{第二章}血戦③   この世の不条理について

{第二章}血戦③






 「我々は、翼賛会のメンバーである。貴様ら、この騒ぎはなんなのだ」


厳とした態度で、一人のいかにもな下卑たオーラを纏った、長髪の男が話始める。


「何ってただ競争してだけだが?」


セグウェイに乗った眼鏡の男がすかさず反論。


「そうだぞ!この学校は自由なはずだぞ!」


竹馬に乗っていた男が、熱血漢丸出しでそれに倣う。一輪車に乗っていた女は、翼賛会のメンバーをただ黙って睨みつけている。俺でも後ずさりしてしまいそうな圧力が、乗り物三人衆(仮称)にはあった。そんな圧に臆する様子も見せずに、翼賛会のメンバーは更に一歩歩を進める。


「貴様ら、そんな態度をして、本当に大丈夫か?謝るなら、今のうちだぞ」


下卑た、卑屈な笑み。


「お前らの横暴にはうんざりなんだぞ!俺らは!今年度こそは、お前らの暴挙を止めるんだぞ!」


オオオ!と竹馬男にならって盛り上がる集団。あいつらは、部員なのだろうか。


「ほう、どうやって止めるのだね!」


「それは、血戦しか無いんじゃないのー?」


おかっぱの一輪車女が気の抜けた声で呟く。


(血戦、名前だけしか今のところ知らないが、どんなことをするんだ?)


大原女に聞きたいが、こいつは顔バレを避けるためか俺の背に引っ付いて真剣に覗いているので聞ける雰囲気ではない。


「懲りずに我らに挑むその度胸、買ってやろう。今からでも良いが、どうする?」


「もちろん今からやるぞ!我が相手になろう!」


血の気の多い竹馬男が勝負を受ける。


(確か血戦は生徒会が審判をするが、甲に属する部活には強制開始権があったんだってな)


昨日見た校則を思い出す。


「では、お前らのルールに則って、竹馬勝負でもしてやるか。手短にお前と我の一対一だ。」


「ああ、いいだろう」


準備運動を始める両陣営。試合をする二人以外は、慣れた足取りでグラウンドの隅へ移動するので俺らもそれに倣う。


「おい、これから何が始まるんだ」


じっと翼賛会を見ている大原女に話しかける。


「私も聞いただけだけど…」


ゴゴゴゴゴゴゴ…


大原女が話し終えるより前に、グラウンドが地響きを上げ始めた。


「地震か?震度4程度はありそうだが」


「違うわ。下を見てみなさい」


大原女に言われるがまま、下を見てみると、グラウンドが上にせり出していた。


「な、なんなんだよこれ!」


あまりに非現実的な光景に俺は流石に焦りだす。


グラウンド全体が地響きを上げながら、十メートルは優に超す高さまでせりあがったのだ。


「一応、ルールを確認しておくか。たしか竹馬の持ち手部分についているレーザーポイントピストルで相手の頭に先に三ヒットした方が勝ち、だったか」


「ああ、そうだ。あとグラウンドを出たら場外判定で負けだぞ!審判はまあこんだけのギャラリーがいれば要らないか!」


「そうだな、宣誓も、今は不要だろう。開始の合図は俺の部下にやらせよう」


二人は、グラウンドの真ん中を境に、20メートルほど距離を取り、竹馬に跨った。高度が高くなったことにより吹き付ける春風が強くなっている。


「なあ大原女。傍から見ればあの熱血さんのほうが強い様に思えるんだが。これまでの戦績はどうなんだ」


「見てれば、分かるわ」


こちらを見ずに、言い切る大原女。


審判が二人の間に登場し、号令を下す。


「それでは、甲所属の翼賛会テニス部門副会長蛇尾健矢と、丙所属の竹馬部部長田中清太の血戦を開始する!それでは」


両者が構え、相手の動きを正視する。土煙以外の世界が止まったような刹那。


「始め!」


血戦が、開始した。




 合図とともに、人間離れした竹馬捌きで蛇尾に迫りレーザーガンを射出する田中。ジェットエンジンが取り付けられているのではと勘繰るほどのスピードだったが、それを華麗にかわし竹馬を地に押し付けて跳躍し、蛇尾は後ろに回り田中の後頭部を捉える。なんとか頭を逸らす田中だったが、その過程で姿勢が崩れ、一瞬のラグが発生。それを蛇尾は見逃さず、レーザーガンを三発どころじゃない回数放つ。一発田中の頭を掠り、得点掲示板に一と記される。


