第21話 計画

 ベランダに面する窓から、傾き始めた日差しが、カーテン越しに部屋へと差し込む。

 あたたかな日差しであるのに、モノトーンで統一された部屋は無機質で冷たい印象だ。

 借主は女性で、八野の愛人のものだったが、実態は八野の別宅も同然だった。日中は仕事で不在。どう利用しようと構わなかった。

 指定した時間になっても、壱輝は現れない。


「…そう言う、つもりか」


 八野は顎に手を当て、笑みを浮かべる。口の端を吊り上げる嫌な笑みだ。

 八野の座るソファの前に置かれたローテーブルには、形ばかりに置かれたノートパソコンがある。その横にデータの入ったUSBメモリ。

 が、そこに壱輝のデータが一部入っているだけだ。おびき寄せる為の餌。

 そして、テーブルの上にはもう一つ、錠剤が置かれていた。壱輝に使う為に用意したもの。


「せっかく楽しもうと思ったのにな。まあ、楽しみは取っておくか…」


 組んだ足の上に肘をつき、錠剤を弾く。それがメモリにこつりと当たった。

 八野の口元の笑みは消えなかった。

 

+++


「あー! けど、そいつ、ぶん殴ってやりたい! ほんと、最低!」


 すべて聞いた亜貴は、初奈も壱輝も眠った後のリビングに来て、俺の隣に座るとそう声を上げた。


「俺だって、ぶん殴って、けちょんけちょんにして、海に沈めてホオジロサメかハンマーヘッドの餌食にでもしてやりたい所だ。…けど、それは不味いんだろ?」


 俺は向かいに座った真琴を見やる。先ほど淹れたカフェオレがテーブルの上で湯気を立てていた。

 藤はシャワーを浴びに行っていていない。結局、もう遅いからと泊まっていくことになったのだ。

 シャワーは真琴と大和が浴び終えた後、ようやく向かった。本当にそこは徹底していて、幾ら先に浴びていいと言っても、言う事を聞かない。どうやっても主が先なのだ。


「俺も殴り飛ばしたい所だがな。法に任せるしかない。証人も揃った。後は逮捕までのタイミングを計ることになるだろうな。叩けば幾らでも余罪が出てくるだろう」


 俺はカップの中で揺れるカフェオレを見つめ。


「これ以上、あいつに傷ついて欲しくないな…」


 壱輝はその後、言葉少なに夕飯を食べ終えると、シャワーを浴び早々に部屋へと引っ込んだ。


「同感だ。これまでは、致し方ない所もあったのだろうが、今後、関わる必要はない」


 真琴は一口飲むとそう口にした。


「壱輝。あれで、結構真面目でしょ? 親があんなんじゃなきゃ、もうちょっとなんとかなったんだろうけど…。そこは俺と一緒だな。俺には兄さんや真琴がいたから、まだ良かったけど。間違ったら楠の家に預けられて、とんでもないことになってたかも…」


