第23話 忘れ物

 ルイと旅をすることになった経緯、今まで渡り歩いた世界について、モナは話す。リエルは笑ったり驚いたりと、コロコロと表情を変える。枝葉も光ったり揺れたりと忙しい。彼女があまりに楽しそうだから、モナも微に入り細に入り、語って聞かせる。

「面白いわね。迷宮のお話は、全然聞き飽きないわ」

「それは、良かった」

 ずっと喋っていたから、喉がカラカラだ。モナは水筒の水を一口飲む。

「ルイ以外のヒトと話すのは一体いつぶりかしら」

「私みたいな、外の世界へ行こうとするヒト、今まで来なかったの?」

「来なかったわね。爆発が起こる前から、外界へ出ようとするヒトは少なかった。迷宮の中で穏やかに暮らしているのに、わざわざ出ようとは思わないのよ。あちこち動き回るのは、私達のような探検家くらいのものよ」

「いつから探検しているの?」

「結構前からよ。時計も暦も無いからはっきり言えないけど。外界と迷宮をつなげるプロジェクトは長いこと続いているの。私がこちらに来た時には、ルイはすでに冒険者で、色々な世界に行ってたわ。あの頃は今より毛むくじゃらだったけど」

「毛むくじゃら?」

「ええ。迷宮を旅するうちに、姿が変わっちゃったのよ。最初の彼の姿が一体なんなのか、知ってる人はいないわ」

 モナは毛むくじゃらのルイを想像しようとしたが、うまくできなかった。

「あの頃は活気があって楽しかったんだけどねぇ。まあ、起きたものはしょうがないわね……」

 モナはリエルと随分長いこと話をした。眠くなるとベンチで眠った。

 モナはゆったりとした時間を過ごした。荒野を探索し、廃墟やクレーターを眺め、ルイの作業を少し手伝い、リエルとの会話を楽しんだ。

 数日後。

「モナさん、完成しました。迷宮の外へ出られます」

 モナが三目並べでリエルに勝った時に、ルイがきた。

「あら、とうとう時間ね。モナさん、楽しかったわ。元気でね。忘れ物がないようにね」

「ありがとう、リエル」

 モナは枝を振って見送るリエルと別れた。荷物を背負い、リューズを抱え、壊れた塔の中へ向かった。

 門扉は閉じている。以前と違うのは、門柱に大量のケーブルが接続されていること、その門柱がブーンという音を立てていることだ。

 ルイが壁のレバーに手をかける。

「今から門を開きます。開く時間はとても短く、猶予はありません。開いたら、躊躇わず飛び込んでください。準備はいいですね?」

「まだ。ちょっと待って」

「どうしましたか?」

「ルイは一緒に帰らないの? ずっと門が壊れてて、やっと繋がるんだよね? 外に出なくていいの?」

 ルイは一瞬意味が分からない、というふうにポカンとしていたが、すぐに目を細めて微笑んだ。

「モナさん。貴女はとてもお優しいんですね。ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。お気になさらず。私はここにいます」

「本当に? それでいいの? 家族に手紙を書くとか、しなくていいの?」

「私は孤独な身です。家族も親族もいません。ですのでなにも──あ。少しお待ちください」

 ルイは作業机に紙を広げ、何かを書きつけた。手紙を小箱に入れ、モナに渡す。

「もし良かったら、これを私の故郷の森へ持っていってください。正確な住所は箱の底に書いています。ひっくり返すと読めますよ。ただし」

「ただし?」

「箱を他のヒトには見せないでください。こっそりと運んでくださいね。運べそうにない時は、燃やしてください。いいですね?」

 ルイは、箱を乗せたモナの両手を強く握り、彼女の目を見つめる。

「分かった」

 モナは小箱を背中のカバンの奥底に入れた。

「ありがとうございます。では、いよいよ開門します。心の準備をしてください」

 モナから離れ、再び壁のレバーに手をかけるルイ。

「三、二、一」

 レバーが下がる。門が開く。眩しい光がモナの目を刺し、強風が吹き付ける。

 モナは目を閉じ、リューズを強く抱きかかえ、門の向こうに飛んだ。

「幸運を」

 背後から、ルイの言葉が聞こえた。

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