第5話 雨降って地固まる。

「フレイヤッ……!」


「んっ……ル、ルーク……?」


 ……見つけた。

 フレイヤは校舎の壁を背にしてしゃがんでいる。どうやら、どこにも行かずさっきまでいた場所に留まっていたようだ。

 どこかに行っていなくて……そして、また会えてうれしい。


 しかし、さっきまでの元気の良さはどこかへ失われてしまった。

 ……そりゃそうか。面と向かって『大嫌い』だと直接言った後に突き飛ばしたんだ。

 こんなことをされたら俺だって傷つく。

 ……そんな自分がされて嫌なことを、俺は自分を抑えられずにやってしまったんだ。


 明らかにか細く、泣きそうな声でフレイヤは俺の名前を呼ぶ。

 ……いや、もうすでに泣いてしまっているのかも知れない。赤いほっぺたの上に、流した涙の跡が見える。


「ル、ルーク……なんでここに戻ってきたの……?」


「フレイヤに謝りたくてここに戻ってきた。……ごめん。突き飛ばして、面と向かって『嫌い』って言っちゃって……。フレイヤは何もしてないのに。でも、本当は俺……」


「ふふっ。やっぱりルークは優しいなあ。……ごめんね。私こそ急に呼び出しちゃって……」


 涙を一粒流し、それを手で拭った後にフレイヤは俺に向かって微笑む。

 ……微笑んでいるが、それがとても寂しいものに見える。


「そんな、フレイヤが謝ることなんてなにも……」


「ううん、私が悪いよ。話したこともない相手を呼び出したのは私。誰が出したかも書いてないのに、ルークからすれば、『誰か呼び出したんだろう』と思って来てみれば、自分も嫌いな嫌われ者の魔女だった。……だから、私が悪いよ」


「……それは違うな。俺が言えたことじゃないが、いくら嫌いだろうがそれを面と向かって言って傷つけた方が悪いさ。……自分を抑えることができてないのが悪いんだ。だから、フレイヤ。そんなに自分を責めないでくれ。……責められるのは俺の方だ。…………どんな魔法だって甘んじて受け入れる。だから……」


 言い終わる前にフレイヤはゆっくりと立ち上がり、俺の方へ近づいていく。

 ……ちょっぴり怖いが、覚悟は出来ている。


 そして、フレイヤが俺の真正面まで迫ってきた。

 頭半分くらい背の低い彼女が、俺を見上げるような感じになっている。そうしてフレイヤは……俺の頭をコツンッと一回叩く。

 ……とても軽い力だ。彼女は微笑みかけている。耳とほっぺたは赤い。


「フレイヤ……?」


「もう……ダメだよ。『自分を責めるな』って言ってるのに、ルークが一番自分を責めちゃってる。それに、私がルークを責められるはずがない。好きな人を、責められるはずかないよ」


「いや、好きな人だろうが……。…………んっ、好きな人って……?」


 ……確かに聞こえた。はっきりと聞こえた。 

 聞き間違いじゃない。


「……うん、私はルークが好き。一生懸命なところとか、困っている人を見かけると助けるところとか……だから、私はここにルークを呼んだの。ルークのこと、もっと知りたかったから……。……でも、こんなこと『嫌い』って言った本人の前で言うことじゃないね」


 …………正直驚いている。

 フレイヤが俺のことを『好き』だなんて。真っ直ぐに紡がれる言葉が、思いとともに鼓膜を揺らす。

 フレイヤの顔は一層赤に染まっている。

 ……きっと、それは俺も同じだ。今までに感じたことのない熱が、身体の中から湧き出てくるのを感覚がする。


「……俺は、フレイヤのことが……嫌いじゃない」


「えっ……そうなの……?でもさっき……」


「確かに"魔女"は気に食わない。言いたいことも山ほどある。……でも、フレイヤは俺の思っている魔女じゃなかった。フレイヤはフレイヤだったんだ。……だから、俺はフレイヤのことが嫌いじゃない」


「うれしいな、そう言ってくれて。……本当にうれしい……」


「なあ、フレイヤは俺のことが好きで俺のことをもっと知りたいんだろ?……だったら、これからはお互いのことを知っていこうぜ!好きなことや楽しいこと、嫌なことや苦しいことだって。俺も、フレイヤのことや……魔女のこと、もっと知りたい!」


「うん……!私だってルークやお互いこと……約束だよっ!」


 そう言ってフレイヤは一粒、二粒と涙を流した後に俺に満面の笑顔を向ける。

 その瞬間、なにか柔らかく温かいものを感じる。

 ……これは、フレイヤに呼び出されて、そして体が近づいたときにはじめて感じたものだ。


 もしかして、この感覚はフレイヤと同じ"好き"ってものなのか……?そうだとしたら……。

 ……なんにせよ、今度こそはこの感覚を大事に、大切に守っていきたい。


 そう思いながら、俺もフレイヤに微笑み返すのだった。



 序章終わり。

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