第7話 取り調べ


 アリーシアはこんな事もあるかとは思っていたがやはりかと思った。


 ロイド殿下がアギルに事で怒っていたこともあるし聖女の資格も剥奪すると言ったのだ、教会でこれまでのような生活が出来る方がおかしかった。


 (でも、私は何も悪くはないのに…いくら国王が決めた事だからって治癒が必要な人に使う事がどうしていけないのかわからないわ)


 アリーシアは連れて行かれる馬車の中で一人物思いにふけった。




 確か20数年前に今のザイアス王太子を弟のクロノス殿下とその仲間が暗殺しようとして、それが発覚してザイアス王太子はクロノス殿下とその仲間を処刑したらしい。


 その後病気だったガイアス国王もすぐに亡くなりザイアスが国王になった。


 ザイアス国王は今までの温厚なガイアス国王と違って冷酷で残忍な王だと言われていた。


 そして独裁的な王としても有名だった。


 ザイアス国王は予想通りそれまで属国だった国を次々に侵略してコルプス帝国の領土にしていった。


 このキルベートは今ではキルヘン辺境伯領となったが元はイエルハルド国と言う小さな国だったと聞いた。


 だが、侵略され王族は国王の命令でことごとく処刑されたらしい。


 黒翼騎士隊も同じようにコルプス帝国となったこの地にやって来た。


 ザイアス国王はこの国にある魔樹海が欲しかったのだろう。魔樹海には魔獣が生息していてその子供が聖獣になると分かればなおさらかも知れない。



 それに神話によるとシャダイ神は女神イルヴァを妻としていて聖獣も連れていた。


 シャダイ神が人間の娘にうつつを抜かしイルヴァは怒ってコルプスから出て行ってイエルハルド国に移り住んだとされている。


 イエルハルド国の王族はその子孫で王の子供は女の子しか生まれないと言われていたらしいがコルプス帝国の侵略で王族や貴族はいなくなったと言われている。


 それでもいまだここの教会にはイルヴァの女神像が祀られていて元イエルハルド国の人々もこの地にたくさん暮らしている。



 (まあ、私はそんな戦乱のさなか生れたらしいから、それで困った親が教会に捨てて行ったのだろう。ひょっとしたら両親は殺されたのかもしれない。

 まあ、その事は誰も口にしたことはないんだけど…

 今となってはどうすることも出来ないし)


 「降りろ!」


 騎士隊員のうなり声がして馬車の扉が乱暴に開かれた。


 私は騎士隊員に連れられて騎士隊の建物に入る。


 隊長の執務室らしい部屋に通されると先日竜に乗せてくれたリント隊長と目が合った。


 彼は気難しい顔をして言った。あれ、髭がなくなっている。切れ長の目。高い鼻筋。一文字に結ばれた整った唇。


 彼は意外にも見目麗しい顔立ちだった。


 「まったく、やっかいだな」やれやれと言う顔で私を見た。


 「……」


 「まあ、座れ。おい、誰かお茶を煎れて来い!」


 彼は私の向かいにどさりと腰を下ろす。


 先日はこんな真正面から向き合うこともなかった。彼の黒い髪はきちんと整っていて切れ長の目に輝く琥珀色の瞳は真っ直ぐにこちらに向いていたが口元はまるで迷惑だとでも言いたげに歪んでいた。


 (長いまつ毛…目、きれいだな。私の目は銀色でどこか気持ち悪いって言うような顔で見られたからうらやましい。そんな嫌な顔しなくたって…まあ、どうせ私の言う事なんか信じないんだろうけど…)


 そう思ったら少し気持ちが沈んだ。


 「それでなぜ違法行為をしたんだ?君はそうでなくたって殿下の聖獣を傷つけて婚約を破棄され王都を追放されたんだろう。こんなことをすればただでは済まないことくらいわかってるはずだが?」


 威圧的な態度で声高に言われる。


 「…‥」思わず言葉に詰まる。


 「反論も出来ないようなことをなぜする?」


 もう我慢できなかった。言いたいことがあふれ出した。


 「でも、病気や怪我で苦しんでいる人を助けて何が悪いんですか?国王はおかしいです。魔法を使うのは一部の身分の高い人や騎士の人だけなんて…私はこの地に住む人の助けになりたいって思っています。聖女ならすべての人にこの力を使うべきだと思います」


 「だが、聖獣には刃を向けたって事か?」


 さすがに頭に来た。ズンと勢いで立ち上がる。


 「私はアギルに毒なんか盛っていません。あの子を傷つけるなんてそんな事私がするはずがありません」


 彼は私を見上げて薄く笑った。


 「でもな‥女の嫉妬は時として正常な判断を出来なくするだろう?」


 「私は殿下に嫉妬なんかしてませんから!」


 「いや、君も辛かったよな。わかる。だが、ここでは大人しくしておいてくれないか。決まったことはきちんと守ってくれなきゃこっちも迷惑するだろう。大体君が元聖女でもなけりゃいちいち騎士隊が動く必要もない。だろ?魔法を違法に使ったくらいなら街の警備兵が取り締まればいいことだ。でも、


アリーシア君は立場が違うんだ。ロイド殿下の元婚約者で元聖女。君は国家に関わる重要人物なんだ」


 彼の言うことはもっともだが、私は悪いとは思えなかった。


 「では、診療所であのような行為をしなければいいですね。わかりました。今度からは訪問して個人的にやりますので」


 「だから治癒行為は出来ないって言ってるだろ!いいからそこで大人しくしてろ」


 リント隊長は反抗する私に呆れたようにさっさと行ってしまった。



 私は部屋に閉じ込められた。牢に入れられるかと思ったが一応聖女だったということもあったからなのか質素だが小さなベッドも洗面所もあって腰窓からは騎士隊員の練習風景が見れて意外にも快適な部屋だった。


 食事は決まった時間にきちんと出されて騎士隊で働く女性が着替えなどの持って来てくれた。


 ただ、取り調べだと言われて隊長の執務室に行く時には騎士隊員から侮蔑の目で見られた。


 リント隊長は「毎日魔法を使わないと誓うまでここから出せないからな。いいから二度と治癒などはしないと誓え!」と何度もしつこく迫った。


 (でも、私は嘘は付けない。聖女は清廉潔白でなければならないから。と言っても聖女でもなくなったのだから…それに彼はどうしてそこまでこだわるのだろう?別にこんな辺境で私一人が治癒を平民に施したところで王都にそれが分かるとは思えないのだけど…)


 そうやって数日が押し問答で過ぎて行った。




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