発話へのレッスン
そうか、別離で終わるのか。全てのものは。俺は、あたらしい季節に戸惑いながら、失ったものについても考えていた。美しいものは、きっと賞味期限が短いんだ。それを俺は知っていながら、美しいものを欲していた。
もう冬が終わる。春が来てしまう。俺をおいて? 俺はそもそも冬と同衾したことはねえよな。ふ、と笑って俺は、終わりのない音楽と言うものについて考えていた。(失ったものは、とりもどせばいいの)俺は、きっと俺の気が付かない俺の裏面で、壊れ始めている。
そうか、別離で終わるのか。生きているものは。雪が、純白だった雪が、灰色になって、ぽしゃぽしゃと、縮れている。明後日には、あたらしく雪が降るそうだ。けれど、昨日の雪と明日の雪、何の違いがあるだろう。終には溶けてしまうのに!
『俺は、死にたいんじゃないんです。俺は生きたいんです』
『意地悪く、醜く。決して滅びないものとして、俺は、生きたいんです』
俺の心音が、さわさわと血流を生む。俺の声が漏れ出る。俺の呼気が白く、蒸気機関のようだ。そうか、死ぬのか。俺は、いつか、死ぬのか。今はこんなにも生きているような顔をしているのに、そうか、俺は、全ては、死ぬのか。
『桜よ、咲け。無常と噂されたこの世の華となるために。』
『桜よ、咲け。この世に常世というものがあるとするならば、おまえしかいないんだ。』
『桜よ、咲け!』
──彼は、まるで明らかな気持ちになって、それでいて暗澹とした気持ちになって、春風以前の風に吹かれています。彼は、死にゆく者として何を、この世に言伝するのでしょう。彼の長い長い余生を、彩るべく咲く花は何色をしているのでしょう。
彼は、発話することを学ばなければなりません。死にゆく者として、生きていく者として、まっすぐに呼ばれるべき、唯一つの名前を。確かに、発音正しく。唯一つの言伝を、しっかりと。別離が、彼の命をこの星から分かつまでに、なんどでも。
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