私達は唯一没になった、選ばれし没作品の主人公なんです……」

「でも選ばれてないから没になったのでは……?」

「ああああああああ゛っ……!!!!」


 アルカは絶望して頭を抱える。幼女とは思えない、がなりの効いた悲痛の叫び声だった。

 タマネがすぐに背中をさすってなぐさめる。


「だ、大丈夫です……! 落ち着いてください! 私達が没にされたのは、作者が実力不足を感じたからですよ。決して私達の作品がつまらなかったとか、そういうことではないです……」


 アルカは大ダメージを受けたが、何とか持ち堪えて起き上がる。


「は、はい……そうですね……。ありがとうございます、タマネさん……」

「いえいえ……。ところで、アルカさんはどんな作品で主人公をやる予定だったのでしょうか? もしよろしければ教えていただけませんか……?」

「ええ、構いませんよ……。では、タマネさんの作品についてもあとで教えてくださいね」

「はい、分かりました」


 二人はお互いの没になった世界観について、自分から語ることにした。

 まずはアルカが語り始める。


「私は、『愛され王女が化け物少女に転生しました〜全人類に嫌われているので、もう一度仲良くなれるように頑張りたいと思います〜』というハイファンタジー作品の主人公を務める予定でした……」

「転生ってことは、一度死んでしまったということでしょうか……?」


「はい、そういうことになりますね。私は元々すべての国民から愛されていた王女として暮らしていました。それで、お父さんが病気で亡くなったことにより、色々あって私が次の国王を務めることになったのですが、戴冠式たいかんしき当日に何者かによって殺害されてしまいました……」

「犯人は誰なのでしょう……?」

「そこは設定されていません……」

「…………」


「それで死んだと思ったら、今度は森の中で目を覚ましました。姿も知らない黒髪の幼女の体で。俗に言う、ここはどこ? わたしはだれ? 状態です」

「だから、幼女なのにこの教室にいたんですね……。では、化け物少女というのはどういうことですか?」


「その名の通りです。私は、人間と悪魔が禁断の恋をしたことによって生まれた、本来存在してはならない子だったんです。だから化け物少女ですね」

「へえ……。ということは、その忌み嫌われている化け物少女に転生した元愛され王女が、みんなと仲良くするために頑張る物語ってことですね」

「はい、大まかにはそんな感じですね」


 タマネが訊ねる。


「タイトル含めて結構良さそうな設定だと思いますけど、何で没にされたんですか……?」


 アルカは苦笑いをしながら答えた。


「それはですね……。作者が転生したあとのことを何も考えていなかったからです……」

「ああ……」

「転生するところまでは良くできていたそうなのですが、転生してからやることを何も考えていなかったので、その時点で先の内容がまったく思いつかずに詰んでしまったんだとか……」

