第9話「不吉なデートスポット」
凛が落ち着くまで直樹は無言で小さな肩を抱きかかえていた。凛
もそのまま黙っていた。やがて、凛の震えもおさまり呼吸も落ち着いてきた。
「立てる?」と直樹は優しく声をかける。「・・うん」と凛が答え立ち上がる。
直樹は凛を片手で支えならら、もう一方の手でカメラに向かい手を振る。
「ゲームオーバー。終了。これでおしまい!」とカメラの向こうの仁たちに伝える。
凛の手をとり、一段一段ともと来た岩場を登る。
「凛が具合悪くなった。これ以上続けられない。これで終わりにする。」
そう言いながらスマホを回収しに行こうとする。
「ダメです。まだ終わっていません。私なら平気です。」
そう声を張り上げ、カメラに顔を向けたのは凛だった。
「どうするの仁?凛のアレ、きっと高所恐怖症だよ。ショックが強過ぎて倒れちゃったんだよ。本当に具合悪くなったみたいだよ。」
「うん、ここで終わりにすれば全員の被害はなくなる・・か?」と仁。
しかし、その仁の決断にここなが割って入った。
「悠太君はどう思う?」とここなは悠太の判断を仰いだ。
「ちょっと待って、計算してる。」と動画を微動だにせず見つめている悠太。
しばらくして
「凛ちゃんはなぜ、あんな状況なのに、続けたがっているんだ?」と呟く。
「それは・・・。」と仁もあかりも答えられない。
「うーん。凛にはまだやらなくちゃいけないことがあるって言うことだよ。」
とここなが答える。
「え?」と悠太が見せたこともない表情で驚く。
悠太でも見いだせなかった最適解を、ここながあっさりと答えたからだ。
ここなは凛の気持ちに想いを馳せていた。あの日、凛が合コンの話を持ちかけた時の、後の時を思い出して。
ここなは病気がちの母を気遣い、長年、家ではいろいろ心を配ってきた。
それはまだ高校生の時のことである。可愛らしい容姿のため、男子からも揶揄われやすい女の子だった。
そして高校二年の夏休み開けの事である。席が隣にななった男子、秀樹とよく話をする様になっていた。秀樹は温厚な性格で。男子から揶揄われやすいここなでも話しやすい存在だった。
ある時、テレビで話題の「都市伝説」について話していた。最近流行っている風邪がどうもおかしいと言う話だった。内容としては「人類削減計画の一端」と言うたわいも無い物だった。テレビも毎年やってくる風邪の季節にかこつけて物語を付け加えたようなものだ。スリリングな話題と母親の長引く病状にここなはとても興味を持ち、いずれ医療系の道へ進みたいと言う話も秀樹にも打ち明けていた。
そして、文化祭の時に秀樹はここなを少し人気の少ない昇降口わきに誘い、両手をここなの耳元スレスレのところを伸ばし壁に押し付けていた。そしてここなは交際を持ち込まれた。
文化祭明けには一緒に映画へ行ったりしてデートを楽しんでいた。
しかし、そうして10日も過ぎた頃。
それは『壁ドンをして告白する』と言う嘘告白で、男子達が罰ゲームとしてやっていた物だと、秀樹は打ち明けた。
たったそれだけの言葉だったのに、教室では秀樹との席も離れ、もう以前のように「都市伝説」を楽しく語り合うこともなくなってしまった。ここなは、頭の中が真っ白になって、ただ、ただ、表層の言葉だけを信じてしまった。
しかし、冬休み明けのことである。まるでテレビの都市伝説の様に、ロックダウンが日本中が襲った。テレビで見た都市伝説が、現実のものになったような気がして怖くなった。
学校への登校が禁止され、主にテレワークで授業を受ける日々が続いた。学校に行けなくなり、友達と会えなくなって、すごく寂しかった。
まるであの「都市伝説」の予言が当たったかのようにさえは思えた。オンライン授業はつまらなかったし、将来への不安が募るばかりだった。ネットの情報を読み漁り、そこで出てくる医学的な解説について、詳しく調べるようになっていた。
しかし、嘘と真実が交差するネットの情報にここなは戸惑うばかりだった。
「あの10日間は本当に楽しかった。秀樹はどう思っていたのだろう?」
「学校で真っ先にここなを見つけ、夢中で新しい「都市伝説」の話題を持ってきてくれた秀樹の輝いていた目はなんだったの?」
