第1章 小学校時代①
1.1 「男の子」と「女の子」
1.1.1 新学期と進級の実感
新学期が始まり、陽太は3年生になった。教室に入ると、昨年と何も変わらない顔ぶれが並んでいて、安心した気持ちになる。
翔平、圭也、凛といった友達がすぐに声をかけてきて、しばらくはお互いの夏休みの話をして盛り上がった。
藤田先生が教室に入ると、みんなが静かになった。
先生は少しニコニコしながら、「今年はもう3年生だぞ!
これからはお兄さん・お姉さんとして、しっかりしような」と話し始めた。
その言葉を聞いて、陽太は少しドキッとした。なんとなく、これから自分にも変化が訪れる気がした。
昨年まで、どこかのんびりと過ごしていた感覚が、少しずつ変わるような気がした。
みんなが大人になっていくのを感じるとともに、陽太自身もその一員だという実感が湧いてきた。
しかし、その一方で、「本当に自分もお兄さんになるのだろうか?」という疑問が心の中で湧き上がる。
「男の子はしっかりしないといけないんだ」と藤田先生が言うと、陽太はその言葉に反応した。
自分は男子だし、確かにそうすべきなのかもしれない。
しかし、心の中でそれが違和感を伴っていることに気づく。
「しっかりしないといけない」とはどういうことだろう。
自分が今までやってきたことと何が違うのだろう、そんな疑問が頭の中に浮かぶが、言葉にすることはできなかった。
陽太は周りの友達と一緒に、クラスの新しい係を決める話し合いを始めた。
翔平と圭也がサッカー係をやりたがる中、陽太も自分に合った係を選ぼうと考えた。
しかし、何か気になることがあった。
これまで何気なく選ばれていた係が、突然「男の子はこれ、女の子はそれ」と、自然に分けられていく流れが心の中で引っかかった。
一緒に遊ぶ友達と過ごす時間は楽しい。
しかし、何となく「男の子なんだから」と言われる度に、心の中に違和感が広がっていく。
自分は男の子であるべきなのだろうか、それとも自分がやりたいことをしてもいいのだろうか。
その思いをどう表現していいのか、陽太には分からなかった。
教室の中で、藤田先生の話を聞きながら、陽太は少し不安になった。
これから、どんなふうに自分が変わっていくのか、そして周りの人たちがどう思うのか、考えると心がざわつく。
そんな中で、陽太は心の中で静かに「これからどうなるんだろう」と問いかけていた。
1.1.2 役割分担
クラスの係決めが始まると、陽太はまたもや心の中に違和感を覚えた。
掃除当番や係分けで、自然と「男子は運び係」や「女子は飾り係」などと役割が分かれていく。
その流れがまるで当たり前のように感じられて、陽太は何となく納得できない気持ちになった。
これまでの生活の中では、特に意識していなかったことが、急に目に見える形で現れてきた。
男子と女子がそれぞれ決められたことをしているのが当たり前のように感じられる一方で、陽太は「それでいいのだろうか?」と自分に問いかけるような気持ちが湧いてきた。
「男子だから重い物を運ばないといけない」や「女子だから可愛い飾りつけができる」という言葉を耳にしながら、陽太はどうしても違和感を拭い去ることができなかった。
その違和感は、言葉にできないまま心の中で膨らんでいく。
自分がどこにいるのか、何をしているのか、どういう立場に立っているのかが、はっきりと見えてこないような不安が広がる。
そして、体育の時間がやってくる。
今日はみんなでサッカーをする日だ。
藤田先生が「男子はサッカー、女子はダンスをします」と告げると、陽太は思わず「ダンスがやりたい」と心の中で思った。
しかし、周りを見ると、男子たちは何の疑いもなくサッカーをする準備を始めている。
陽太も無意識にその流れに従い、サッカーのグループに加わった。
サッカー自体は楽しかった。
翔平や圭也とボールを追いかけていると、しばらくの間はその違和感を忘れることができた。
陽太は何となく笑顔になり、仲間と一緒に汗をかくことが楽しいと感じた。
