第14話 見てみたい
「胡桃……だよな?」
「ふふっ、驚いたでしょ? 最近働き始めたの。2名様ご案内します」
俺の驚いた表情を見て楽しんだ胡桃は接客モードへ切り替え、空いているテーブルへと案内してくれた。
最近働き始めたのなら俺が知らなくて当然だ。人と話すことが好きだし、胡桃は接客業が向いていそうだな。
テーブルへと案内されると俺と渚咲は向かい合わせに座る。すると、胡桃が水の入ったコップを置いてくれた。
「ご注文が決まりましたらこちらでお呼びください」
ペコリと会釈し、顔を上げると胡桃はニコッと笑う。俺にはニヤニヤしているようにも見えたが、まさかこの渚咲といる状況をデートと勘違いしてないよな……。
「渚咲は知ってたのか?」
「はい、昨夜、教えてもらいました。アルバイトされていて胡桃さんは凄いです。亮平くんもアルバイトされていましたよね?」
アルバイトがある日は帰りが遅くなることを渚咲には伝えたことがあるのでしていることは知っていると思うが、そういえば彼女にはアルバイトの話をしたことがなかった。
「カフェでな。週に2日」
「凄いです。私も将来のため働いてみたい気持ちがありますが、親が許してくれるかどうか。高校卒業後であれば許してくれそうなのですが……」
渚咲の母親とは挨拶するため、同居する初日に会ったことがあるが、父親とは会ったことがない。母親の桃花さんは許してくれそうだが、父親の方が厳しそうな方っぽい。
「渚咲は、働くとしたらどこでアルバイトしたいんだ?」
「どこで……そうですね、飲食店にチャレンジしてみたいです。本屋さんにも興味がありますが」
店に入ってから話してばかりで注文していないのはあれなのでメニュー表を開き、どれにするか迷いながら渚咲との会話を続ける。
「本屋もいいよな。まぁ、カフェの面接受ける前に受けて落ちたんだけど」
「……そうなんですね。本屋で働く亮平くんの姿、見てみたかったです……」
冗談で言ったわけでなく本当に見たかったようで彼女はしゅんとしていた。
本屋で働いていてもカフェで働いていてもあまり姿は変わらないと思うが、違うものだろうか。
会話を一旦やめ、メニューを見たところこの店のパンケーキの種類は思ったより多い。イチゴでも5種類ほどある。
どれにしようか悩み、最終的に選んだのはティラミスパンケーキ。渚咲はミルフィーユパンケーキだ。
お互い紅茶をセットにして注文し、待っている間、先ほどの話の続きを再開する。
「亮平くんのアルバイトしている姿、見に行きたいです」
そう言って渚咲はチラチラとこちらを見て俺の様子を伺っていた。
(なんだその可愛いお願いは……)
「見に来てもあまり面白いものではないと思うけど」
「面白さは求めてないです、ただ見てみたいだけです」
「…………胡桃には教えないことを約束してくれるなら」
スマホで自分のバイト先の地図をスクリーンショットして渚咲に送る。
「胡桃さんには知られたくないのですか?」
「胡桃だけじゃなく海人もな。あの2人は、茶化しに来るに決まってる」
渚咲ならそんなことはしない、そう思ったのでアルバイト先を教えた。
「そんなことないと思いますが……ないとは言いきれませんね」
彼女は苦笑いし、スマホの画面を見て地図を確認していた。
「次のアルバイトはいつでしょうか?」
「明後日だよ」
「わかりました。では、明後日行きますね」
「あぁ」
ただ友達がアルバイト先にやって来る、それだけなのに少し緊張してきた。いつも通りにやればいいと思うが、彼女にはカッコ悪いところを見せたくはないな。
「お待たせしました。ティラミスパンケーキ、ミルフィーユパンケーキ、紅茶です」
いつもと雰囲気が違いすぎて一瞬誰かと思ったが、テーブルに置いてくれた店員さんは胡桃だった。
目が合うとふふんと笑っており、笑い方を見ると胡桃だなぁと心の中で呟いた。
「ありがとうございます」
渚咲がペコリと頭を下げると胡桃が俺と彼女にだけ聞こえるよう小声で話した。
「後日、詳しく聞かせてね」
何か勘違いをしている気がする。胡桃の言葉に渚咲は何のことかと首をかしげていた。
「詳しく……?」
「話すことないんだが……」
ニヤニヤしながら胡桃が立ち去ると俺と渚咲は顔を見合せ、そして手元のパンケーキへと視線を移した。
「食べよっか」
「はい。いただきましょう」
手を合わせて、さっそくパンケーキを一口食べる。すると甘い香りが口の中に広がっていった。
「うまっ……」
「美味しいですね。ふわふわです」
パンケーキを食べるのは久しぶりだ。最後に食べたのは確かお母さんが作ってくれたものだった気がする。
「亮平くん、私のミルフィーユパンケーキ食べてみませんか?」
渚咲は食べやすい一口サイズの大きさにパンケーキを切り、フォークを突き刺したものを俺の方へと近づける。
ミルフィーユパンケーキと珍しいパンケーキを食べてみたいという気持ちがあり、いいのかと尋ねると彼女はコクりと小さく頷いた。
「ではあーんです」
フォークが迫ってきていることから食べさせようとしてるんだろうなとは予測できていたが、やはり食べさせてもらうのは恥ずかしい。けれど、それは一瞬だけだ。
「あ、ありがとう…………」
口を開けるとパンケーキが口の中へと入ってきた。
「甘くて美味しいな」
「はい」
「ミルフィーユパンケーキのお礼ってことで渚咲、ティラミスパンケーキ食べないか?」
「ティラミスパンケーキ……良いのですか?」
「いいよ」
ティラミスパンケーキを一口サイズに切り、フォークで突き刺して彼女の方へ向けるとなぜか渚咲は顔を真っ赤にしていた。
もしかしてする方は大丈夫だが、される側は恥ずかしいのかな……。
「い、いただきます……」
彼女は口を開けるとパクっと食べて幸せそうな表情をした。
「お、美味しいです」
「だよな。ありがとう、渚咲。こんなに美味しいパンケーキ屋に連れてきてくれて」
こうして渚咲に誘われていなかったら俺はここの店に来ていないだろう。こういう店は女性客が多く、男は入りにくい場所だから。
「いえ、お礼を言うのは私の方です。亮平くんと来ることができて嬉しいです」
「…………」
最初は気になるだけだった。周りから美少女だと言われていつも近くには人がいて、人気者な彼女と一度話せたらいいなとしか思っていなかった。
けれど、同居が始まってから話す機会が増えて、今は彼女のことを知りたい、そう思うようになった。それと同時に仲良くなりたいとも思った。
「また来ましょうね」
「あぁ、そうだな」
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