虐げられたモブ貴族に転生した俺、破滅の運命を辿る”ラスボス令嬢”を救うと決めた
ラムいぬ
第1話
気がついたとき、俺は薄暗い部屋の中で膝を抱えていた。冷たい石床に触れる素肌が妙に痛くて、生々しい現実感を伴っている。
それなのに、頭の片隅では「ここはゲームの世界だ」という不可思議な記憶がざわめいていた。前世の俺が、時間を忘れて遊び尽くしたあのファンタジーRPG。その舞台そっくりの世界――そんな馬鹿な話があるかと思ったが、ほかに説明がつかない。
俺の身体はまだ子供らしく、年は十歳前後だろう。名門貴族を名乗る家らしいが、その実態は驚くほど荒んでいた。錆びた扉やすすけた壁、まるで古い物置小屋みたいな部屋に押し込まれ、俺は日々暴力と罵声を浴びせられている。
ドアが乱暴に開き、聞き慣れた継母の怒鳴り声が響いた。
「いつまで寝てるつもり! 少しは家のために働きなさい。役に立たないなら食事もいらないわよ!」
乱暴に肩を掴まれて床に突き飛ばされた。痛みに思わず喘ぐと、そのまま継母は小さな桶を蹴り倒して部屋を出て行く。
薄暗い通路の先には、悠々と歩く継母の背中。もともと父の再婚相手というだけで、俺とは血の繋がりもない。だからといって、こんな仕打ちが許されるはずがないんだけど……。
けれど、父もまた同じく冷酷だ。いや、彼女と一緒になってからさらに酷くなったのかもしれない。少しでも逆らえば鞭を振り下ろすし、食事抜きなんて当たり前。俺はこの家の“金づる”程度にしか思われていないんじゃないかとさえ感じる。
というのも、俺は貴族の端くれではあるが、一応“家名”が存在するからだ。この世界では貴族同士の政治的な繋がりや爵位の数がモノを言う。俺の父はそれを利用しようとしているに違いない。そのために俺を雑に扱っているのだろうが、さすがにこのままだと命に関わりそうだ。
とにかく一刻も早く、この家から抜け出したい。そう思ってはいても、具体的な当てがあるわけじゃない。ここは辺境と言っていいほどの田舎らしく、逃げ出しても生き延びられる保証はないのだ。
ただ、一つだけ確信に近い思いがある。この世界は“あのファンタジーRPG”の舞台だということ。俺は前世の記憶を持ちながら、何らかの形で転生してしまったのだろう。
それが果たして幸運なのか不運なのかは分からない。ただ、この世界には“本来ラスボスになると言われている令嬢”が存在する。その子はゲームのルートによっては味方にもなるし、あるルートではとんでもない破滅をもたらす。
だが、俺の家はゲームでは一切名前が出てこなかった。モブ同然だ。つまり、物語の中心にはいないはずの俺が、なぜこんな悲惨な環境で虐げられているのか――理由はまだ分からない。
ベッドもない石床に横たわり、継母に蹴られた腰の痛みに耐える。
(このままじゃ、いつか本当に消耗しきってしまう…)
うっすらと浮かんだ涙を拭い、ギリギリと歯を食いしばった。まだ自分の力を試せていないが、少なくともゲーム知識くらいは多少役に立つだろう。
(俺は…生き残ってみせる。それに、もし本当にあの“令嬢”と出会えるなら…)
その子が破滅するなんて、あまりにもやりきれない。ゲームの中では散々“悪役”として扱われていたけど、最善ルートだと彼女が味方になったシナリオもあった。
ならば、俺が何とかしてやれないだろうか――そう思うほど、この身体と心は限界に追い込まれていた。
外からはいつものように父の怒号が聞こえ、嫌でも現実に引き戻される。それでも、ほんの僅かばかりの希望を胸に、俺は膝を抱えながら夜をやり過ごすのだ。
自分を救えるのは自分だけ。そして、もし縁があるなら、彼女を闇から救う術も探さなければならない。
ずきりと痛む身体をなんとか動かし、俺は錆びついた扉の隙間から外を見つめた。遠くの空には月が鈍く光っている。
「さあ…やるしか、ないだろ」
生き残って、なんとか掴むんだ。この腐った屋敷の外には、きっと俺を待ってくれる未来があるはずなんだから。
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