「作者の計画性のなさが露出してますね……」

「まったくですよ……本当に……」


 アルカはため息をつく。

 タマネはそんなアルカに慰めの言葉をかける。


「でもそれって、内容さえできてしまえば、また書き始めてくれるってことじゃないですか? 没の理由は作者の実力不足ですし、飽きられているわけでもありませんよね?」

「た、たしかに……!」

「まだ希望はありますよ! 諦めるときではありません……!」


 アルカは、虚ろ目のまま笑顔を見せる。

 目にハイライトがないので、その表情はまさに化け物のようだった。

 アルカは、笑顔のままタマネに言葉をかける。


「本当ですね! ってことは、タマネさんにも可能性があるってことですね……!」


 タマネは、その言葉を聞いて表情が固まった。

 急に喋るのをやめて、石化してしまったかのように動かなくなる。


「た、タマネさん……?」


 しばらくして、タマネは泣きながらそっぽを向いて口を開く。


「いや、それは無理なんです……。アルカさんと違って、私の作品は可能性すら残されていないんです……」


 どこか悟ったような口振りだった。


「ど、どうして? 作者の実力不足ってことは、タマネさんにも可能性があるってことですよ……?」


 タマネは再び嘆きながら返す。


「それだけは無理なんです……! 客観的に見ても、私の作品はもう書かれることはありません…………」


 アルカは訊ねる。


「い、一体どんな作品なんですか? 教えてください……! 教えてくれないと、ダメかどうかなんて分かりません……!」

「わ、分かりました……。私が主人公を務める予定だった作品について、教えます……」


 そう言って、今度はタマネが自分の作品について語り出した。


「私は、『タマネの儀〜コミュ障少女とファンタジーバトルシステム〜』という、現代ファンタジー作品の主人公になる予定でした……」

「どんな物語なんですか……?」


 タマネが返す。


「異世界って言うと、レベルとかステータスとか、魔物などの概念がよくありますよね?」

「そうですね……? 私は現地その異世界で生まれているのでアレですが……。たしかにありますね。それがどうかしたのでしょうか?」


「そんなレベルやステータスといった、ゲームや異世界でしか存在しないファンタジー要素が、神様の力によって何もない現実世界にむりやり導入されるというのが、物語の始まりです。要は、現実世界に異世界要素が混じるって設定ですね」

「ふむ……。タマネさんはその世界でどういった立ち位置なのでしょう……?」


「サブタイトルにもある通り、私はコミュ障という設定です。なので、物語導入時では、そんなファンタジー要素が追加された世界でも、何もできずにクラスメイトからいじめられているかわいそうな女の子という立ち位置でした」

「私とは正反対ですね……」


「はい……。それでまあ、色々あって特別な力が自身に宿っていることが分かって、いじめっ子を倒して、ファンタジーになった世界で最強を目指すというのが、この物語の軸ですかね……」

「え、全然悪くないじゃないですか……! 私と同じで展開が考えられていなかったにしても、頑張れば話を再開することだってできますよね? どうして諦めていたんですか?」


 そこで、タマネは答えた。

 同じ没作品という共通点を持ちながらも、決定的に違うあることについて。


「それは、プロローグの段階で作者が挫折するほど、文章が雑だったからです……」

「はい……?」


「そのままの意味です……。アルカさんは、転生するまでのプロローグは描かれたってことですよね? あくまで話が展開できなかっただけで、設定に関しては問題がないということになります」

「そうですね。ということは、タマネさんの物語はプロローグすら完成しなかったと……」


「はい……。神様がファンタジー要素を導入するという設定ですが、その神様の描写が雑すぎて展開がめちゃくちゃになってしまったんです……。要は、世界観の説明だけで没になったということになります」

「わあ……」


「なので、実は私って正確にはキャラ設定がないんですよね。アルカさんは他の登場人物と多少なりとも会話をしていますが、私に関しては一文字も喋ってませんからね……?」

「ああ……。それはたしかに、諦めてしまうのも納得できてしまいます……」


 アルカは、変に慰めることはせず、素直に肯定した。

 タマネは、もう自分の話はしたくないとばかりに、愚痴を口から溢し始めた。


「本当にひどい話ですよ……。今だって、作者がカクヨムの仕様をよく分かっていないからという理由で、お試しで私達が描かれているんですよ。ひどくないですか?」

「せ、せめてもの供養くようってやつですね……」


「もしこの先没になった作品が出てきたら、私達が聞き手役に回って、その主人公の話を聞く羽目になるんです……」

「ま、まあまあ……。没になったとしても、どうにかして焦点を当ててあげたいという作者の気持ちの表れです。むしろ、こうしてインターネットの端の端に残れることを誇りましょう……!」


「アルカさんは優しいですね……。まあ、くよくよしている場合ではないのもたしかですね……。もしこの作品に二話ができてしまったら、仲間として温かく迎え入れられるようにしないとですね」

「その意気です!」


 二人はお互いに顔を見合わせて笑い合った。




「──最後になりますけど、作者が私達を利用しようとしたってことは、いずれ没にならなかった作品が、このカクヨムに投稿されるってことになりますよね?」


 タマネが訊ね、


「そうですね。今作者が執筆している作品は、ある程度完成までの流れは決まっているそうなので……」


 アルカが答えた。


「ふむ……。私達が成し遂げられなかった一章完結という道を、どうにかその人には達成してほしいですね。途中で没になって、その人が二話に登場しないことを心から祈ります……」

「あはは……。それじゃあ、私達は温かく見守ることにしましょう。これからも作者の手によって生まれる作品を」

「ですね」


 二人は、窓から夕陽を眺めながら、談笑を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タマネとアルカの対談 時雨奈阿良 @SHIGURENASTAR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