第5話 ひとときの幸せ

 翌朝クレアさんが部屋に尋ねて来た。


 「アリーシア、気分はどう?」


 「はい、大丈夫です。クレアさん良ければ今日からでも働かせてもらえませんか」


 「そんなに無理しなくていいのよ。あなたは傷ついたはず、少しゆっくり休息が必要よ」優しく言う。


 「いいんです。じっとしているのは性に合わないし、私、全然傷ついてなんかいませんから、むしろここに帰れてほっとしてるんです」


 「まあ、アリーシアったら…でも、無理はしないでね」


 クレアさんは優しく微笑むとそう言って診療所に案内してくれた。


 あの頃はまだ子供だったので診療施設には怪我をした時お世話になったくらいだ。


 教会は中央に教会の建物があってその右隣に神官やシスターの住まいがあり左隣に古い建物がある。それが診療所だ。かろうじて入院設備もあるがかなり老朽化している。


 診療所にはセベルと言う50過ぎの医者が一人いて後はシスターが看護師をするという辺境らしいさびれた診療所だった。


 患者はもちろんキルヘン辺境伯領に住む人たちで、軽い病気や怪我を治すので手いっぱいだった。


 早速患者がやって来た。


 「先生、いつもの薬をお願いします」


 年老いた老婆は神経痛があるらしく足を引きずりながら診察室に入って来た。


 「テクス婆さん。いつもの神経通か?」


 「はい、先生。昨晩も痛くてそりゃもう死にそうだったよ」


 「わかった。わかった。今、薬を…」セベルはシスターセシルに声をかけた。


 「あの…先生。今日はアリーシアがいま…あっ!」


 セシルはそこまで行ってことばを詰まらせた。



 ~この国では魔法の使用制限と言う法律がある。


 王族を始め魔力保持者が極端に減ってしまってからか、今の国王になって魔法に対しては酷く厳しい政策が取られるようになったらしいが決めたのは国王らしい。


 聖獣に対して行う治療や魔獣を退治するときなどは結界魔法とか治癒魔法を使うがむやみやたらに人間に対して魔法は使うべきではないと言いたいらしい。


 だが、実際には教会で行っている聖女の行いは治癒魔法でそれは高い身分の者に使われる。


 それ以外の人にはほとんど治癒魔法は使われないのが一般的でそれを違法だと言うものはいない。おかしな話だ。いや、当然か。



 「だが、シスターセシルあれは違法で」セベル医師の眉が上がる。


 「ええ、ですがせっかくアリーシアがいるんですし…そこは、ほら!お試しと言うことでどうでしょう?こんなに痛がってるんです。ねぇアリーシア?」


 シスターセシルは、入ったばかりの新人らしいが聖女に興味津々らしい。


 いきなり話を振られた私は診察室の包帯などを補充していてガクンとつまずきそうになる。


 「なんでしょうか?」


 「テクスさんが神経痛がそりゃ痛いって…」


 「ああ。はい。わかりました」


 私はすぐにそのお婆さんに近づいた。


 「えっ?いいのか?いや…ちょ…」


 セベル医師が何か言いたげだが気にしない。


 私は今まで痛みを訴えて来た高位貴族の治療をして来たので、何の疑いもなくいつものようにその患者さんの痛がっている足に手をかざす。淡い光が足をほんのり包み込んで手のひらが温かくなる。


 じんわりその光が足に吸い込まれるように消えて行く。


 「どうですか?痛みは少しは良くなりました?」


 テクスお婆さんの歪んでいた顔が驚くほど穏やかになる。


 「あんた聖女なのかい?凄いよ。あんなに痛かった足が…」


 しわくちゃの顔が微笑みでさらにしわくちゃになった。


 「良かった…」


 私はその言葉だけで胸が熱くなった。ここが私の居場所。こうやってみんなに喜んでもらえるのがすごくうれしい。


 「テクスお婆ちゃん。この事は絶対に秘密ですよ。神経痛くらいでこんな事したって知れたら…」


 シスターが慌てて人差し指を唇に当てた。


 「わかってるよ。誰にも言わないよ。新しい国王になってからやけに厳しくなったって知ってるよ。それよりあんた名前は?」


 「アリーシアです。痛みが出たらまたいつでも来てくださいね。内緒で治療しますから」


 「ああ、アリーシアありがとう」


 テクスお婆さんは喜んで帰っていた。


 その後も何人かの患者さんに同じように手をかざして治療を行った。


 みんなとても喜んで帰って行った。


 くれぐれもこの事は誰にも言わないようにと言い添えた。


 その翌日も前日より多い患者さんが訪れた。みんな内緒だが実は…と話を聞いて来た街の人たちだった。


 私はそれぞれの患者さんに治療を施し怪我や具合の悪い人を治した。




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