第27話 days gone by(7)

 ダイソンの父親の件は拍子抜けするほどにあっさりと処理された。


『アルコール中毒の中年男性、泥酔のまま入浴し溺死』


 明らかに事実と異なるそのニュースは、しかしデケーロープの誰にも疑われる事無く受け入れられ、そして確かめられもせず、日々の新たな出来事に埋もれて行った。


「俺の親父は……なんだったんだろうな」


 墓の前でダイソンはぽつりとそう呟いた。


「女に先に死なれて、酒浸りになって、自分のガキに殺されて。それ自体も無かった事にされて、この世から消えちまった」


 ダイソンの父親の死体は、墓に入っていない。ホランドの父親が属していると明かした組織――『ストラ』の人間が、ダイソンの家から運び出し、それっきりだ。


「なんだったんだ」


 誰も、それに答える言葉は持たなかった。慰めるような言葉も出なかった。こういう事を『してしまえる』力を持つ存在があると、知ってしまった今では。



「――それで? あんたらの依頼を受けなきゃならねえんだって?」


 戻って来たマンションで、ブルースが気分を切り替えるようにそう聞いた。言葉の先にいるのは、ゴードンだ。


「そうだ。お前達に主に頼みたいのは、人の調達だ」

「調達……? バイトを探して来いって事?」


 不思議そうな声を上げたケリーに答えたのは、ホランドだった。


「違う。……要は人さらいだ」

「!」


 幾つもの息を呑む音がした。ダイソンが重い息を吐いた。


「分かっちゃいた。こんな真似をタダでしてもらえる訳はねえってな」

「う、嘘でしょ。さ、さらって、どうすんの」

「今のお前達にそれを明かす事は出来ない。信用が足りないからだ」


 アンディの狼狽えたような声に、冷厳な声でゴードンは答えた。


「だが、安心はしていい。『ストラ』の指定に従えば仮にミスを犯して捕まっても、不起訴で終わる。――この街ではな」


 馬鹿を抜かせ、とはホランド達には言えなかった。まさしく先日、人一人の死を改竄してしまえる力が存在する――という現実を実感している。警察にも力が及んでいなければ、不可能な事だ。ゴードンは続けた。


「ホランドは父の『ストラ』における立場をいずれ継ぐ事になる。いわば下請けの仕事をして、慣れておけと言う事だ」


 グループの面々が、迷うように視線を絡めた。それも当然の事で、これまで彼等は率先して犯罪を行う事は無かった。


「いいんじゃないの。仕事って事は報酬、あるんですよね?」


 気負いの無い、軽い声が響いた。流石に意外そうに、ゴードンが発言者を見る。


「……勿論だ」

「ふぁ、ファズ? 何、言ってるんだい君?」


 慌てたようなアンディの問い。そして仲間からの視線にも、ファズはその太い体を小ゆるぎもさせなかった。理屈で考えたらそうなる、と言わんばかりに。


「いやだって、そうじゃん。やったら良いじゃない。そりゃ、僕だって普段は犯罪とかやんないよ。警察怖いし。でも、コレは捕まんないんでしょ?」


 個人的倫理ではなく、損得で犯罪の可否を考える――こうした考えをする者はその実、少なくない。この国では一時期、一定額以下の窃盗を軽犯罪とした際に略奪が横行した。

 ゴードンは心中で感嘆した。


(……見た目では分からんものだ。あのようなおっとりした青年が、この状況で一番適応する性質を持っていたか)


 ファズもまた、平時では殊更に犯罪などをする気も無い――リスクと面倒が勝る――が、この状況では話が違った。何故なら、


「アンディ。忘れてねえか? 捕まるだの捕まらねえだの以前に、選択肢がねえ。俺らはもう、殺人を揉み消してんだぞ」


 ブルースの補足に、迷った目をしていた数名が言葉を失う。


「……その通りだ。特に、俺はな」


 ダイソンが立ち上がった。周囲を見回してから問う。


「けどよ、気乗りしねえ奴は抜けてもいいんじゃねえか。今回の件を黙ってれば。その辺どうなんだ、ゴードンさんよ」


 視線に込められた懇願に、ゴードンは嘆息する。


「あまり勧めんが――ホランドと君、そして死体の隠蔽に関わった者以外は抜けても構わない。言うまでも無いが、秘密を洩らした場合、君達全員が破滅するだけだ」


 これに迷いを示したのはアンディ、ケリー、エーラだったが――それも数秒の事だった。


「も、元はといえば、僕が何とかならないかって言った訳だし、ね……」

「ここから出てって、どこ行きゃいいってのよ。つま弾き者に戻るだけじゃん」

「うん……私も、ダイソンと一緒が、いい」


 彼等は元々、世間に居場所が無かった者達だ。ホランドがそういう人間を集めた。

 ――一般市民が社会秩序を守るのは、自分が属する社会にそうするだけのメリットがあるからだ。彼等にとっては、馴染めなかった社会に今からまた一人で放り出されるよりは、警察以上の巨大な力の下で、仲間達と犯罪を行う方を選ぶ方が、抵抗が無かったのだ。

 そんな彼等の内面を知ってか知らずか、ゴードンは頷いた。


「話は、まとまったようだ」

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