第16話 days gone by(4)

 ――ダイソンの家庭は、彼が物心付いた時にはもう手の施しようが無いほどに終わっていた。

 家庭は四六時中、酔った父の怒鳴り声が響く。

 酒を飲み、周囲を罵り、ダイソン少年を殴る。

 母が若くして病で死んでから、父が起きている時の行動は概ね、その三種類のどれかだ。


「何だクソガキが。誰のお陰で生きてると思ってんだ」

「お前なんぞがまともに何か出来ると思うのかよ」

「酒買ってこい。ガキに売ってくれねえだ? じゃあ盗んででも何して手に入れろや!」

「ガキは親に尽くすのが当たり前だろうが」


 ダイソンが父親を反面教師にするのは当然の成り行きだった。彼は家に寄りつかなくなり、町で過ごすようになった。

 警官などの目を避けて空気の悪い場所にたむろし、因縁と暴力の中で過ごした。だがそこでは、ダイソンも殴られてばかりでは無かった。殴り返す事が出来たのだ。

 十七のある夜。いつものように何が原因で喧嘩となったかも分からない奴らを殴っていたダイソンは、人数に比べて相手の手数が少ないと感じた。


「お前がダイソンって奴か?」


その答えは、背後から来た。


「悪くない。ファズに聞いてた通りの腕っぷしだな」


 気付けば、相手の一人の顔を鷲掴みにしたサングラスの男が、笑ってこちらを見ていた。


「ホランドだ。荒事をやれるのがもう一人欲しくてな。探してたんだよ」


 ――ダイソンはホランドのグループに入る事を選んだ。


「別に目的があった訳じゃねえからな。寝床もあって仕事にもなるんなら文句ねえぜ」


 彼は自分で金を稼ぐ必要があった。ホランドの誘いは渡りに船だったのだ。

 そこからは、ホランドのグループは上手く回り始めた。役割分担というやつだ。それが出来る人材が集まっていた。

 この国はただでさえ自助努力が求められる傾向が強い。様々な理由で公的機関に頼れない者たちが頼る仕事屋として、もしくはトラブルバスターとして。彼等は仕事をこなしていった。



「ダイソンくん……だよね」


 そんなある日の事だ。デケーロープの街を歩くダイソンに声をかけたのは、まだグループに加入する前のエーラだった。


「ん? 何だ、お前」


 かつてのダイソンであれば、こういう時に返す言葉は恫喝に近かっただろう。しかし、今の彼の声には、言葉遣いは乱暴でも陽性の響きがあった。


「私……エーラ。覚えてない?」


 ダイソンは数秒瞳を眇めて、その後であっと声を漏らした。


「エーラか! 思い出したぜ。昔遊んだよな!」


 未だダイソンの母親が健在で、家族の形を保っていた頃。同じエレメンタリースクール小学校に通う同級生だった少女だ。ダイソンの過程が崩壊し、学校へもあまり行かなくなると、付き合いも消えていた。


「実はね――貴方たちの話を聞いてお願いしたいことがあって」



「今つるんでる奴らから抜けたい、だと?」


 依頼内容を聞いたホランドに、エーラはびくりと震えた。

 彼女がいるのはグループのマンションだ。ダイソンに連れられて、エーラはおっかなびっくりとやってきた。


「ビビらなくていい。俺に説明した通りに話せばいいからよ」


 横に座ったダイソンの促しに、エーラは再び口を開いた。


「そ、の……最初は、良かったんだけど。だんだん、みんな盗みとか、薬売るとかやり出して。私にもやれって言うんだけど、そんなの、警察とか怖いし。でも断ったらすごく、空気悪くなって……次は何されるか」

「ケーサツにチクれば良いじゃん」

「大方、家にもバレたくないって事だろ」


 ケリーの提案には、ホランドの推測に対する沈黙が答えだった。エーラは警察が怖い事と同時に、自分の状況が家にばれる事も怖いのだ。警察が介入すれば、必然的にそうなる。


「お、お願い、します。お金なら、少しはあるから」


 ホランドが後方へ視線をやれば、ブルースが腕まくりをしている。ファズとアンディはPCを開いて何事かやり出した。


「そ、そういう悪さやり始めたグループならさ、現金も抱えてそうだよね」

「え~と、最近出て来た若い売人ね……ああ、はいはい。こいつらか。郡警察は泳がせてるっぽいね、これ。捕まる前に上がり貰っちゃえば?」


 エーラより伝えられた場所や人員の情報から、あっさりとファズが特定してみせる。


「ほんじゃサクッとやるか。エーラって言ったか。次集まる日を教えろ」


 エーラにとっては拍子抜けするくらいにあっざりと、その依頼は終わった。


「銃、必要無かったな……ヘタレどもめ」


 ブルースとダイソンの荒事組、そして用心のために銃を携帯したホランドで行った襲撃に、エーラの所属グループは抵抗らしい抵抗も出来ずに押さえられた。


ミドルスクール中学のガキまでいるじゃねえか。アホ共が」


 やれやれという具合にダイソンが呆れ、ブルースは数発しか振るえなかった拳を意味ありげに眺めていた。


「ホランド。……あいつ、このグループに入れてもいいかよ」


 ダイソンがそう聞いたのは、後始末を終えてエーラが帰ってからだ。


「は? あの女を?」

「昔の馴染みなんだよ。久しぶりに会ったが見ての通りトロい奴で、取り柄も無え……まあ、丁寧ではあるかもな。何ならアンディと同じで雑用でも何でもいいからよ」


 ホランドは苦い顔を返した。


「悪い仲間やめて次は俺らか? 大差無い気がするがな」

「家にも、居場所がねえみたいだからよ……ここなら部屋もまだ余ってるだろ」

「おいおい、ここは女の連れ込み所じゃねえだろ」

「私は良いけどね。今ここ、女は私だけだしさ」


 ブルースがにやけ面で揶揄するが、そこに芯からの嫌気は無い。それは『居場所が無い』というダイソンの言葉によるものだった。ケリーの助け舟もあり、ホランドはふんと唸る。


「今回は美味しい仕事だったし、本人が良いと言えば……な。ダイソン、お前が面倒見ろよ」


 こうして。エーラもまたホランドのグループに加わる事になったのである。


 エーラの件の後、ダイソンは久方ぶりに自分の家へと帰った。

 いい気分だったからだ。居場所が出来た。仲間も増えた。金も入る。上手く回っていた。

 自分の――父親以外は。だからそれを、確かめに帰った。

 ダイソンは、自分の気宅にも気付かず、ラウンジで酔い潰れて寝ている父親を見た。

 老いた。痩せた。このままいけば確実にアルコール中毒と痴呆で、一人ではどうにもならなくなる。男の残骸だ。


(もう俺より腕が細え。昔は、あんなにたくましかったのにな)


 急に――哀しみが押し寄せて来た。これまで長く、怒りしか感じなかった父親に。

 彼を、ダイソンは夕暮れの日が差し込む家の中で、じっと見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る