第3話「居酒屋でのプレゼン」
賑やかな居酒屋の個室。テーブル挟んで、男女6人が向かい合って座っている。和やかな雰囲気の中、全員がグラスを持ち、乾杯の音頭を待っている。
直樹が笑顔で言った。
「はい、皆さん、今日は来てくれてありがとうございます! えー…」 直樹は少し間をおいて続く言葉が出て来ず 「……とりあえず、乾杯しましょうか!」と言って全員がグラスを傾けた。
「はい、改めまして、今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます! えー、まずはですね…」 と少し咳払いをして気を取り直す。
「…この場の流れとして、自己紹介とか、お互いのことを知る時間とか、そう言うの、ありますよね?」
「まぁ、普通はそうだよな」と仁が緊張しすぎと促しながら言った。
「はい。普通ならそうなんです。でも、今日はちょっと違います。実は、僕たちには、今日、皆さんに伝えたいことがあるんです。」
あかりが怪訝な顔を見せていった
「え? 何、改まって」
「実はですね…僕たち、ただの大学生じゃなくて、 『LARPサークル』っていう、ちょっと変わったサークルを運営しているんです。」
凛も少し驚いた顔で聞き返した
「LARPサークル…ですか?」
「はい。LARPっていうのは、Live Action Role Playingの略で…簡単に言うと、現実世界で物語の登場人物になりきって、ゲームみたいに遊ぶって言う、そういう活動をしているサークルなんです。」直樹はご存じなくてごもっともと手のひらを差し出して言った。
ここなは何かが始まる予感に「わー! 面白そう!」と言った。
「で、今日、皆さんに集まっていただいたのは、僕たちのサークルのメンバーとして、一緒に活動してほしいと思ったからです。」
「そうそう。僕たちと一緒に、学生生活を最高にエンジョイしませんか?」と仁は僕たちが大学生だっていうことを忘れちゃいけないよという感じで促す。
「僕たちのサークルでは、ゲームを通して、色々な人と深く知り合いたいと考えています。もちろん、その中で、運命的な出会いがあって、カップルになるのも、それはそれで素敵なことだとは思いますが…合コンと言う「男女の出会いの場」のような趣旨でこの場にお誘いして、なんなのですが、今日のこの場所で、すぐにカップルが成立してしまうのは、ちょっと違うのかな、と…。」
あかりはそれを聞いていますぐ肩肘を張らなくていいと理解し、
「ああ…なるほどね。だから、合コンの形式だけど、普通の合コンとは違うってことね。」と相槌を打った。内心、怖くない合コンでよかったと言う安堵感もあった。
直樹はその反応を見逃さなかった。少し熱を帯びた口調なり
「はい。僕たちは、もっと時間をかけて、お互いをよく知る中で、自然な形で関係を深めていきたいと思っています。なので、もしよければ、まずは僕たちのサークルに入って、一緒に活動してみませんか?」
凛も少し安堵した様子で
「…なるほど。それは、面白そうですね。でも、具体的にどんな活動をするんですか?」
直樹はうまく話に乗って来たところで畳み掛けるように
「はい! それでは、LARPのテーマについて説明しますね! そして、今回のメンバーで行う、最初のLARPのテーマを発表します! それは…」
「リアル恋愛シミュレーションゲームです!」
女性陣は驚きと興味が入り混ざった表情を見せて「ええ?!」と一斉に叫んだ。
「はい、リアル恋愛シミュレーションゲームです! これは、ただのゲームではありません。ドラマやアニメの名シーンを再現したり、ロマンチックな場所を訪れたり…まるで、物語の主人公になったかのように、デートを楽しむことができるんです! もちろん、その中で、本当に恋愛に発展することも、大いにありだと思いますけれどね。そうでなくても、物語の世界観をリアルに楽しめるのです。」
「で、このゲームをより面白くするために、ルールを決めました。まず皆さんには、ロマンチックな場所で男性に何をされたら嬉しいか、アンケートを取ります。これは匿名で、僕たちが、皆さんの本当の気持ちを知るためのものです。」
その時、悠太が冷静な口調で「リクエスト内容は、王様ゲームのように僕たちの行動を縛るものになります。ただし、皆さんがされて嫌なことは書かないように注意してください。あくまでも、ゲームを楽しむためのものです。」注意を挟んだ。