 亜貴は言いながら二の腕を擦る。

 過去に俺を襲った楠の弟はいまだ入院したままだ。意識も回復せず、一生あのままではないかという話で。

 かなり素行の悪い奴だったから、亜貴言うように、預けられていたらどうなっていたかわからない。


「そういや、亜貴。壱輝と自分がかぶるって言ってたもんな?」


「そうだね…。色々、似てる所が多いなって」


 俺は頷きながら。


「そうだなぁ。小さい頃から一人が多かったって所がな。岳がいなかったら、どうなっていたかわからないもんな?」


「それもそうだけど。前にも言ったけどやっぱり…壱輝、あいつ。大和の事、好きなんだよね」


「はぁ? って、どこにもそんな素振りは──」


「大和はほんっと、鈍いからなぁ」


 腕を組みこちらを見てくる。


 いや。そんなのどこにもねぇし、感じてねぇし。


 すると亜貴はすっとこちらに手を伸ばしてきた。白い指先が頬のあたりをくすぐる。


「そこが良いところでもあるんだけど。こうやって鈍感だから、俺達の傍にいてくれるんだし…」


 うお。声が岳だ。くそ。


 俺はその手をそっと取ると、ソファの上に置く。


「…鈍感ってわけじゃねぇ。俺は亜貴も真琴も好きなだけだって。信頼してるしな? 好かれたくないから離れようとか、思わないだけだ」


「その好きは、友人として──でしょ?」


「それは…そう、だけど…」


 岳への思いとはまた別に、大事な場所にいる感じだ。

 すると亜貴は、あーあとため息をつきソファの背に身体を預ける。


「つまんない。結局、兄さんだけなんだからさ…」


「当たり前だろ? 亜貴もいい加減、他に目を向けろって」


「今はそれどころじゃないの。覚えることが多くて忙しいもん。がっつり付き合うまでにはいかないって。だいたい、大和を超える奴なんていないよ…」


「そう言う思い込みがだな──」


 と、そこへ真琴が割って入ってくる。


「内輪話はその辺にな。が、真意は置いておいて、壱輝が大和をとは初耳だったな…。とにかく、今は壱輝の話しだ。今後も八野が捕まるまでは油断しない様にしないとな。大和も大変だが、よろしく頼んだ。前にも言ったが無茶はするなよ?」


「分かってるって。今回もちゃんと真琴さんに先に連絡入れただろ?」


「そうだな…。だが、本当に藤を張らせておいて良かった。藤だから止められた様なものだ。でないと壱輝と一緒に、俺を待たずに突っ込んでただろう?」


「それは──。でも、壱輝が八野の部屋に向かったら、ついて行くに決まってるだろ?」


「…だから、な。藤がいてよかった。大和が強いのは十分分かっている。けれど、岳のいない今、無茶はさせられない」


「だって、壱輝に危険が迫ってるんだぜ? しかもまだ子どもだ。放ってなんて置けないだろ?」


 俺は詰め寄るが。


「それでもだ。俺は大和を優先させる。何かあって後悔はしたくないからな」


「真琴さん…」


 すると横で聞いていた亜貴が、


「なんだ。結局、みんな大和が大好きって事じゃん。壱輝もライバル多くて大変」


「だから、壱輝は別に俺の事なんかなんとも思ってねぇって。嫌いなわけじゃないとは言われたけどな、それは人としてってことで──」


 と、そこへ藤がリビングに戻ってきた。


「有難うございました」


「お、藤。部屋は一階のいつもの所でいいか?」

 

