第1話小さな手にある大きな力

 ずっと暗かった視界が急に開けたのはどれくらいの時間が経った後だろうか。


(眩しい……)


 眩しい光が俺の視界に広がり、思わず手をかざす。


(手?)


 光に目が慣れたのか、視界がハッキリしてくる。最初に目に入ったのはとても小さな手だった。それがかつての自分のものではないのは確か。


「おはよう、セフィちゃん。よく眠れましたかぁ?」


 その手の先に映るのは銀髪の長い髪をたなびかせた女性。優しい笑みを浮かべながらこちらを見つめる瞳は、とても青くて澄み切っていた。


(すごく綺麗だ……)


 思わずそんな感想を抱いてしまう。けどそれを言葉にしようにも、


「あう、あ」


 甲高い変な声しか出てこない。


「今日は貴女が生まれて一歳の誕生日でちゅよぉ。皆で沢山祝いましょうね」


 そう言いながら女性は俺を抱え上げる。彼女は恐らく俺の新しい母親。セフィを産んだその人なのだろう。


(本当に転生したんだな、俺......。しかも本当に女の子に......)


 今更ながらその現実をつきつけられ、少しだけ悲しい気持ちになる。


「えっぐ……えぇん」


 そしたらセフィも泣き出してしまった。


「あら? もしかしてお腹が空いちゃったの? 今お乳を飲ませてあげますね」


 それを見た銀髪の女性が服をはだけさせて胸を露出させる。


(え? ちょっ、それは)


「ほら、沢山飲んでね」


 いきなりこれはハード過ぎませんか?


 五分後


「げっぷ」


「よしよし、沢山飲めましたねぇ。さあ誕生日会場に向かいましょう」


 美味しかっただなんて決して言えない。


 病みつきになりそうだなんて決して言えない


「えへへっ」


「あ、もしかして今笑いました? やりました、ついにセフィが笑ってくれましたよ、ユシス!」


 思わず笑みをこぼしてしまった俺に、歓喜する女性。赤ちゃんが笑えばそれは喜ぶだろうけどさ、俺としてはとても複雑な気持ちだ。


(これから大丈夫なのか? 俺の人生……)


 2

 母の名はソフィ

 父の名はユシス

 兄弟なし


 それが今の俺……セフィが置かれている状況だった。赤ちゃんの視点でしか分からないことだが、この家はどこかの名家らしく、母のソフィはシスター、父のユシスは騎兵団の団長をしている、いかにもシェリが言っていたような子が生まれそうな両親だった。

 ただ現時点では俺が天から力を授かっているかは分かっていないらしく、それは今後の成長で分かるみたいな会話を俺は耳にした。


 ちなみにそんな会話が飛び交っているのは、先程ソフィが言っていた一歳になったセフィの誕生日会


(てっきり産まれた瞬間から始まると思っていたけど、一歳からって随分変わった転生だよな......)


 それより以前の記憶が残っていると言うわけでもなく、一歳からセフィという人生がスタートしたという感じだ。それが不具合なのか、それとも最初から決まっていたのかは知る由もない。


(今は気にする必要はないか)