その後、直樹は再び説明を続けた。「そして、ロケ地では、その命令がちゃんと行われたかどうかを、動画で確認します。その動画は、僕たちが作った専用のアプリから投稿してもらい、僕たちのサークル(会社)のサーバーにアップロードされます。もちろん、アップされた動画は、このメンバーしか見ることができない、特別なものです。その動画を見た他のメンバーは、コメント欄にアドバイスや感想などを書き込み、みんなでこのゲームを盛り上げていきます。」
仁がそれに補足を加えた。「今回のために作ったシステムなので、まだ検証段階で、本当にうまくいくかは分かりませんが…。」
「僕たちと一緒に、最高のリアル恋愛シミュレーションゲームをしませんか? どうですか、皆さん?僕たちのサークルに興味を持っていただけましたか?」
全員、直樹の言葉に聞き入り、少しの間、沈黙が訪れた。
次に仁が立ち上がり、直樹と進行役が自然に入れ替わる。今までの会社運営での営業パターンと一緒だ。専門用語が混ざり理解しにくい内容に入ってくる時は仁が担当するのだ。仁はそのモデルの様な風貌で難しい内容の話でも聴衆を惹きつけたままにする事ができる。聴衆は内容がわからなくても
「何だか信用して良さそうだな」と言う気になれるのである。
「えー、この会の趣旨がご理解できたと思いますので、改めてここで僕たちの自己紹介をさせてもらいます。」
「まず、最初に挨拶させていただいたのが僕たちの代表の直樹です。」
「そして、こちらがプログラミング担当の悠太です。」
「どうも・・・。」
「最後に、僕はデザインおよび広報活動を務めさせていただいています。名前は仁と申します。」
仁の長い手足がしなやかに動き、ただの自己紹介がモデルの写真撮影かのようにポーズが決まる。女子たちにちゃんと名前が伝わったかどうかは定かではないが、固唾を飲んで仁に惹きつけられているのは良くわかる。
「先ほど言葉ではLARPの内容を説明しましたが、もっと具体的にイメージできる様に僕たちが実際にこのシステムで遊んでみた映像を用意してあります。まずはご覧ください。」
仁がそういうと、悠太がタブレットをテーブルの上に立てて女子に見えるようにした。
「これは、各チェックポイントで実際に僕たちが撮影した動画を閲覧するサイトです。左上に顔写真のアイコンが二つありますよね。僕と悠太が写っています。ここはこの二人がデートをしていると言うことを表しています。」
男子二人がデートをしているというシチュエーションにあかりのきゃーと言う悲鳴と凛とここなの笑いが溢れた。
「はいはい、ごめんんさい。僕たちは女子に一切縁がないのでこうするしか無かったのです。」
また笑いが溢れた。
仁は手元に用意してあったリモコンを使い、
「じゃあ、ちょっと動画を再生してみますね。まず最初は待ち合わせのシーンです。」
駅前にボーッと立っている悠太に仁が駆け寄ってくるシーンが映る。駅は彼らがいつも使っている大学の最寄りの駅、改札入口付近の壁の横に青磁色のセーターの上に少し余裕のある黒のジャケットを着て、黒のゆったりとしたズボンを履いている悠太が立っている。「仁が来た」という感じで首を持ち上げてカメラの方を見る。画面の右側からベージュのセーターにエンジのマフラーを無造作にまき、黒のハーフコートにスリムジーンズ、底の厚めな黒のブーツを履いた仁が長い足を大股に伸ばしながら走り寄る。
『ごめーん、遅くなっちゃった』『いや、僕も今来たところだから』
「いや、こんなのみるに耐えない」
あかりがゲラゲラ笑いながら映像を見ている。画面には急に
『wwwwwww』と言う文字が流れる。
そこで仁は映像を止める。
「はいココ!。みなさん文字が流れていますよね。コレは直樹がオフィス
から書き込んだものです。直樹のアイコンは映像の下にあります。ここにこの映像を見るためにログインしている人のアイコンが並ぶ様になっています。映像はライブで配信され、そのシーンを見た瞬間にコメントを書き込むことで全員が参加している一体感を出そうと言う事が狙いです。では続きをどうぞ」
映像の続きを流すと赤文字で「手を繋ぐ」と言う文字が出てくる。仁が自然に悠太の顔を見つめ、悠太も仁の顔を見上げながら互いに伸ばした手が交わる。
今度は女子3人で「きゃー」の大合唱である。
「もう無理、全然飲んで無いのに暑くなって来ちゃった」凛が手うちわをパタパタさせながら言う。
「でもすごいよね。これを同年代の大学生が作っちゃうんだからねぇ」ここなは感心した面持ちである。そのここなに直樹が近寄って言った。
「そうなんだよね、悠太は無理難題をあっという間に形にしちゃうんだからすごいよ」
