第19話 もう一つの9月9日
——9月9日。
そうカレンダーは示していた。けれど、涼の中には拭えない違和感が残っている。
朝、教室に入った途端、周囲の雰囲気に引っかかりを感じた。クラスメイトたちは昨日とまったく同じ会話を繰り返している。文化祭の準備の話、担任の小林先生のジョーク、そして佐伯悠真のいつもの軽口。
「おい、涼。今日もちゃんと仕事してくれよ?」
佐伯が軽く肩を叩いてくる。
「……なあ、お前、今日が何日かわかってるか?」
冗談めかして聞いたつもりだった。でも佐伯の返事は、涼の胸に冷たいものを走らせた。
「何言ってんだよ、9月8日だろ?」
涼は思わず息をのんだ。佐伯の笑顔は、いつもと変わらない。だけど、確かに9月9日のはずだ。いや、間違いなくそうだ。
——やっぱり、何かがおかしい。
昼休み、涼は葵と佳奈を呼び出し、校舎裏のベンチに集まった。
「やっぱり……今日、何か変だよね」
佳奈が不安げに言う。彼女も、日付と記憶のズレを感じていた。
「クラスの奴ら、みんな昨日と同じこと話してる。しかも佐伯まで——」
「佐伯くんも?」葵の目が鋭くなる。「それって、もしかして……」
「……ああ。佐伯は、今日が9月8日だって言ってた」
沈黙が降りた。涼はゆっくりと口を開く。
「俺たちは9月9日に進んでいるはずだ。でも、周りの記憶は昨日のまま止まってる」
「じゃあ……ループが終わってない?」佳奈がぽつりとつぶやく。
「いや、何かが違う。今までと同じ繰り返しじゃないんだ」
その時、校内放送が流れた。
『3年生は放課後、文化祭の準備に全員参加してください』
涼は眉をひそめた。
「……この放送、昨日も流れてたよな?」
「え?」佳奈が目を見開く。「え、昨日?……あれ?」
葵も険しい顔をする。
「昨日は、確か……流れたけど、少し違ってなかった?」
涼は頭を抱えた。記憶が曖昧になっている。確かに放送はあった。でも、その内容が同じだったかどうかは思い出せない。
「行こう。何かあるかもしれない」
3人は文化祭準備が進む体育館へ向かった。
体育館にはクラスごとのブースが並び、文化祭の飾り付けが進んでいる。だが、違和感はすぐに見つかった。
「これ……昨日と全く同じじゃない?」
佳奈の言葉に、涼も葵も息をのむ。準備の進行状況が、まるで昨日のままだ。昨日確かに作業を終えたはずの飾りが、また最初の状態に戻っている。
「これって……本当に繰り返してるの?」葵が唇をかむ。
「でも、それなら俺たちの記憶はどうなるんだ?俺たちは昨日のことを覚えてる」
「……誰かがリセットされてる」佳奈の声は震えていた。「でも、私たちは……」
その時、佐伯が体育館の端で佇んでいるのを見つけた。
「佐伯!」
涼が駆け寄ると、佐伯は驚いた顔を見せた。
「あ……お前か」
その様子は、いつもの明るい佐伯とは違っていた。目の焦点が合わず、どこか遠くを見ている。
「佐伯、お前……大丈夫か?」
「……俺さ、なんか変なんだよ。ここにいるのに、いないような……そんな感じがしてさ」
佐伯の声はかすれていた。涼の胸がざわつく。
「……俺、ちゃんと存在してるよな?」
その言葉が、涼の不安を決定的にした。
「佐伯……お前、覚えてるか?昨日のこと」
「……昨日?」佐伯は目を細める。「昨日って……えっと……」
彼は頭を抱えた。
「わかんねぇ……昨日のことが、思い出せねぇんだ」
——佐伯は、何かを失いかけている。
「お前……消えたりしねぇよな?」涼の声が震える。
佐伯は、笑おうとした。でも、その笑顔はひどく弱々しかった。
「さあな……でも、なんかそんな気がするんだよ」
その時、体育館の明かりがふっと揺らいだ。まるで現実が、少しだけ歪んだように感じた。
「……俺、何か忘れちゃいけないことがあるんだと思う。でも、それが何なのか、思い出せねぇんだ」
佐伯の言葉は、まるで最後の叫びのように響いた。
涼は、葵と佳奈を見た。2人も同じことを感じている。
——佐伯悠真が、消えかけている。
その瞬間、涼は確信した。
このループの歪みの中心には、佐伯がいる。彼の“存在の危うさ”が、9月8日と9日を揺るがしている。
そして、涼は決意する。
——絶対に、佐伯を消させたりしない。
そのために、何ができるのか。何をしなければならないのか。
涼は、葵と佳奈を見つめた。
「——俺たちで、佐伯を助ける」
体育館のざわめきの中、涼の声は静かに、でも確かに響いた。
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