名人に学ぼう1

「健太、最近は何をやってるんだ」

部長が健太と話していた。このシチュエーションだけで、最近俺は自分の常識に不安を感じるようになってしまってる。

「……紋様の分離。簡素化して爺ちゃんでなくても、杖作れるようにしたい」

「単機能化するってことか。発動強度も下げるのか?」

「……繰り返しが関係してそうだから、それも」

あんたら、なんでそれで話が通じ合ってるんだ。紋様って何?


「私の方は、旋盤とフライスの修行がだいぶ進んだと思う。まだまだ駄目なんだがな」

あんた何言ってだ。あんた技能五輪全国大会の三年連続優勝者だろ、しかも機械系二種目の。他の参加者が聞いたら泣くぞ。

「そうだ。健太が入部したんで、頼みやすくなったな。龍一たついち師匠にいっぺん実演講習をお願いしよう」

 部長の思いつきで、外部講師依頼の許可を顧問から取るために、俺たち三人は職員室に向かった。


「サーカス……じゃ無かった。安田先生、部活の活動相談に来ました。今よろしいでしょうか?」

部長が、大きな声で訊ねた。顧問のサーカスを丸め込むには、勢いが大事なんだそうだ。

「妙な単語を聞いた気がしますが……時間は大丈夫です。何だね?」

うちの学校には珍しく灰色のスーツを着た、30歳ぐらいの英語担当教師「安田大やすだだいサーカス」こと、安田大やすだまもる先生が椅子に座ったまま、こちらを向いて応えた。


「技術向上のために外部講師を呼びたいのですが、許可をお願いします」

相変わらず大きな声で、部長は続けた。

「加工系なら、学内の先生で十分でしょう?」

「いえ、もっとすごい技術者に伝手つてが出来たので、その方をお呼びしたいのです」

 職員室の雰囲気が変った。

「山本、聞き捨てならんことを言ったな。私達では不十分だと言うのかね」

金属加工実習の組長、もとい金辺巧かなべたくみ先生が、こめかみをピクピクさせながら、こちらに歩いて来た。その後ろにも作業着姿の実習系の先生方が……。部長声でかすぎ、どーすんのこれ。


「はい。お呼びしたいのは、彼の祖父で卓越技能者現代の名工の方です」

部長は健太を指さした。

「一年の鈴木? 卓越技能者で鈴木?! 『ミラクル龍一』か!」

金辺先生が吠えた。

「パラノーマル・ドラゴン!」

後で組立加工の箱根先生が、何か妙な単語を叫んだ。うわ、また厨二病患者が増えた。うちの学校大丈夫か?

「それならそうと始めから言え。誰からも文句は出ないだろう。安田先生もOKですよね」

「はぁ……」

サーカスは良く分かっていないようだが、許可をくれた。


「当日、私達も見学しても良いのかね?」

教師の一団から、すんごい圧を感じる。どうなってんだこれ? 健太の爺さんって、何者?

「いえ。部活ですので、部員と顧問だけで行いたいと思っています。余り参加者が多いと、まともな謝金とか発生しそうですし……」

部長が応えると、教師団はサーカスを一斉に睨みつけた。そして組長が大きめの声で言った。

「安田先生は英語の先生ですし、加工に興味もお持ちでは無いでしょう。それに、その日ご都合が悪いのでしたな」

 えっ、まだ日程も何も決めてないじゃん。

「はぁ? いえ……そうですね。どなたか代理をお願いします」

一瞬でサーカスが折れた。大きい声の有効性って、学内周知の事実なんだ……。


「公平なクジを作れ!」

「でかい声出すな。参加希望者が増えるだろ」

教師達が何かこそこそやり始めた。


 なんなんだ、この教師達? うちの学校大丈夫か?

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