 俺はそう声をかける。藤が泊まる時はいつも一階のゲストルームとなっていた。

 時々、この家で何か催し物をしたりすると藤も呼ぶことがあって。その時、選ばせるとこの母屋の一階を選んだのだ。

 それ以来、いつも同じ部屋となっている。本人曰く、一番何か会った時に気づきやすいからだそうだ。どこまでも、昔の習性が抜けないようだ。


「ああ、それでいい。──例の奴が何か?」


 すると亜貴は面白がるような顔になって。


「壱輝が大和を好きかもって。藤は気付いた?」


「…いや」


「さっき会ったばっかりだもんな? だいたい、そんなんじゃねぇし。藤も何か飲むか?」


「水でいい」


「了解。てか、相変わらずすげー身体だよな? どうやったらそうなるんだ?」


 俺は冷蔵庫から冷水筒を取り出しコップに水を注ぐ。


「トレーニングしただけだ」


 藤はあっさりそう言うが。

 風呂から上がったばかりで暑いのか、秋だというのに下は短パン、上半身にタオルを肩にひっかけただけといういで立ちだった。

 その身体は筋肉がみっちりとつき、ぜい肉は一つもなかった。どうやってもこうなれるとは思えない。

 ちなみに背中に龍の刺青がある。これはジムでは見せられない為、ここに来た時だけ見られる貴重なものだ。


「ちょっとさ。初奈もいるんだし。もう起きてこないだろうけど、気をつけてよ?」


 それを見咎めた亜貴がすかさず注意した。


「分かってる…」


「でもさ。初めて見た時はびっくりしたって。生で見たの初めてでさ。凄いよなー。絶対痛いし大変だって。俺じゃ絶対むり。むり。でも、見事」


 俺は改めて、水を飲む藤の背中側に回ってそれを眺める。お寺の特別拝観でも見る勢いだ。

 片手に珠を掴んだ龍が見事に背中に舞っていた。ぐるりと円を描くように描かれている。寺院にある天井絵にあるあれだ。藤は水を飲み干すと。


「…そんな風に感心出来る見世物じゃない。負の遺産だ」


 俺はその言葉にぴしゃりと背中を叩くと。


「そんな言い方、すんなって。その時の藤の心意気だろ? 色々思う所はあるだろうけど、俺は全部ひっくるめて、今の藤が大好きだ。卑下なんかしなくていいって」


「…そうか」


 と、それを見ていた亜貴が。


「あれ? ちょっと耳赤くなった? なったでしょ? ね? 藤もわかりやすいなぁ」


 からかう亜貴に藤は、むっと顔を引き締めいつもの無表情をさらに強めたが、余計に隠しているのがバレバレで、さらなる笑いを誘った。真琴は皆を見渡しながら、


「とにかく。岳が帰って来るまで大和は無理をしない様に。引き続き、壱輝の送迎と、藤は八野の監視を頼んだ」


「了解」


「わかりました」


 俺に続いて藤も頷く。


「きっと今回、壱輝が来なかったことで他に行動を起こすはずだ。警察の方ではそれをきっかけに八野を捕えたいようだが。とにかく、皆気をつけて行動するように。それと、壱輝には奴からアクションがあったらすぐ連絡を入れるように言ってある。もう黙っていることはないはずだ」


「気合い入れないとな?」


 俺はむんと片腕に力こぶを作って見せたが、真琴の表情は渋い。


「大和は、ほどほどにな?」


「大丈夫だって。八野の行動は全部阻止してやるって」


 俺の心はいつかのようにネコ科動物に変化し、尾尻を振る勢い。万全の体勢だ。


「…やはり心配だな」


 真琴は腕を組んで唸った。


+++


 次の日、壱輝の元へ八野からどうして来なかったのかと、連絡が入った。

 深夜に来た通知を読ませてもらうと、怖い脅し文句が連なっていて。


「全部ばらして、そこら中に拡散させるけどいいか? って。嫌な脅しだなぁ」


 俺はキッチンカウンターの内側で、テーブルに置かれたそれを見て、お玉を手に唸る。

 朝食準備はすでに済ませ、後は盛り付けるだけだ。ご飯に味噌汁、卵焼きにサケの塩こうじ漬けの切り身半分、サラダ、漬物。シンプルな朝食だ。

 真琴は俺の傍らでご飯茶碗を手にしながら、


「これを無視し続けるんだ。既読はつけても返信は返すな。具体的な場所を指定して来たら、そこを押さえるそうだ。昨日、懇意にしている刑事が連絡をくれた。壱輝、いいな?」


 そう言って、真っ白なほかほかご飯を茶碗にもりつけ、壱輝に渡す。


「わかった…」


 それを受け取った壱輝は不安げな表情だ。俺はみそ汁をテーブルに置き終わった後、その背中をポンと軽く叩き。


「大丈夫だって。俺たちを信じろ。な?」


 顔を覗き込む。もうこうして軽く触れるくらいなら壱輝は嫌な顔を見せなくなった。

 壱輝は俺の顔をじっと見つめた後、ふいと視線を逸らし。


「…分かってる」


「うっし。じゃ、さっさと飯食って学校行くぞ? 初奈も何も心配しなくていいからな」


「うん」


 初奈は席についていて、真剣なまなざしで頷いた。初奈には兄が面倒に巻き込まれていることは伝えてある。

 が、不安気な様子はない。案外肝が据わっているのだろう。落ち着いていた。


「暫く俺も一緒に行きだけは送るよ。駅で別れちゃうけどさ」


 初奈の横に座った亜貴がそう申し出た。すると、リビングから移動してきた藤が、


「昨日の今日だ。俺も途中まで一緒に行く」


 そう申し出る。


「って、待てって。そこまでゾロゾロついてく必要ないだろ? 藤は普通に出勤してくれていいって。午後はまた張り込むんだろ? 亜貴も無理はしなくていいぞ? 授業時間はもうちょっと遅いだろ?」


