第10話 酒豪

 風邪気味のときの倦怠感、病み上がりのふわふわした感じが好きだ。常にこの倦怠感に包まれていたいと思う。何かはっちゃけなくてはならないイベントがある前日は敢えて夜更かしをして事前に体を疲れさせて行くことさえある。人は疲れたとき本性が出ると言う。恋人候補がきちんとした人かを見定めるために、カフェやランチの2、3時間という短時間で終わるデートを重ねた後は、登山などに行ってみることで相手を疲れさせ本性を見極めたほうが良いという恋愛テクニックを聞いたことがある。あまりに外界との壁が大きすぎる私にとっては疲れているぐらいがちょうど良い。倦怠感を心地よいと思うのは言ってみればお酒を飲むのと似ていて酔った状態を作りたいというのと同じだ。あるお笑い芸人が、ストリート漫才の前にお酒を飲んで臨んでいたと言っていた。街を行き交う道端の人を引き付けるためにハイテンションで道化を演じる必要があると言う。いつもアンテナが過敏に働きすぎて些細なことが気になりすぎて、ぶっちゃけたことが言えない。シラフで生きることが怖くて辛い。常に何かに酔って、感覚を鈍らせなければならない。

 酒豪の中にはお酒を飲むのが好きだから飲んでいるというよりは飲まないとやっていけないから飲んでいるという人の方が多いのではないかと思う。人が何かに依存するのは快楽のためではなく苦痛の緩和のためであるという自己治療仮説を知ったとき、首がもげそうなほどひどく納得した。依存したくて依存しているのではなく何とか生きようとしてやむを得ず依存している。風邪気味の状態はただ快楽があるだけではなく体調としてはしんどい。お酒だって二日酔いは苦しいのだろう。シラフで生きているときの苦しさと、依存することによる副作用とを天秤にかけて副作用のほうがマシだと判断したときに依存することを選ぶものなのではないかと思う。

 常に酔えるものを、苦痛を紛らわすことができるものを探している。誰しも何かに依存していて、依存せずに生きることができる人などいないと思う。漫画、アイドル、音楽、ペット、どんな趣味も趣味というものは依存と言える。苦痛を和らげてくれるような趣味や好きなものを常に探している。でも、頑張って見つけようと努力している自分とはまた別のもう一人の理性的な自分が、些細な違和感を耳元で囁いて水を刺して酔いを覚ましてくる。人生は副作用の少ない健康的な依存先を多く探し求め延命し続ける旅なのかもしれない。

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