▶︎私がカクヨムを続ける理由と『感想企画』に懸けた思い
▷文書3:なぜ「批評」ではなく「感想」なのか
はい、ここから長くなります。そして、『感想企画』とは直接関係のない「自分語り」も多く含まれます。
また、昨年末に発生しました「ある人物」とのトラブルについても、ここで触れさせていただきます。私が感想企画を始めた理由を語るにあたり、どうしても「その人物」の話題は外せません。また、順調に進みかけていた企画が綻びはじめたのも、この人物とのやりとりを目にした参加者からの「保留」の申し出が切っ掛けでした。
もちろん名前は伏せますが、甦ってきた当の本人いわく「伏せたところで気づく人は気づくんだから、話題に出すな」だそうです。
しかしながら、一昨年の出来事や経験は、すでに私の人生の一部となっております。私は、あくまでも「自分自身の人生の話」をするだけのことです。小学校で学んだ内容や思い出を話すに際し、その都度、小学校時代の教師やクラスメイトの許可が必要でしょうか。いりませんよね。その人物を敬愛されておられる方や、「それ」に触れることを嫌われる方は、お読みにならないことを推奨いたします。
前置きは済みましたので、始めます。こうしてトラブルを避けるための方策を練りあげてはいたのですが、それでもトラブルは起きてしまうものです。
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まず、私がカクヨムを続ける理由は、代表作であり遺作でもある『ミストリアンクエスト』を、生涯連載し続けるためです。もちろん、カクヨムというサイトにも終わりは来るでしょうが、それは私の人生が終わるよりも後のことになるであろうと考えられますからね。もしも、そうならなかった場合に備え、他のサイトでも連載してはいるのですが、執筆のしやすさなどから、カクヨムをメインにしております。
そうしてカクヨムに「居座り続ける」にあたり、なにかカクヨムやユーザーに恩返しができないかと、そう考えた際に、この『感想企画』の実行を思いつきました。
この『感想企画』を始めた理由は何度か語っているのですが、その都度「理由」が異なっていることに気づかれた方もおられるでしょう。これは「どれが正解」といったものではなく、そのすべてが理由であるためです。
まずは「私が心からオススメする作品をもっと宣伝したい」というものですね。これは私が以前、近況ノートに『レビューのお礼』として、その作者さまの作品の魅力を長文で書かせていただいたのですが、その際に作者さまからありがたいお言葉を頂戴いたしまして。「これほど喜んでいただけるのであれば、もっと多くの作品を紹介したいな」と思い至ったという次第ですね。
しかしながら、私の代表作『ミストリアンクエスト』は私自身でもレビューを書くのに難儀するほど「詰め込みすぎ」な作品でして、滅多にレビューをいただくことができません。悲しいことですが、私の意気込みとは裏腹に、こうした『レビューのお礼』を書く機会など、そうそう訪れないというわけですね。
そこで、ユーザーにつき1つの開催枠があるにもかかわらず、ずっと使っていなかった〝自主企画〟の有効的な利用として、「感想・批評企画」の開催に思い至ったというわけです。当初は「気軽にレビューを書いてもよい作品」というタイトルでの開催にする予定だったのですが、カクヨムのガイドラインに触れる可能性があることや、★の獲得目的での悪質な参加者が殺到することなどが容易に想像できるために、『感想企画』という形での開催となりました。
なぜ「批評」ではなく「感想」なのかと申しますと、「批評」の場合は評価の客観性が求められるためですね。それはつまり、基本的には「個人の好き嫌い」は除外する必要があるというわけです。
しかし、すでにご存知のとおり、私には「苦手な作品」が大量に存在します。ですが、もしも「批評」をするのであれば、こうした作品も受け入れる必要があるんですよね。もちろん評者本人が断ることもできますが、その時点で「批評」ではなく「感想」となります。なので、私は最初から『感想企画』としての開催を行なうことにしたわけです。感想であれば、まさしく個人の好き嫌いに主眼をおいての「感想」だけを述べることができますからね。
また、感想というものは個人の心に依るものですので、本来であれば正解も不正解もありません。それでも「正解」を求める風潮が存在しているのは、小学校などでの「読書感想文」や「クラシック音楽鑑賞」などの授業が影響しているのでしょうね。私も親や教師などから「おまえの感想はおかしい。そうじゃないでしょ。違う」と怒られ続けたものです。もはや、この時点で「間違っている」わけです。
つまりは「間違っている」幸崎の感想でもいいので、とにかく自作を読んで感想を聞かせてほしいという作者さまへ向けて。――そして、せっかく真剣に読むのであれば、誤字脱字などの指摘や改善点などを話すこともできれば、作品のクオリティ向上に貢献できるのではないか。そのように思い至ったがゆえの開催ですね。
さて、ここで早くも矛盾が出てまいります。「幸崎がオススメする作品を宣伝する」ことが目的なのか、それとも「自作の改善を目指す方の助けになりたいのか」という部分ですね。これは率直に申しあげて、その「両方」です。
私が以前にレビューを書かせていただいた作品においても、ストーリーや世界観や文章力は抜群であるにもかかわらず、字下げなどの基本的な小説の記法が守られていないという作品がありました。しかしながら、それを指摘するのは野暮と言いますか、わざわざ言う必要もないなと感じていたわけです。
私自身が「その作品内で統一さえされていれば、どんな書き方でも問題なく読める」といった性質であることも理由ですね。たびたび話題に出しますが、過去に読んだ作品には句読点や改行、鉤括弧などが一切ない作品もありました。まさに脳内のプロットをそのまま書き出したかのようなものです。それでもじっくりと没入し、楽しく読むことができたんですよね。ですので、私自身は、あまりこだわっていません。あまりにも独特の記法である場合には、レビュー文に「独自の記法で執筆されておられますが、非常に読みやすかったです」と書いたりもしますが、ここに一切の嘘はありませんからね。私は本当に読みやすかったんですから。
しかしながら、多くの読者さまにオススメするにあたり、やはり「基本的な小説の作法」は守っておくに越したことはありません。「小説の記法を守っていないから読まない」という読者はいても、「小説の記法を守っていないから読みたい」という読者はいないはずです。いたとしても、変人だけです。やはり作品を世に出す以上、一部の変人のみではなく、多くの読者に読まれたいはずですからね。
そうした「ストーリーや設定・世界観は素晴らしいのに、なぜか読まれない名作」を発掘し、私が作品の魅力を「感想」として世に出すことによって、その作品が日の目を見る――。そうなることを目指し、私は企画を始めたというわけです。
つまり、「幸崎がオススメする作品を宣伝する」ことと、「自作の改善を目指す方の助けになりたい」という目的の両立というわけですね。ここに矛盾はありません。
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