「うーん。でもさ。こうなると、大和ひとりって心配になっちゃって」


「俺もどうせ通勤経路は同じだ。今日は一緒に行こう」


 二人は引きそうにない。俺がうーんと唸ると、真琴が苦笑しながら。


「好きにさせやればいい。悪いことじゃない」


「わかったって。てか、初奈、こいつ怖いだろ? デカいし無表情だし? 一緒で大丈夫か?」


 藤を目で指し示しながら問えば、初奈は首をふって。


「怖くない…」


 お、かわいいではないか。


 俺はちらと藤を見た。まんざらでもないのか、やはり表情はないが、どこか緩んでいるようにも見える。


「いい子だな? 初奈は。壱輝もそれでいいか?」


「いいけど…。あんた、ちょっと離れてろよ?」


 そう言って藤をみた。


「心得ている」


 自分がぴったり傍に張り付けばかなり目立つし異様だ。それは分かっているらしい。しかも張り付く相手が、高校生と小学生なのだ。それは悪目立ちするだろう。

 真琴は苦笑しつつ。


「目立つ方が余計な手を出し辛いだろう。名案かもしれないな?」


「真琴さん、面白がってるっしょ…」


 俺が恨みがましくみやれば、真琴は笑った。


「賑やかでいいだろう? 俺だって、車じゃなければついていったくらいだ。──さておき、大和」


「なに?」


「十分、気を付けるんだぞ」


「おう」


 そんな俺と真琴のやり取りを、向かいの席に座った壱輝は黙って見つめていた。


+++


 まるで鬼退治に行く桃太郎よろしく、大勢の大人を引き連れ、初奈と壱輝は登校する。

 初奈は亜貴がいるお陰でどこか弾んだ様子。逆に壱輝はこの人数に辟易している様だった。


「まさか明日もこんなになるのかよ?」


「明日は亜貴がいるくらいだろ? 藤は今日だけだ。だろ?」


 やや後方を歩く藤を振り返る。すると、藤は無表情のまま、


「その予定だが、必要があれば付き添いは可能だ」


「やめてくれよ。そんなでっかいのがいっつもついてきたら、目立つし恥ずかしいし迷惑だっての」


 壱輝は心底嫌そうな顔をする。


「なんだよ。全員、壱輝が心配だからついて来るんだろ?」


 すると、チラリとこちらに視線だけ向けた壱輝は。


「俺じゃなくて、あんたが心配なんだろ? 皆」


「そ、んなわけ──」


 言いながらついてきた二人、亜貴と藤に目を向ける。亜貴は素知らぬ顔をし、藤はやはり無表情のままだった。肯定もしないが否定もしない。


 そんなわけ──あるんだな。


 俺は、コホンと一つ咳払いをすると、


「けど、何度も言うがメインは壱輝だ。何があっても守るから。な?」


 そう言って、幾分顔を覗き込む様にすれば、


「……」


 壱輝はジッと見つめた後、ふいと視線を反らした。表情はいつもと同じムッとしたままだが、頬が何処となく赤いような。 


 気の所為か?