しかし、どこかで心がザワザワする感覚は消えなかった。
「男の子なんだから、サッカーは得意じゃないといけない」そんな言葉がどこかで耳に残っていた。
それを否定することもできず、心の中でモヤモヤとした気持ちが広がる。
何となく「男の子だから」という枠に自分を押し込められているような、そんな感覚に包まれていた。
その後、陽太は遊びながらも、ふとした瞬間に「自分は本当にこれでいいのだろうか?」と考え込んでしまうことが多くなった。
サッカーをしている自分、男子として振る舞っている自分が、どこか違和感を覚えるものになっていく。
その違和感を解消する方法がわからず、陽太は心の中で何度も「どうしてこんな気持ちになるんだろう?」と問いかけていた。
1.2 憧れと戸惑い
1.2.1 リボンと髪飾りの誘惑
陽太は教室の隅で、リボンをつけたクラスメイトたちを見つめていた。
水瀬凛が自慢げに新しい髪飾りをつけて、髪を揺らしながら歩いている。
その華やかな姿を見て、陽太の胸の中で何かがくすぐられるような感覚が広がった。
(ああ、あのリボン、すごく可愛い…。でも、そんなこと思っちゃだめだよね…。僕、男の子だし…。)
その瞬間、陽太は無意識に自分の手で制服の袖をぎゅっと握り締めた。
目を逸らし、心の中で必死にその思いを否定しようとした。
しかし、どうしてもリボンが頭から離れない。
美月が陽太の横に来て、何かを感じ取った様子で声をかけてきた。
「陽太、どうしたの? なんか元気ない?」
陽太は慌てて顔を上げたが、すぐにふわっと笑顔を作った。
「ううん、何でもないよ…。ちょっと、考え事をしてただけ。」
美月は少し疑い深く、でも無理に追及はせず、ただ静かに陽太を見守った。
「そっか…。でも、元気がないなら、無理して笑わなくてもいいんだよ。」
陽太は美月の優しい言葉に、心の中でホッとした。
しかし、心の隅で感じる違和感は消えなかった。
自分が「可愛いもの」に憧れることが許されないような気がして、胸が痛くなる。
(もし僕が女の子だったら、こんなふうに思ってもいいのかな…。でも、僕は男の子だから…。)
その後、陽太は昼休みに外に出ると、またリボンや髪飾りをつけた女子たちの姿を目にした。
何も言えずに黙って歩きながら、陽太はその景色に心を奪われ続けた。
(どうしてこんなに心が騒ぐんだろう…。でも、言っちゃいけない…。誰にも、こんなこと…。)
陽太はその思いを飲み込み、胸の中に隠すことを決めた。
1.2.2 真似したくて、でも…
陽太は休み時間に、また水瀬凛が自慢げに新しいヘアピンをつけているのを目にした。
そのピンク色の小さなリボンが凛の髪に華やかに飾られていて、陽太はその姿に思わず目を奪われた。
(ああ、凛の髪飾り、すごくかわいいな…僕もこんなの欲しいな…。)
しかし、陽太はすぐにその気持ちを押し込めた。
そんなことを口にしたら、また誰かに変だと思われるのではないかと、心の中で不安が広がった。
「ううん、髪飾りかわいいね…」
凛は陽太の様子を見て、にっこりと笑って言った。
「えへへ、ありがとう!今度貸してあげるよ!」
陽太は一瞬、胸が躍るような気持ちになった。
でも、その言葉が口に出せない自分を感じて、急に気まずくなった。
(貸してもらいたいけど…やっぱり、言えないよ…。僕、男の子だし…。)
その後、陽太は家に帰ると、姉の真緒が鏡の前で髪をとかしているのを見かけた。
真緒の髪を梳かす仕草は、何とも優雅で、陽太はその動きに惹かれる自分がいた。
(お姉ちゃんみたいに髪をとかすのって、すごく素敵だな…。僕も、やってみようかな…。)
陽太は無意識に自分の髪を指で梳かし始めた。
しかし、気づいたときにはその仕草が、どこか不安な気持ちを引き起こしていた。
(でも、これって…男の子がやることじゃないよね…。こんなこと、誰かに見られたら変だよ…。)
その時、父がリビングに入ってきて、陽太の髪をいじる姿を見てしまった。
「陽太、髪なんかいじって、男の子なのに、そんなことしてどうするんだ?」
