第15話 山容
「ようやく、ここまで来たな」
円堂はサングラスを額へ上げると、目を細めて目の前に迫る岩の塊の様な山容を見上げた。
既に空気は薄く息苦しさがある。日の光を受け、雪をかぶった山は白く光っていた。カンチェンジュンガだ。
標高は八千メートルをゆうに超える。裸眼では眩しいくらいだ。岳は目を瞬かせる。
大和に見せたかったな。
改めてそう思った。
写真や映像だけでは、やはりこの迫力全ては伝わらない。きっと驚き感嘆の声をあげただろう。こうして目にすると、やはり悔しくなった。
ここから見えるのは一部のみ。五つの峰からなる山の全容を全て望むには、もう少し高所へ向かわねばならない。
今回の撮影がそうだった。目指す山の向かいの峠に登り、そこから撮影するのだ。
この季節、村周辺に雪は少ない。トレッキングのみならそこまでの重装備は必要なかった。だが、現地の人間が殆ど登らないその峠は、標高六千メートルあり雪に覆われている。雪を含め簡単とは言えなかった。
岳は遠くに見える、これから登頂予定の峠に目を向けながら。
「天候も暫く保ちそうですね」
先ほど、スタッフからその情報を得て、自分でも確認した。週の半ばにやや天候が悪くなるものの、何とか保ちそうだった。
だが、予報はあてにはならない。単なる目安でもある。あとは自身の経験と勘で決めていかねばならなかった。
「そうだな。なるべく早く登るようにしよう」
円堂はどこか嬉しそうだ。
学生時代、円堂は頼れる先輩だった。
広い背中以上に、どんな困難があっても、その背中について行けば、切り抜けられる、そう思わせた。
実際、円堂の判断は的確で、彼が率いた時は、大きなケガを負ったり事故はなかった。
岳はそれを引き継いだ訳だが、円堂の様に出来ていたかはわからない。
確かに頼れる先輩ではある。
しかし、プライベートがここまで荒れていたとは知らなかった。
当人はそのつもりはない様だが、外から見るとなかなかの奔放ぶりだ。以前も思ったが、家庭を持つには不向きな男だったのだろう。
が、実際子どもたちはいる。二人にはまだまだ親の手が必要だ。それをどう考えているのか。
岳は先を歩く円堂の背を見つめる。今更誰かと結婚する気などないだろう。それに、ここまで子供たちが大きくなれば、急に出来た母親に馴染めるとも思えない。
帰国すれば彼らを預かるのは終わりだ。そこで簡単にさよならと言えるのか。
再び、兄妹だけの生活に戻るのだ。どんな環境かは想像がつく。
少し考える必要があるな…。
知ってしまった以上、無関心ではいられない。ただ、今は仕事を無事に終えることが先決で。
とりあえず、その問題は置いておき、岳は迫る登頂に向けて、気を引き締めた。
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