「嘘告白でも『好き』と言ってくれた本当の意味は?」
「壁ドンなんて流行りにかこつけていたけれど、真っ赤な顔をして震えていたあの声の意味は?」
「公園で手を繋いで微笑みあった、あの瞬間も嘘だったの?」
「日が暮れて冷たい風が吹いても、暖かかったあの二人の温もりは?」
「嘘告白と明かされて、全てを『嘘』と決めつけてしまった、自分の判断は本当にそれでよかったの?」
「凛と直樹のようにゲームにかこつけて、本当は近づきたかったのに、隠してしまった気持ちはなかったの?」
今なら分かる。あの頃の自分を思い出すと「一言」の中に詰まった、たくさんの想いが。
凛は合コンを持ちかけたられて、ゲームの中でもゲームの外でも、直樹と会話をもったはずだ。その時に凛は感じなかったの?一瞬で惹かれあっていたはずのあの感情を。動画を見ていればよく分かる。この二人があの10日間の、自分と秀樹のようだと言うことが。
悠太は考えていた。
この状況を言い訳にすれば、地獄の三角関係ゲームへ突入は回避される。既に直樹と凛以外の全員はそれを望んでいる。直樹もそのゲームに凛を巻き込むことを諦めている。あとわからないのは凛の気持ちだけである。凛は地獄の三角ゲームを続けたいと言うことなのか?いや違う。
ここなだけが「凛がやるべき事」を理解している。このゲームの後に、地獄のゲームが待っていても。凛にはこのゲームを終わらせなければならないと決めた、理由があるはずなのである。
凛と直樹の顔を、動画越しに見比べていた悠太が言った。
「僕も、分かったよ。最適解が。ここなちゃん、なら、Bプラン決行だ。」と悠太。
「Bプランって、あんたたちまだ良からぬことを隠してたの?」
とあかりが言う。しかしその矛先は悠太ではなく仁にであった。
プロジェクトを進めるのには途中でその方向性を変える必要がある、その変化させた方向性のことをBプランと呼ぶ事がある。
「いやいや、何も隠していないよ。さっき俺が言ってた『最後の課題』を変更しちゃうってプランだよ。」と仁。この時仁も最適解がようやく見えてきた。
どうやらあかりだけが理解していなかったようだ。
この状況でのBプランとは、さっき仁が提案した『課題を変更して二人が交際するように仕向ける』と言うプランだ。技術的には簡単だが問題はその内容である。どんな課題を課せば、直樹と凛が交際するような良い雰囲気に持っていけるのだろうか?それをさっきからみんなで考えていたのである。
「ならその課題は私に出させて。」ここなが言い出した。
「一番最初に解答を見つけたのはここなちゃんだから、それが良いかもね。」と悠太。
「だったら最後の課題はこれしかないでしょ。『キス』」
「キーースーー?」あかりと仁が立ち上がってここなを見た。
「まあ、そうなるな。」と悠太は答えた。
「あのー、コーヒーのおかわりはいかがですか?」とまた店員が傍に立っていた。
「はい、ぜひ、4人分。全然役に立っていないこいつの奢りで」と仁を指差して、あかりは言った。
そして全員でプランBに向けて一斉にコメントの書き込みを開始した。
「凛が平気だって言っているんなら、絶対このゲームを完結させろ」
「直樹が男を見せてやれ」
「成功率はフィフティフィフティ」
「やればできる」
そう言うメッセージで溢れていた。
『少なくとも、仁と悠太は次のデートスポットが、映画の中では「不吉なデートスポット」であることは理解しているだろうに・・・。このまま凛を
地獄に落とせと言っているのか?』
無言で次のデートスポットへ車を走らせる直樹だったが、頭の中はコメントに書かれているであろう、仁と悠太の裏のメッセージを読み取ることだった。しかし、そんなメッセージはどこにも読み取れる要素は無かった。ただ、このゲームは絶対に最後まで終わらせなければいけないという、彼らの強い意志は伝わった。
凛も口を開かなかった。硬く結び、『この人を救えるのは私しかいない』そう言う、決心の顔をずっとしていた。空は既に暮れ泥み始めていた。今までのデートスポットへの道とは少し雰囲気が違っていた。航空自衛隊の基地の有刺鉄線のついた鉄格子が、ずっと続いていた。道も徐々に狭くなっていく。すれ違う車が互いに、道を譲りながら通り過ぎる。まっすぐな道と人工的に並べられた海岸の、大きな岩が続く。映画に出てきたロマンチックな海岸とは全く違う。目の前に、目的地と思われる緑色の盛り上がりが見えてくる。決戦の場に向かう武士になったような気持ちだ。