肘を突いて顎を乗せながら画面を見ていた直樹が隣に座っていたここなに声をかけた。
「えーっと、ここなさんですよね。」
視線を画面からここなの方へ切り替え、うわ目で『お願い!」という表情をして、
「もし、僕らのサークルに入ってもらえるのなら、このQRコードを読み込んでアプリをダウンロードし、サインアップしてください。名前と自分が設定したいパスワードを入力すればOKです。あ、あかりさんと凛さんもお願いします。」
もうすっかり、場は和み長い付き合いのサークル仲間という雰囲気になっていた。まだ料理が運ばれてくる前の束の間の出来事である。
「はい、みなさん準備ができたところで今からゲームスタートです。女子の皆さんはアプリの中のアクションと書かれたボタンを押して自分がロマンチックなシチュエーションで男子にしてほしいことを書いて送信してください。記入欄の上に「カフェで」「海で」などと書かれているのでそのシチュエーションをイメージしながら書いてくださいね。」
「えーっ、何書く?こんなこと考えたこともいよ」とあかり既に舞い上がっている。
凛がツッコむ。
「嘘ばっか、いつも「壁ドン」ってされてみたいとか言ってたじゃん」と。
「私、壁ドンされたことある」
その場の全員の視線がここなに集まる。ここなはキョトンとした顔でその面々を見渡す。
さっきまで盛り上がっていた熱が一気に冷めてしまった雰囲気を感じ取って仁がすかさず次の行動を促す。
「あ、このアクションリクエストは家に帰ってじっくり考えながら書いてもらっていいので次に進んでいいですか?」
はっと、視線は仁の方に戻る。
「第一弾の擬似デートの決行は次の日曜日に行いたいと考えているのですが、みなさんの都合はいいですか?」
全員、「うん、まあ。いつも暇だし・・・」と言う感じの曖昧な返事をする。
「では次の日曜日にデートしてもらうカップルを決めたいと思います。」と仁が言ったところで、全員に戦慄が走る。今まで他人事のように笑っていたのだが、もしかしたら自分が祭り上げられるかもしれないのだ。
「と、言いたいところですが、こう言うことのトップバッターはなかなか勇気が入りますよね。なので、ここはこの会の幹事の凛さんと直樹にお願いしたいのですが凛さんよろしいですか?」
「え?私?えっ、えっ?」凛は突然のことに狼狽えてしまう。
「凛さん、普通にゲームだと思ってもらえればいいのでお願いします。僕と一緒にMMOしているときのノリでいいので」と一緒にゲームをしていた事を持ち出し、凛を落ち着かせようとする。
「あっ。そうですよね。ゲームですよね。はい、お願いします。」と落ち着きを取り戻し応える。
「では、ここに9個のドラマやアニメを参考にしたデートプランを用意しましたのでその中から一つ選んでください。」と言いながら折り畳まれた紙の入ったティッシュの箱を凛の前に突き出した。
「あはは、いきなりアナログ」と凛は照れくさそうに一枚の紙を取り出した。
「海ドライブ。ロケ地・映画『私を海に連れて行って』より」そう読み上げながら全員にその紙が見えるように見せた。
「はい、海ドライブに決まりました。アプリの「海ドライブボタン」を押してください。5箇所ロケ地が表示されたはずです。来週の日曜日に凛さんは直樹とこの5箇所のロケ地を回ってもらいます。
初めに、最寄り駅で車に乗ってもらいます。次に海蛍で一旦休憩。その後木更津のイオンモールを目指してもらいます。イオンモール内で昼食をした後、鋸山日本寺を目指してください。その車中での運転している直樹を凛さんが撮影しもいいですよ。動画を見ている人も楽しみたいですからね。そして最終目的地の沖ノ島公園で夕陽の海を見てもらいます。往復6時間ぐらいのドライブになると思います。
沖ノ島公園は自然豊かな場所なのでこの日はあまりおめかしせず、軽装の方がいいと思います。そうでないと本当に映画の様に沖ノ島公園で女の子が怒って帰っちゃうと困りますので・・・。」
「あ、でもごめんね。車はうちの会社の社用車のになっちゃうんだけれど・・・。」と自分たちは会社も経営していることをさりげなく話す。
「あ、車は何でも大丈夫です。私、ドライブデートなんてしたことないので。」
「あのー、もういい雰囲気出して来ちゃっているんですけどぉ・・・」
そうあかりがおちゃらけてその場の雰囲気がやっと和んだ。
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