☕︎平安貴族がコーヒーを飲む話【幻想歴史小説】

室伏ま@さあき

六条内膳異聞

 久安六年、従四位下の六条内膳のもとに、大宰府より上洛せし南宋の商人、天竺の西方よりもたらされたとて、迦哈かはなる干豆の薬種を持ち来たれり。


 内膳心動かされたまひしかど、商人より

自然じねんただちに召すものなれど、虫や黴の難を避けむがため、よく熱したまはれかし」

 と聞きたまひけり。


「ありがたきものなれど、けみせずして御所へ献じ奉るはあるまじき」と、みづから毒味せむと思し立ちたまひけり。


 釜に炭を入れ、鍋に迦哈を入れて丹念に炙りたまひしかば、いみじき香り立ちのぼりぬ。迦哈を入れし麻布に湯を注ぎたまへば、磁器に垂る水は墨のごとし。


 気味はいと苦く、桂皮けいひ、柚子、甘葛あまづら、紫蘇を以て整へむとたまひしかば、毒めきたる焦げのみなりけり。


 残りを埋めたまひしかど、芽は出でず。

 かくて、迦哈は記されることなく、捨て去られにけり。



〈現代語訳〉

 久安六年(1150年)、従四位下の六条の内膳司(六条内膳)のもとに、大宰府より上洛した南宋の商人が、天竺より西方から齎されたという迦哈(カハ:Kaffaまたはqahwa)という干豆の生薬を持参した。

 六条内膳は感動しましたが、商人から「本来はそのまま召すものですが、虫食いや黴の害を避けるため、どうぞよく熱してお召し上がりください」と聞いていました。

 六条内膳は、「貴重な品であるが、調べもせずに天皇へ献上するわけにはいかない」と、自分で毒味をすることを決意しました。

 釜に炭を入れ、鉄鍋に迦哈を入れて丁寧に焙煎しましたところ、すごい香りが立ち上った。迦哈を入れた麻布に湯を注がれると、磁器に滴る液体は墨のように黒かった。

 風味はとても苦く、桂皮(シナモン)、柚子、蘇(古代チーズ)、甘葛(シロップ)、紫蘇を使って味を調整しようとなさいましたが、毒のような焦げの臭さしかなかった。

 残りを土に埋めましたが、芽吹かなかった。

 こうして、迦哈は記録に残されることもなく、捨て去られてしまった。

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