第23話 これも作戦
翌日のお昼休みも、上京さんと一緒に校舎の屋上へ行った。
青い空の下で並んで腰を降ろすと、当然のように昨日のことが話題になった。
「ねえ、下足箱、何が入っていたの?」
「……あんまり、言いたくないんですけどね」
包み紙に箱、それに切り裂かれた人形と手紙は、黒井沢に渡してある。
学校の校長や教頭と話をつけて、指紋鑑定に回すためだ。
だからもう、ここには無いんだ。
「ね、私は大丈夫だから、教えてよ」
そっか、そうだよな。
自分のことだもんな、知りたいよな。
「これ。先生に相談する前に、写真を撮っておいたんです」
俺のスマホの中には、下足箱の中に置かれていたものの包装や中身の写真がある。
念のために撮っておいたんだ。
その中には切り裂かれた人形や、無機質な活字が並ぶ手紙の画像もある。
「これ、私のマスコット人形だ……」
「そうですか。なんか雰囲気が似てるなって思いました」
その人形はかなりデフォルメされてはいるけれど、髪の色や表情なんかは、上京さんにそっくりなんだ。
手紙には小さな文字が並んでいて、その一部には、『僕の心の痛みを君にも分かってもらいたいから』とか、『ずっと見ているからね』とか、相手がだれだか分からないと引いてしまう文言がいくつかあった。
「なんか……ちょっと怖いな……」
「ですね。だから、しばらくの間は静かにしていましょうか。下手に刺激すると、もっと過激なことをしてくるかもしれないですし」
ひとまず、多々良を挑発して、動かすことはできた。
あとは証拠が揃うまでは、大人しくしておいた方が安全だ。
こんな細かいことまで、実は真宮さんの作戦なんだけど。
「じゃあしばらくは、康生君とは会えないの?」
「ですね。けど、土曜日の撮影には、こっそり行かせてもらいます」
「えっ、いいの!?」
「はい、せっかくですから」
学校の外でなら、多々良の目に触れる可能性は少ないだろう。
それに、上京さんに少しでも安心してもらう目的もある。
「分かった、楽しみにしてるね。クラスの子たちには、ちょっと喧嘩したとでも言っておくわね」
「はい。そういうことにしときましょうか」
話を終えて、俺は焼肉弁当を、上京さんはサンドウィッチを頬張る。
あと少しだ、指紋鑑定が終って結果が出れば、あとは学校側に任せればいいだろう。
ちなみに桐瀬は、夜に学校に忍び込んで、多々良の机の中からプリント類を盗み出して、全く同じものとすり替えたのだという。
そこから奴の指紋を取るために。
全く、いつもながら恐ろしい。
それと、また気になることを言ってたんだ。
「気になって音楽室の方にも寄ってみたんだ。そしたらまたピアノの音が聞こえて……怖くなって逃げてきちゃった」
「それやっぱり、誰かがピアノの練習をしてたとかじゃないのか?」
「だって部屋は真っ暗なんだよ? 時間も夜の10時だったし。やっぱり、七不思議って本当なのかなあ……」
「はは! お前って怖がりだったんだな。可愛いとこあるじゃないか」
「……あなた、全然信じてないわね? 私だってそんなこと気にしてなかったけど、でも本当なのよ!」
論理派で数学の天才である桐瀬らしいからぬ物言いなんだよなあ。
でも、学校の七不思議か、ちょっと興味はあるな。
◇◇◇
「お兄い様、明日も出かけるの?」
金曜日の夜、今日も母さんが遅いので、真菜と二人きりの夕飯だ。
食卓の上には、真菜が作ってくれたコロッケやカボチャの煮物が並ぶ。
「ああ、悪いな。朝早くに出て行くからな」
「寂しいわ。お兄い様、最近また外出が増えたわね? 彼女さんでもできたの? 真菜には正直に話して欲しいわ」
……なんだか、バンビが母鹿のお乳をねだるような眼差しだな……
外出が増えたと言ったって、土日のどっちかに家を空ける程度だ。
従妹の目から見て、それでもおっきな変化に見えるんだろうか?
それってなんか、悲しいけれど。
「そんなんじゃないさ。学校の友達を会うだけだって。できるだけ早く帰ってくるから、お前は自分の勉強をしてるんだぞ」
「それは分かってるけど……私だってたまには、お兄い様と一緒にお出掛けがしたいわ」
「そうだな。じゃあ期末試験が終わったら、どこかへ行くか?」
味噌汁を啜りながらそんなことを口にすると、真菜の顔がぱあっと明るくなる。
「はい! じゃあ行きたかった美術館があるから、そこにしない!?」
「ああ、それでいいよ。たまには息抜きも必要だしな」
真菜は絵を描くのも好きで、学校で応募したコンクールでは、全国で入賞をしてしまうほどの腕前だ。
それにしても、今日の飯も美味い。
醤油の味がしみ込んだカボチャは口の中でとろけるようだし。コロッケは外はサクサクで、中は肉汁がしみ出るほどにジューシーで甘い。
二杯目、三杯目と、ついご飯も進む。
「そうだ、ちょっと訊いていいか?」
「うん、なんでも訊いて、お兄い様」
「学校の美術室にある絵が夜中に動くって聞いたら、お前は信じるか?」
……まあ、変な質問だよな。
けど真菜は興味が湧いたのか、顔を丸くする。
「へ~え、お兄い様、オカルトに目覚めたの?」
「いや、そうじゃないさ。けどたまに耳にするんだよ。夜中にゴッポの絵の目玉が動くとかさ。音楽室からピアノの音が聞こえるなんてのもある」
「それ、学園の七不思議ってやつかしら? 私の中学にもあるわよ。化学室の人体模型が夜になると動くとか、廊下にある姿見の前に午前0時に立つと、自分じゃない物が映るとか。あと購買の大福を10個食べながら誰かの名前を言うと、その人が呪われるとか」
なんか最後のやつだっけ、妙にショボく感じたのは気のせいか?
「でも、そんなのがあっても、不思議じゃないと思うよ。物には色んな人の想いがこもるっていうから、それが何かの形になるとかさ」
「ふ~ん、そんなもんかな」
「あっ、お兄い様、ほっぺにご飯粒が! 取ってあげるね!」
真菜が俺のほっぺたに向って手を伸ばして、そこにくっついていた御飯粒を摘まんで、それを自分の口に入れた。
「全く、いつまで経ってもお子ちゃまね、お兄い様は」
「あいスマンこってす」
何が嬉しいのか、ニコニコと笑みを送ってくる真菜。
そんな笑顔、母親にだってもらった記憶がないんだけどな。
「でも、なんでそんなことが気になるの?」
「いや、ちょっと、そんな話が耳に入っただけだから。大した理由はない」
「そうね~、どんなオバケが出てきたって、お兄い様なら全部やっつけちゃいそうだもんね」
いや、さすがにオバケと闘ったことはないから、それは分からないぞ。
いくら殴っても蹴っても、すり抜けてしまいそうだし。
さあ、明日はどんな服を着て行こうかな。
早朝から、上京さんと約束をしているんだ。
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