 ……


………


それからも攻防は続いたが、終始翼賛会の蛇尾が圧倒し、最終スコアは三対零で、終了した。






 砂埃が静寂を包む。時刻は一時を過ぎ、そろそろ五時間目が始まるだろう。当初の目算からは全く外れた結果に、俺は驚きを隠せずにいた。


(ここまで、圧倒的な試合になるのか…)


素人目に見ても、竹馬部部長の動きは人間離れしていたが、蛇尾の動きはそんな彼を嘲笑うかのように、三次元的で、圧倒的だった。


流石の大原女も、険しい顔をしている。


その静寂を取っ払うように、敗北した田中に蛇尾が詰め寄る。


「だから言ったのだ。謝るなら今のうちだとな。所詮丙のお前が、甲である我らに勝てる道理など初めから無かったのだからな」


悔しさで地にうずくまる田中への、心底見下したような表情。


「これで、お前らの部はこの翼賛会に負けるのが四回目だな。また、一か月の部活停止だ。間抜けども」


そう言って蛇尾は、部活停止に関する紙だろうか、を田中に投げ捨て、グラウンドが元に戻ってから、去っていった。最後に、こちらを見た気がするが、気のせいだろう。


「クソッ!また奴らに!俺らの楽園が‼侵された!」


田中は、拳を地面に叩きつけながら、怒りの慟哭を吐き捨てた。


「また、挑めばいい、次は俺たちが、あいつらを倒す訳だが」


セグウェイ男と、一輪車女も集まって田中を励ます。その光景は、部活動を超越した、光る魂の共鳴のように俺には見えた。






 「歩、私たちも行くわよ」


歩き出す大原女に俺も着いていく。


「お前、良く感情的にならなかったな。てっきり翼賛会の奴に殴り込みにでも行くと思ってたぞ」


俺は素直な所感を述べる。


「あたしだってそうしたかったわ。あいつらの蛮行は許されざる行為よ。でも、今ケンカを売っても絶対に負けるわ。私、負け戦はもうゴメンなの。だから!」


俺の手を引っ張りながら、大原女は走り出す。


「どんどん血戦をして、強くなるわよ!歩!」


彼女は、高らかに。宣言をするのであった。こいつは、こういう奴だったな。


「もう最初の相手は決めたのか」


校舎に入る前に尋ねると、大原女は自信に満ちた顔で発表する。


「決めたわ、あの戦いを見て分かっただろうけど、甲と丙には、競技の実力差を埋めるのに十分な身体スペックの差があるわ。


「確かにそうだろうな。竹馬部も決して弱くは無かった」


「ええ、だからまず狙うのは、最低ランクの丁よ」


「意外と堅実なんだな」


こいつならすぐに乙あたりに挑戦すると思ってた俺が言う。


「さっきも竹馬部が部停食らってたでしょ。一か月の部停は大きすぎる損失だわ。私には、自時間が無いの」


あえて俺がそれをスルーすると、大原女は言葉を続ける。


「だから、なるべく最短で、負けるリスクを極限まで減らしていくわ。その栄えある最初の相手に選ばれたのは」


俺も少し息を呑んでその発表を聞く。この相手次第で、俺が解放されるかどうか決まるからだ。


「選ばれたのは、松ぼっくり解体部よ!」


「どんなだよ!」


ついツッコんでしまうが、この学校ではこれが普通なのだ。異常が普通な学校、そんな所に、俺は入ってしまったのだ。

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