第13話 花金

 虚無感をごまかそうとふとインスタグラムを開くと好きなアーティストのニューアルバムの情報が飛び込んできた。気分が一時的に急上昇した。それを聴くまでは元気でいなきゃなと気が引き締まりほんの少しだけ寿命が延びた気がした。好きな歌手のアルバムを待つ、好きな小説家の作品を待つ、好きな監督の映画を待つというように、何かを期待して待つというのはなんて幸せなことなんだと思った。

 物事は往々にしてそのものよりもその前の妄想の方が充実しているものだ。事実よりも想像の方が美化されるということなのだろうか。子どものとき、遠足は当日よりも事前指導や前日の方がワクワクした。旅行でもガイドブックや地図で計画を立てているときの方が期待感が高まって楽しい。高校の同窓会も、行く前はもう以前の私とは違うんだ大丈夫行けると思って楽しみにしていたのに、いざ行ってみたらうまく話せずうまく笑えずうまく食べられずうまく飲めずうまく自己をさらけ出せず撃沈した。金曜日の夜は明日は待ちに待った休みだという解放感があって土曜日や日曜日よりも高揚する。宝くじを買う人とかユーフォーキャッチャーに興じる人はばかげていると思う性分だが原理は同じなのかもしれない。パッケージにときめいて化粧品を購入するように、楽しいとか嬉しいとかそういう類のものは気の持ちようであって、実際の中身はそんなには重要ではないのではないかという気さえしてくる。

 最近今後やりたいことを書きだしてみた。街頭で配っているティッシュを周囲の目を気にせずにもらう、とかから、自己紹介で「人見知りで緊張してるんですが」と言えるぐらいの社交性を身に着ける、とかまでざっと数えて50はあった。そしてグーグルマップの保存機能を使って行きたいリストを追加しまくり、読みたい本リスト、見たい映画リストなども作り、目の前の現実から逃避し寿命を延ばしている。

 生きがいという言葉は道徳科のこころのノートの常連みたいな言葉で嫌いだが、生きがいとは何かをあえて定義するとしたら、何かを楽しみにして期待することかもしれないと思う。定期的にやりたいことリストや行きたいところリストを更新して空疎な期待を意識的に抱き無謀な夢を見ることで何とか生きながらえようと思う。

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