第5話 変わらない日々と変わるもの

 朝の通学路。蝉の声が遠くに響く中、涼は駅へと続く坂道をゆっくりと歩いていた。


 昨日、宮村葵と話した屋上での出来事が頭から離れない。過去が変わった? それとも、自分の記憶が間違っているだけなのか?


 「おはよう、涼君」


 ふいに背後から声がして、振り向くと葵がそこにいた。

 制服のスカートを少し押さえながら、軽く息を弾ませている。


 「葵……?」


 昨日もそうだったが、こうして登校中に話しかけられるのは珍しい。前の記憶では、彼女とはほとんど接点がなかったはずなのに。


 「ちょうど良かった。朝、一緒に行こうって思って」


 彼女は当たり前のように並んで歩き出した。


 「……昨日のこと、覚えてる?」


 涼が恐る恐る尋ねると、葵は少し目を伏せた。


 「もちろん。忘れるわけないよ」


 そう言った彼女の表情は、どこか複雑だった。

 結局、彼女はそれっきり何も話さなかった。彼女もどう話していいかわからない感覚なのか――


 結局、詳しいことは何も聞けないまま、二人は学校へと向かった。


 * * *


 教室に入ると、いつものように陽翔が話しかけてきた。


 「おい、涼。今日の数学の授業、なんか特別らしいぞ」


 「特別?」


 「堀田先生、今学期で辞めるらしい」


 堀田先生は、前の三年間は数学を教えていた教師だ。少し厳しいが、わかりやすい授業で生徒には人気があった。


 「そうなのか?」


 「らしいよ。正式な発表はないけど、職員室で誰かが話してるのを聞いた」


 陽翔の言葉に、涼は何か引っかかるものを感じた。


 (そんな話、前はなかった……はず)


 変化は、確実に起きている。


 * * *


 昼休みになり、陽翔やクラスメートたちは次々と弁当を広げ始めた。 佳奈は教室の隅で友人たちと談笑している。彼女の表情に変わったところはないように見えたが、涼には微かな違和感があった。


 「お前、最近ちょっとぼんやりしてないか?」


 陽翔が弁当をつつきながら言った。


 「そんなことないよ」


 涼は曖昧に笑いながら弁当の箸を進める。 しかし、頭の中では「何かが変わっている」という確信が強まっていた。


 (もし、俺が本当に過去をやり直しているとしたら……)


 そして、その変化に気づいているのは、自分だけではないのかもしれない。


 * * *


 放課後、数学の授業で堀田先生が最後の講義をしていた。


 「これが私の最後の授業になります。みんな、数学を嫌いにならないでくれよ」


 堀田先生が黒板に大きく数式を書きながら、最後の問題を出す。


 涼は授業を受けながら、やはり前の記憶とは違うことを実感していた。


 (やっぱり、俺がいた過去とは違う)


 そんなことを考えながら、涼はノートに数式を書き留める。


 放課後、帰りの支度をしながら、ふと廊下を見ると、窓の向こうから葵がこちらを見ていた。

 「ねえ、涼君。今から少し話せる?」


 涼は戸惑いながらも頷くと、それ以上何も言わずに葵は玄関へ向かって歩き出した。


 ——変わる日々と、変わらないもの。その答えを探しながら、涼は葵の後を追った。


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