第22話 挑発に乗った男

「あのね秋葉君、今度の土曜日って、空いてない!?」


「えっ!? あの、一応空いてますけど……」


「じゃあさあ、私の仕事見に来ない? 前に話してたやつ。雑誌の撮影があるんだけど、スタッフさんに友達を連れて来たいって話したら、OKをもらったんだあ」


 今は放課後、ここは三年三組の教室だ。

 このところ毎日のように、放課後はここに来ている。

 理由は、できるだけ上京さんの傍にいて守ることと、犯人と思しき多々良の反応を見ることだ。

 彼は今日も、三つ離れた先にある机に座り、向こう側を向いている。


「へえ、いいなあ。私もそんなの見たいなあ!」


「うん、私もお!」


「ごめんねえ、あんまり人数が多いと良くないから、一人だけならって約束なんだあ」


「そっかあ。それじゃあ、彼氏君を誘うよね。あ~お熱いことで」


「うふふ、ごめんねえ~」


「でもさ瑠愛、彼氏君のこと、秋葉君って呼んでるね。下の名前で呼んだりしないのお?」


「えっ!?」


「だあってさあ、そんなに仲が良さげなのに、なんか不思議だな~って感じでさ。それに、この前は下の名前で呼んだりしてたのに」


 上京さんがきょとんとなって、背筋がぴんと伸びている。

 まるで後ろから、首筋に氷の塊でも押し付けられたかのように。


 俺だってそうだ。

 この前は多々良を挑発するつもりで『瑠愛』って呼んでみたけど、それって心臓に悪すぎるんだ。


「えっとあのお、それは、まだかなって……」


「なんでよ、ねえ?」


「うんうん、二人とも照屋さんなのかなあ?」


 友人二人から囃されて、上京さんの頬が紅くなっていって……

 うわあ、こんなの、グラビアでも見たこと無い可愛さだ。


「あの……だってさ、君……」


 ――!!!!!


 上京さん、それ、ちょっと刺激が強すぎるんですけど!!!!!

 いくらフリだけの彼氏とは言ってもさ!!!


「きゃあ、言っちゃったあ! ど~するの、彼氏君!?」


「…………」


「「「じーー」」」


 俺を取り囲む女子三人の視線が痛い。


「る……さん……」


「……はい。なんか、恥ずいなあ」


「やったあ~、お熱いお熱い」


『ガタン!!!!!』


 うわっ、びっくりした!

 甘い恋バナで盛り上がっている横で、椅子を床に叩きつけるような、鈍くて大きな音がした。

 多々良が急に立ち上がって、つかつかと歩いて教室を出て行ったのだ。

 一瞬、こちら側へ冷たい視線をぶつけてきながら。


「びっくりしたあ。でも珍しいね、多々良君があんな派手に動くなんて」


「ホントだねえ。いつもは目立たないから、いるのかどうかも分からないくらいなのにね」


 なんか、普段の自分のことを言われているようで、ちょっと胸が痛いのだけれど。

 けどもしそうなら、反応ありってことかもしれない。

 そのためにわざと、近くで恋バナをして見せているのだから。


「ねえ康生君、土曜日の件なんだけど、いいかな?」


「え? あ、はい」


 俺なんかが行ってもいいのかなって思うけど、せっかく言ってくれているし、他の女子二人も興味津々のようで、ここは断り辛い。


「良かった! じゃあまた連絡するね。私はこれから、また仕事だから」


「今日は車かな? 送っていくよ」


 今ここに多々良の姿は見当たらない。

 どこかに潜んでいる可能性もあるから、要注意だな。


 そんな心配をよそに、あっさりと何事もなく、上京さんを待つ車までたどり着いた。

 無事に彼女を送って自分の教室に戻ると、そこにいた桐瀬がガタンと立ち上がった。


「奴が動いたわ。下足箱に何か入れたみたい」


「なんだって? まじか!?」


「確認しに行きましょう」


 桐瀬と二人で、多々良本人や生徒たちがいないことを確認して、上京さんの下足箱を開けた。

 そこには、黒い紙に包まれた、箱のようなものが入っていた。


「中身が気になるけど、勝手には空けられないわね。それと、指紋を採れないかしら」


「あ~、なるほど。けど、紙って指紋を採れるんだっけ?」


「他の物よりは難しいかもしれないけれど、方法はあったはずよ。取り合えず、真宮さんに連絡を入れるわ。やり方を相談しましょう」


「はいはい、だな」


「はい、は一つでしょ。また真宮さんに怒られるわよ」


 人には癖の一つや二つはあるものだから、大目に見て欲しいなあ。


 桐瀬が真宮さんに連絡を入れると、すぐに生徒会室に来いということだった。


「よっ! 会長の呼び出しか?」


「ああ毎度。そうなんだよ」


「頑張ってな、総務さん!」


 廊下で、生徒会の会計や書記のメンバーとすれ違った。

 彼らと入れ替わりに、俺たちが呼ばれたのだろう。

 彼らは放課後倶楽部の存在を知らない。

 俺たちはあくまで、目立たない縁の下の力持ち、雑用係の総務さんなんだ。


 生徒会室には、真宮さんと黒井沢が、いつもの席に座っていた。


「ご苦労様。話を聴きましょうか」


「はい。実はですね……」


 桐瀬がことの次第を説明すると、真宮さんは少し考えてから、ふっと頬を緩めた。


「そうね、もう少し証拠があった方が確実ね。じゃあその男子の方は桐瀬さんにお願いしようかしら。上京さんの方は、彼氏である秋葉君にお願いね。黒井沢君は、校長先生と教頭先生に話しを通しておいて。指紋鑑定をやるって」


「あの、真宮さん、どういうことっすかね?」


「えっとね……」


 それから、真宮さんは細かく作戦を説明してくれたのだけれど、俺はすこぶる自信がなかった。


 でも……やるしかないんだよな。

 一人になってからスマホを手に取ると、上京さんにメッセージを送った。


『ちょっと気になることがありまして。上京さんの下足箱を開けている男がいたのを、偶然見てしまったんです。気になるから、中を見てもいいですか?』


 さて、後は彼女が、いつどう反応してくれるか……


『ピコン!』


 お、上京さんからだ。


『ありがとう、秋葉君に任せるわ。それ、誰だか分かったの?』


『ごめん、顔までは見えなかった。中がやばそうだったら、先生に相談したらどうかって思います』


 幸い、すぐに色よい返事をしてくれた。

 その男はだれか、それはまだ言えない。

 絶対の証拠がないままに話してしまうと、無用な心配だけが残ってしまうからだ。


 上京さんの下足箱の中から、俺の指紋で汚さないように手袋をして、黒い包みを取り出した。

 いつも使っている更衣室まで移動してから丁寧に包みを開くと、中には白い箱があって、その中には小さな、女の子の人形があった。

 それは胸の所が、ざっくりと切り裂かれていたんだ。



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