陽太は驚き、すぐに手を止めて顔を赤くした。
心臓がドキドキして、言葉が出なかった。父の目を見たくなくて、視線をうつむけた。
「え、ううん、別に…」
父は少し不思議そうな顔をしながら、でも深く追及することはなかった。
しかし、陽太の胸の中には、なんとも言えない気まずさが広がっていた。
自分のしたことが、間違っているような気がして、また心の中で自分を責め始めた。
(やっぱり、僕は男の子なんだから…こんなことしても意味がないんだよね…。)
1.2.3 服の違和感と遠足の写真
陽太は、最近、服を選ぶときにいつも不安な気持ちを抱えていた。
普段着る制服や家での服が、なんだかしっくりこない。
男子用のシャツやズボンは、どこか無理して着ているように感じて、心の中でつぶやくことが増えていった。
(この服、なんか好きじゃないな…。もっと、女の子の服が着てみたいけど、言えないよね…。)
陽太は一度、家の近くの商店街で一人で歩いているとき、思わず女性用の洋服店のウィンドウを見てしまった。
可愛らしいフリルのついたドレスや、明るい色のスカートが並んでいるのを見て、胸が高鳴るのを感じた。
しかし、すぐにその気持ちを否定した。ここで誰かに見られたらどうしよう、また変だと思われたら…と考えてしまう自分がいた。
***
その日、学校では秋の遠足があった。
天気も良く、みんなが楽しみにしている中、クラスメイトたちは遠足に向けてワクワクした様子だった。
写真を撮るために、みんなが集まって並ぶ時間がやってきた。
藤田先生は、カメラを手にしながら指示を出した。
「男子は男子、女子は女子で並びます。」
陽太はその言葉に従い、男子の列に並んだ。
けれども、心の中で、どうしても落ち着かない気持ちが残った。
周りの男子たちと一緒に並んでいると、ふと胸の奥で違和感が膨らんでいく。
自分はこのままでいいのだろうか、男子でいることに本当に安心できているのだろうか、そんな問いが頭を巡った。
(でも、僕は…どうしても、男子と並びたくない…。こんな風に並ぶのは、やっぱりおかしいんだろうか…。)
その瞬間、クラスメイトたちの笑い声や話し声が遠く感じられるようになった。
陽太は、カメラのシャッターが切られる音をぼんやりと聞きながら、自分の中に溜まった気持ちをどうにかして整理しようと必死だった。
1.3 日常の中の小さな違和感
1.3.1 雪遊びと翔平の一言
陽太は、雪が降り積もった校庭に立っていた。
クラスメイトたちは雪合戦に夢中で、大きな声を上げながら雪を投げ合っている。
その中で、陽太は朱音と一緒に雪だるまを作るのが好きだった。
手袋をはめた手で雪を丸め、少しずつ大きな雪だるまを作り上げていく。
それは、陽太にとってとても楽しい時間だった。
だが、ふと周りを見ると、翔平たちが雪合戦に興じている姿が目に入った。
みんなが楽しそうにしているのを見て、陽太は少し心がざわつく。
「自分もあの中に入らなきゃ」と、どこかで感じていた。
でも、雪だるま作りが楽しいと感じる自分の気持ちが、うまく言葉にできず、心の中で戸惑いが生まれる。
突然、翔平が大声で叫んだ。
「陽太!男ならこっちに来いよ!」
陽太はその言葉に一瞬ためらう。
雪合戦に参加したい気持ちもあるが、本当は雪だるま作りの方がもっと楽しそうだ。
しかし、周りの目が気になる。
男子として、みんなと一緒に遊ばないといけないという気がして、足が自然に動き出していた。
陽太は深呼吸をして、雪合戦の方に歩き始める。しかし、その心の中には葛藤が渦巻いていた。
「本当は、雪だるまの方がいいけど…でも、翔平たちと一緒にやらなきゃ。」そんな思いが、心に重くのしかかる。
「陽太、雪だるま作らないの?」と、朱音が驚いたように声をかけてきた。
その声に陽太はちょっとだけ戸惑うが、あえて笑顔を作って答える。
「ううん、後でね。」陽太は心の中で、まだ雪だるまを作りたかった自分を押し殺すように言った。
雪合戦の方に足を踏み出し、翔平たちの輪に加わる。
その瞬間、陽太は一瞬だけ、心の中に大きな空虚さを感じた。