 今俺は母親に抱かれながら知らない人達に祝福の言葉をかけられている。その間俺はただ愛想笑いしかできない。


 〔言葉をしゃべれないってこんなにも不便とは思わなかった〕


 赤ちゃんというのはそうあるべきなのだろうけど、自分が言いたい言葉が何も言えないというのはもどかしい気持ちになる。


「きゃあっ」


 そんなことを考えながらパーティ会場をソフィに抱きかかえられながら回っていると、会場のどこからか悲鳴が上がった。


「どうかされましたか?」


「あ、ソフィさん。実は……」


 母親が俺を抱えたままそこへ向かうと、どうやら招待客の女性の一人がナイフで指を切ってしまったらしく、困ったような表情を浮かべていた。


「申し訳ございません、招待をしておきながらお怪我をさせてしまって。今すぐに私が治療をさせてもらいますね」


「い、いえ、いいんですよソフィさん。この程度の怪我で力を使わせるわけには」


 母親の丁寧な対応に困惑する女性。


 それもそのはず、彼女が負った傷は本当に小さな傷。数日経てば勝手に治るものだろうし、母親の力が何なのか分からないけど、わざわざ使うほどでもない。


「怪我をさせてしまったなら私に責任があります。ですからどうかご遠慮なさらずに」


「だ、大丈夫ですって」


 それでも譲らない母親に更に困惑する女性。そのやり取りを見て俺はふと思うことがあった。


(もしかしてこれは、試すチャンスじゃないのか?)


 転生していきなりやって来た聖者の力を試すチャンス。子供の体だから大した力は出せないと思うけど、このくらいの傷なら子供の体でも……。


「あ、え」


「セフィ? どうしたんですか?」


 母親に抱えられている状態から体を乗り出し、俺は女性の指に小さな手で触れた。すると、


「え? あれ? 傷が一瞬で」


 一秒も経たないうちに怪我は消え、元から怪我なんてしてなかったかのように彼女の指は元通りになっていた。


(俺、触れただけだよな?)


 あまりの治癒力高さに俺はただ呆然とする。しかしそれ以上に驚いたのは、


「す、すごいです! セフィ、やはり貴女はちゃんと私の血を引いてくれていたんですね」


「いや、君の力以上の治癒力だ。もしかしたらセフィは」


「ありがとうございます、セフィ様! このご恩は一生忘れません!」


 それを見ていた周りの大人たち。あんな怪我を治しただけなのに、様呼ばわりされるとは……。


(悪い気はしないけど、ちょっと大げさすぎじゃないか?)


 3

 誕生日会は滞りなく終わり、俺は夢うつつの中にいた。


(眠い……)


「今日は魔法も使いましたし疲れましたねセフィ。もうおねんねしましょうか」


 母の腕に抱かれながら瞼が重くなるのを感じる。語りかけられる声はとても優しくて、まるで子守唄のように……。


(このまま眠ってしまおう。今日はものすごく疲れた……)


「おやすみなさい、ソフィ」


「すぅ……すぅ……」


 そうして俺は転生初日を無事に終えると思った。


 しかしその日の夜遅く、


(やっぱりずっとは寝てられないよな……)


 強烈な空腹と共に俺は目を覚ましてしまった。そしてその空腹を母親に伝えるために、泣く。


「えっぐ、うぇぇん」


「よしよし、お腹が空きまちたねぇ」


 そして母乳を飲み空腹を満たす。


(最初は抵抗があった母乳も三度目となると慣れてくるなぁ……)


 誕生日会の間に一度だけ空腹を満たしているので、三度目ともなれば自然の流れと化していた。


(十八年目にしてこんな経験をすることになるなんてな……)


「ねえセフィ。貴女が見せたあの力、ちゃんと私の血を引いてくれているって教えてくれて嬉しかったですよ」


 そんな事を考えている俺とは裏腹にソフィは俺の体を揺りかごのように揺らしながら語りかけてくる。


(そういえばソフィはシスターだから、治癒能力自体は持っているんだよな)


 周りの反応からしてその力はかなり信頼されているのだろう。その血を引くセフィも生まれた時からきっと期待されていたと思う。


 今日その片鱗を見たソフィは一安心したに違いない。


「生まれてきた時は不安ばかりでした。しかし今日一歳の誕生日を迎えて、治癒の力を見せてもらって、私は今とても幸せです。だから」


 そこまで言ったソフィがふと言葉を止める。


 〔だから、なんだ?〕


 母親として幸せになってこれから先も子の成長を安心して見守れるならそれでいいのではと俺は思った。


「この命がまもなく消えてしまっても、何も不安はありません」


 続いてこの言葉を聞くまでは。


 〔命が……消える?〕


 一体何を言っているのだろうか、この時俺はそう思うしかできなかった。

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