 そうこうしていれば、初奈の通う小学校に到着した。横を通り過ぎる子ども達が不思議そうな顔を向けてくる。


「護衛が多くて悪い事は何もないさ。お、初奈到着だな。今日も頑張ってな」


「うん」


「美術の時間で描いた絵、見せてな」


 亜貴の言葉にはにかんだ笑顔を見せた。


 初奈を送り、次に壱輝を高校前まで送り。

 亜貴も藤もきっちり後をついてくる。俺と亜貴、壱輝はそれでも並んで歩いていたが、藤は気をつかって後方を歩いていた。

 校門前まで来ると、翔が待っていて一番に声をかけてきた。


「壱輝、おはよう!──昨日は大丈夫だった?」


 おはよう、までは声を張ったものの、後は小声になる。壱輝は頷きながら、


「大丈夫だって。…連絡、してくれてありがとう」


「勝手に端末覗いてごめんな。心配でさ…。けど、間に合ってよかった。って、本当に心配したんだからな?」


 その後の経過は知らせてはあったが、それでも本人を見るまでは心配だっただろう。

 知高も背後から現れる。翔から事情は話されている様で。


「あー! 壱輝だ! 良かったぁ。ぴんぴんしてる」


「当たり前」


 そう言うと、さっさと校門をくぐって中へ向かう。と、翔はこちらを見てぺこりと頭を下げた。


「昨日はありがとうございました」


「いやいや。礼を言うのはこっちだって。連絡くれなきゃ、やばかった。またよろしくな!」


 と、翔は俺の背後に目を向け。


「…なんか、次回あっても、俺の付き添い必要なさそうですね?」


 翔の視線は俺と亜貴を通り越し、むっそりとそこに立つ藤に向けられていた。

 かなりひと目を引いている。あんまり目立つとまた警察に声をかけられるはめになるだろう。


「ま、な。んじゃ、俺たちは行くな? 壱輝! 何かあれば連絡必ずするんだぞ!」


 遠くで、うっせ、と声がした。


 っとに。素直じゃねぇな。


 しかし翔はくすりと笑い。


「壱輝、結構変わってきてるんです。っと、じゃあ、これで。俺も何か気づいたらすぐに連絡するようにします」


「おう、ありがとな! じゃあな」


 そうして、翔も先の二人を追った。


「変わってきたって、なんだろうな?」


 すると俺の傍らで見送っていた亜貴はつまらなそうな顔をして。


「俺的には気に入らないけど。うちに来て、大和に構われて、変化があったんじゃないの? さっきだってテレちゃってさ。可愛いったらないね」


「変化って…そうか? 全然、俺の前ではそんな変わんねぇけど」


「本人の前では、ね。素直になれないんでしょ。さて、っと。駅まで一緒に行こう。藤、もう一緒に並んでいいよ」


 しかし、藤はやや首を傾げる様にして、


「このままで」


 遠慮する藤に、俺は歩調を緩め横に並ぶと。


「藤と並んで歩くって、早々ねぇもんな? やっぱり、身体の厚みが岳とは違うから、雰囲気が違うな? 岳と同じ、安心感はあるけどな」


 そう言って、クルッと太いガッシリした腕に右腕を絡めた。カチカチで筋肉に腕組みした感じだ。


「……」


 藤は無表情のまま、微動だにしない。


「なんだよ。なに固まってんだよ」


「なんでもない」


 あくまで藤は何ごともない顔をする。すると、そんな様子を見た亜貴が、


「まさか──藤も同類?」


「違う」


 直ぐに藤は返すが。


「即答する所が怪しい…」


 亜貴はじとり、と探る様に見つめる。


「何が同類なんだよ? 怪しいって何がだよ?」


 俺は訳が分からず亜貴に問いただすが、亜貴はチラと藤をみやった後、


「あーあ。兄さんも、ほんっと、大変だよね。周りが敵だらけ」


「わけわかんねーって言ってんだろ! 敵なんていねぇだろ? おい、亜貴!」


 俺は相変わらず藤の腕に絡んだままそう言えば、少し先を歩く亜貴がくるりと振り返って。


「大和は知らない方がいいこともあるってこと。鈍感力、万歳!」


 そう言ってスタスタと歩き出した。


「亜貴!──ったく…」


 俺はそんなに鈍感か?


 傍らの藤を見上げ。


「俺ってさ、そんなに鈍感?」


「大和はそれでいい…」


「ううっ…。肯定かよ!」


 傍らの藤の口元が、ふっと緩んだのを、途中、振り返った亜貴は認めたが──見てみないふりをした。

 

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