「何で、こんなに違和感があるんだろう…」
でも、気づいてしまうと、もうその思いを振り払うことができなかった。
1.3.2 姉・真緒と修学旅行の準備
家の中は、修学旅行の準備で賑やかだった。
陽太はリビングで本を読んでいたが、姉の真緒が部屋で友達と電話をしている声が耳に入った。
真緒は中学生になりすっかりお姉さんらしくなった。
「パジャマは可愛いの持っていこうかな!」「楽しみだね!」真緒の楽しそうな声が、陽太の耳に届く。
それを聞いた陽太は、思わず本を閉じて耳を澄ました。
真緒が話している内容に、心の中でうまく言葉にできない感情が湧き上がってくる。
陽太は、自分も同じように可愛いパジャマを持ちたいと思う気持ちを抑えきれなかった。
でも、その思いに、どこかで自分を責めるような感覚があった。
「僕も…可愛いパジャマが着たいけど、男の子だしな。」そう思いながらも、その気持ちを心の中で封じ込めた。
電話が終わった後、真緒は陽太の方を見て、笑顔で言った。
「陽太も何か欲しいの?一緒に買いに行こうか?」
陽太は一瞬、どう答えたらいいのか迷った。
真緒が自分のために提案してくれることは嬉しいのに、その提案が陽太にとっては少し重荷に感じてしまう。
「え、ううん…大丈夫。」
陽太は笑顔を作って答えるが、心の中ではその言葉が本心ではないことに気づいていた。
心の奥底では、可愛いものを買いたいという思いが強く、でもそれが自分の立場と矛盾しているように感じ、どうしていいかわからなかった。
そのまま、陽太は部屋の隅で黙っていることしかできなかった。
真緒の修学旅行の準備を手伝いながら、おしゃべりすることを楽しむのが本当は嬉しいのに、真緒の持ち物を目にすると、どうしても自分が「男の子」であるという現実に引き戻されてしまう。
そして、その違和感を抱えたまま、何も言えずにそのまま過ごすことに決めた。
1.3.3 父との会話と心の引っかかり
その日の晩、夕食を囲んでいると、父が突然話を切り出した。
「お前も男なんだからしっかりしろよ。」
陽太は一瞬、その言葉に驚き、箸を持つ手が止まった。
父の言葉はいつも通り、特に感情を込めることもなく、ただの一言だった。
しかし、陽太の心の中ではその言葉が何度も響き、どうしても引っかかる感覚があった。
「男なんだからしっかりしろ」という言葉は、陽太にとってそれまで特別な意味を持っていなかった。
むしろ、父がよく言う言葉であり、何も考えずに受け入れていた。
しかしその日、なぜかその言葉がしっくりこなかった。
陽太は心の中でその違和感を言葉にしようとしたが、何が自分をこんなに悩ませるのかうまく説明できなかった。
「どうして、こんな風に言われるんだろう…でも、なんでこんなに引っかかるんだろう…」
陽太は心の中でその疑問を何度も繰り返すが、答えは見つからなかった。
父の顔を見たが、いつものように優しさは感じられたし、特別な意味が込められているとも思えなかった。
ただ、何かが自分の中で引っかかっている。
その違和感は、言葉にできるものではなく、ただ単に心の奥に重くのしかかっていた。
父は陽太の様子を気にすることなく、さらに続けた。
「しっかりしろよ、陽太。」
その言葉には、陽太を励ますつもりで言ったのだろうが、陽太の心に響くものはなかった。陽太は小さく頷いた。
「うん…」
それしか言えなかった。
その後、陽太はそのまま黙って食事を続けたが、心の中で「男なんだからしっかりしろ」と繰り返しながらも、その言葉がまるで自分の本当の気持ちに反するものであるように感じていた。
自分は本当は「男」ではなく、もっと違った形で自分を表現したいと思っていることに気づき、ただその違和感が大きくなるばかりだった。
しかし、それを言葉にすることはできず、陽太はその夜、布団の中で目を閉じるときもその感覚を引きずりながら眠りについた。
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