舗装された道の端に辿り着き、そこに車を停めた。そこからは砂浜だ。周りには数台駐車している車はあるが、こんな冬場にここへ来るのは、余程の物好きとしか思えないような場所だ。
「ついたよ。」そう言って直樹は車を降りた。そして車の後ろへと回り、バックドアを開けて荷物を探している。
「ああ、早く動画が流れてこないかな?大丈夫かな?『不吉なデートスポット』なんでしょう?」あかりはイライラを隠しきれない。
「大丈夫、今の直樹なら」仁はあかりに優しく言った。
あの直樹が途中でゲームを中断しようとしたことに、仁は一筋の望みをかけていた。普段の直樹ならそんなことは絶対にしない。もちろん計画は完璧。途中でどんなハプニングがあろうと持ち前の判断力の速さと、瞬発力で必ず計画は完遂してきた。
仁の母親のさほど売れていないモデルとの合コンの時でも、たまたま熱心なファンがいると気がついた時には、モデルだとわざと身バレをするような態度をとり、その場が合コンではなく、会社の打ち合わせであるふりをして、「ああ、すみません。今、次の仕事の会議中なのでファンサービスは遠慮させてもらって良いですか?」と切り返した。そんな直樹が計画そのものを、自分だけの判断で中止することはないのだ。今、計画はプランBに変更されたが、必ずそれに対応してくるはずだ。
「これに履き替えて」
そう言って出してきたのは女物のパンプスだった。
「知っっていると思うけれど、この場所、映画『私を海に連れて行って』では主人公がヒロインに振られた場所なんだ。」
最悪のデートスポットだろ?といいたげだった。
「原因は靴。あの島に行った帰りに潮が満ちてきちゃって、ヒロインの靴をダメにしちゃうんだよ。」
「それをヒロインは怒って、今までいい雰囲気だったデートがダメになっちゃうんだ。」
車から取り出した靴を両手に持って広げ、やれやれと言う顔を見せる。
「今の僕はそんなストーリーは嫌なんだ。だから、ダメにしてもいいこの靴を履いて、あの島へ行こう。」直樹なりに地獄覗きでの告白を裏付けるように言った。
「え?でもこの靴、今私が履いている靴より高いんだけど・・・。中に『フェラガモ』って書いてある・・。」
「うん、後でこの靴を凛ちゃんにプレゼントするつもりだったんだ。凛ちゃんの正確な靴のサイズが分からなかったからね。このメーカーなら後で靴のサイズを変更してもらえるし・・。」
「ああ、手首から肘の長さから、靴のサイズはおおよそわかるけど。」そう言って手で持っているパンプスを腕に当てて見せる。もう、計算高いいつもの直樹ではいられなかった。「不吉なデートスポット」のシナリオを「幸運のデートスポット」へ書き換える作業で必死だった。
「え?そうなの?でも、おかしい。なんでこんな時に・・そんな、いらない豆知識持ち出して・・・。もう・・・。」
そう言って凛はやっと笑った。
「だって、計画では凛ちゃんの靴を汚しちゃうはずだったんだから当たり前だろ?」
「それなら、まだ汚れていない私の靴をなんで今ここで履き替えさせるの?こんないい靴、こっちの方が汚れちゃったら勿体無いよ。」
「うん、でももう、凛ちゃんの全てを傷つけたくなくなったから。」
直樹は「不吉なデートスポット」の悪霊を追い払うのに全力を尽くしていた。
あかりがグラスの底に残ったクリームをぐるぐると長いスプーンでかき集めながら、
「ああ、気になる。もう沖ノ島公園についたかしら?私だったら靴の中に砂が入ってジャリジャリなのに告白されたって全然響かないわ。ジャリジャリの方が気になっちゃって。」と不安とイライラを口にだす。
「おいおい、あんなにヒロインをディスってたのに・・・」呆れた顔で仁が笑う。
「そのあと、海の中を歩くなんてぐちゃぐちゃだよ、絶対に上手くいかないじゃん。」
「大丈夫だよ、あの二人なら上手くやるって」と仁の顔から再び笑いが消えた。
みんな最後の瞬間を待ち侘びて固唾を飲んでサイトに動画が流れてくるのを待っていた。
