洗う

ヤマシタ アキヒロ

洗う

新品は

洗う必要がない


古びたもの

手垢の付いたもの

何らかの理由で

汚れてしまったもの


は洗う必要がある


洗ってまた

もとの状態に戻して

何度も使う


しかし正確に言うと

もとの新品の状態には

二度と戻らない


モノは出荷された時が

最も状態がよく

時間が経つにつれ

しだいに劣化して行く


机やカバンや

服や冷蔵庫や

高級自動車だって

例外ではない


およそ

形あるものの

宿命である


それに比べて

「生き物」は少し違う


生き物は

洗って使えば使うほど

前の状態よりもよくなる


たとえば汗をかいたり

汚れたりしても

生き物はキレイに洗えば

前よりもっと生き生きとなる


言わずと知れた

新陳代謝である


ここで一つの

定義が成り立つ


すなわち


「洗う前より

 洗ったあとの方が

 価値が増すものを

 生き物と呼ぶ」


      ⁜


「モノ」と「生き物」の違いは


洗う(もしくは磨く)前より

価値が増すかどうか

にある


さらに押し広げれば

こんな言い方も出来るであろう


「生き物の中でも

 経験を積み重ね

 磨かれることによって

 賢さを身につけた者を

 人間と呼ぶ」


人間は古い個体ほど

知恵の輝きに満ち

味わいが深くなる


逆に人間のうちでも

新鮮さだけを持て囃される者は

さしあたって「モノ」に近い


古くなることを

恐れる必要はない


洗えば洗うほど

そして

磨けば磨くほど


(肉体はともかく)

その精神は生き生きと

輝くのだから


そういう意味で

(モノの中でも)

唯一「楽器」だけは

生き物に近いと

言えるかもしれない


         (了)

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