凛は直樹から差し出された靴をそっと受け取りながら言った。
「でも、もったいないなあ。汚しちゃってもサイズ交換してくれるかしら。?」
「大丈夫3足買っておいたから、後でピッタリの靴に合わせて他の2足を交換するから。」
「やめてよ、そんな無駄遣い・・・。あーあ。・・でも、・・嬉しい。」
そう言って自分の靴を脱ぎ、直樹の用意した靴に足を通した。
「じゃあ、行こうか。」そう言って直樹は凛の手をとり島へと向かった。
島へ続く砂浜は両岸が海になっている。海に浮かぶ道のようでとても気分がいい。地獄覗きで感じた圧迫感が海風の清涼感でスッと消えていく気分だった。
それでも凛は直樹の「好きだ」の意味が気にかかっていた。とても楽しかった今日一日だったが、自分の何が直樹に、その言葉を吐き出させたのか思い当たらない。自分はただ「直樹の彼女さんらしい女性」を演じようと夢中になっていただけ。そう思いながら眉をひそめていた。
「これも冗談なのかな?」そう思いながら歩みを早めた。
「とっぴよしもない夢を見ているみたい」
砂に靴が埋もれ少しよろめいた。
「じゃあ、ここで本当の凛を見せたらどうするのかしら?私の答え。ゲームじゃない彼女。」
そこでふと凛は足を止め、靴を脱ぎ出した。
「ねえ、こうすれば靴も汚れないじゃない」
そう言って裸足になり、静かに波を寄せる海岸に近づいた。
「ほら」と言って、パシャパシャと海の中にも入ってみせる。
それを見て目を丸くしている直樹に向かって言った。
「やっぱり、作り物は作り物だよ。都合のいいように話を進めちゃうだけ!」
「現実はこうだ!」
そう言って足を上げて水飛沫を直樹の方にかける。
手を顔の前に上げながらその水飛沫を避けようとして、直樹は笑い出してしまう。
「何がおかしいのよ、私のこと馬鹿だと思っているんでしょ?」
潮風に負けないように体を折り曲げて大声で叫ぶ。
「全然、そんなこと思ってないよ。君は最高だよ。」
照れくさくて直樹の声は凛の声より小さかった。
「え?聞こえない?」
「行くよ」と直樹は島に向かって走り出した。
「あ、ちょっと待ってよ。」と両手に靴をぶらぶらさせながら凛も直樹の後を追いかけた。
「じゃあ、これで最後だからここから動画を回すね。」
「うん、最後の課題は何かしら?」
そう言って開いたアプリから飛び出してきた文字は「キス」だった。
「これ、最後の課題?」と凛は直樹に聞き返す。
「うん、そうみたい。」と直樹も意表を突かれた顔をしていた。
女子たちが自分がしなければならない課題にこんなことを書くはずがないと踏んでいたからだ。「靴問題」が自分に仕掛けた最大の問題と思っていた。
直樹はその上をいく難題に言葉を失ってしまった。
凛はずっと直樹の顔を見つめていた。そして、気を取り直して
「ほら、最後の動画を回さなくちゃ」と直樹にゲームの完遂を促す。
直樹は夕陽が見える西の方に歩いて行った。そして、夕陽に向かって岩場にスマホをセットした。くるりと振り向き、ちょうど二人が座れそうな飛び出した岩に向かって歩き出した。波の音と潮の匂い。五感にしみる現実の風景はコンピュータ越しに見る同じ風景とは全く別物だった。
直樹の隣に凛も腰掛けた。柔らかな花のような香りが直樹の鼻をくすぐる。冷たい空気の中、右肩に感じる温もり。左胸に感じる鼓動。
「いよいよね。」
「夕陽を見て座ってるー」
「課題見たのかしら?課題み
た?
」「直樹、男を見せろ!」
すぐにコメントの嵐が続いた。
コーヒーを持ってきた店員もその映像に見入っていた。
しばらくは二人無言で海を見ていた。赤く大きく海に近づいていく太陽の動きがとても早く感じた。今までの、かりそめの世界を全て潮風に吹き飛ばし終わるまで、二人は動けないでいた。
凛は右手で風が揺らす髪を耳元で抑えて、小さな声でこういった。
「キス・・したくないの?」
直樹は凛のか細い肩を優しく引き寄せた。二人の影が夕陽に重なった。
終わり
リアル恋愛シミュレーションゲーム オルソン @Taichi_Oruson
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