ふたりは陰陽師!!
うみゃうにゃ
第1話 すねこすり
――闇が広がっている。
どこを見ても、影しかない。
いや、影ではない。影ならば、光がなければ生まれないもの。
ここに光はない。ただ、黒いだけの場所。
でも、それが私の世界だった。
ここで生まれ、ここで育ち、ここで終わるはずだったのに。
映画のワンシーンのように、私の脳裏に焼き付いている。
私はただ手を伸ばしただけ。
あの子は私の手を握ってくれた。
なのに――なのに。
目を開けると、知らない世界にいた。
そこには色があって、空があって、人がいた。
生きている人がいた。
私は、そんな世界にいていいの?
私は、あの子の代わりに生きていていいの?
私は、生きていていいの?
ーーーーー
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 遅刻するぅぅぅぅぅぅ!!」
朝の商店街を駆け抜ける内藤メア。
必死な形相で走りながらも、その声はやたらと元気がいい。
「メアぁ~、ちょっと待ってぇ~……!」
後ろからゼェゼェと息を切らしながら追いかけるのは、銀髪ポニーテールの鳥居ホープ。
両手にはまだ食べかけのパン。どうやら走りながら朝ごはんを済ませようとしているらしい。
「もう……朝から全力疾走とか……元気すぎない……?」
「元気じゃないよ!? もうダメだよ!? 終わりだよ!? 遅刻したら人生が終わるんだよ!? 私はもうこの学園にいられなくなって、森の中で木の実を食べて暮らすことになるんだよ!? それで動物たちに『こいつ何かヤバい奴じゃね?』って警戒されながら、独りぼっちで生きていくんだよ!? それでもいいの!? いやよくないよね!! だから走るしかないの!!」
「メア、落ち着いて! いや、落ち着いてる暇ないか!?」
ホープは慌ててパンを頬張ると、必死にスピードを上げる。
商店街の人々が、毎朝のように繰り広げられる二人の全力疾走を見守っていた。
「あぁ、また遅刻ギリギリ組か」
「毎朝元気でいいわねぇ」
「はぁっ、はぁっ……あと、あとちょっと……!」
学園の門が見えてきた。
「お願いだから間に合ってぇぇぇぇぇぇ!!」
メアが全力で叫ぶと同時に、校舎に登校のチャイムが鳴り響いた。
――そして。
「ギリギリセーフ!!」
二人は門を駆け抜け、勢いそのままに膝に手をついて息を切らす。
「はぁ……はぁ……よかった……これで森暮らしにならなくて済んだ……」
「朝からそんなハイテンションでネガティヴになるの、メアぐらいだよ……」
ホープは呆れながらも、笑ってメアの肩をポンと叩いた。
「でも、間に合ったんだからオールオッケー!」
「そ、そうだね……!」
ーーーーー
「ホープ~、お弁当交換しよ!」
昼休み、校舎の屋上。
内藤メアは、手作りのお弁当をホープの目の前に差し出した。
ホープはニコッと微笑みながら、自分の弁当をメアの隣に並べる。
「いいよ~! でも、メアのって辛いの多くない?」
「うっ……わかってるなら言わないで……。味付けの失敗くらい、誰にでもあるよ!」
「毎回だよね?」
「毎回とは言わないでぇぇぇぇ!!」
メアが頭を抱えると、ホープはクスクス笑いながらお弁当の蓋を開けた。
「でもね、私はメアの料理、好きだよ。」
「……え?」
「ちょっと辛すぎる時もあるけど、一生懸命作ってくれてるのが伝わるし。あと、なんだかんだで美味しいんだもん。」
ホープがニコリと微笑むと、メアの顔が一気に真っ赤になる。
「な、な、なっ……!?///」
「ふふ、メア、顔真っ赤~!」
「だ、だってぇぇぇぇ! ホープがそういうことサラッと言うからぁ!! もう、恥ずかしい!!///」
バタバタと屋上の床を叩くメア。
ホープはそんな彼女の様子を、微笑ましそうに見つめながら、一口おにぎりを食べた。
「ん~、今日のおにぎりは塩加減がちょうどいいね!」
「うっ……実は、お母さんが握ったやつ……」
「あ、やっぱり?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!! 私だってホープに美味しいもの作りたいのにー!!!」
メアが泣きながらホープの膝に顔を埋める。
ホープは驚いたものの、優しく彼女の頭を撫でた。
「メアが作ってくれたものなら、どんな味でも私は好きだよ。」
「……ほんと?」
「うん、ほんと。」
メアがそっと顔を上げると、ホープの緑の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
「……好き。」
「え?」
「ホープ、大好き……!」
「えっ、ちょっとメア、急にそんなこと言われたら照れるんだけど……!」
ホープの顔も、ふわっと赤くなる。
メアはニヤッと笑って、今度はホープの手をぎゅっと握った。
「ほら~! 照れたホープだってかわいい!!」
「ちょっ……メアぁ!」
そんなやりとりをしながら、ふたりの昼休みは穏やかに過ぎていった。
ーーーーー
「今日も一日終わったねぇ~!」
放課後の夕焼けに照らされながら、内藤メアと鳥居ホープは並んで歩く。
商店街を抜け、神社のそばを通るいつもの帰り道。
「ふぅ~、なんか今日は疲れたなぁ……」
「ね、寄り道しない?」
「おっ、いいね! たい焼き食べたい!」
メアはテンション高く手を叩くが、その直後、急にハッとした顔をする。
「いや、でも……! もし今ここで寄り道なんかしちゃったら、きっと帰りが遅くなって、夜道を一人で歩くことになって、そしたら変な妖怪に遭遇して、『キャー! たすけてホープー!』ってなる未来が見える! だから今日は真っ直ぐ帰ろう!」
「うん、結局私が助ける前提なのね……」
ホープは苦笑しながら歩調を合わせる。
神社の鳥居を横目に通り過ぎようとした、その時だった。
「……ふごふごっ。」
「ん?」
二人は足を止める。
どこからか、小さな不思議な声が聞こえた。
「今の、なに?」
「なんか聞こえたよね?」
キョロキョロと辺りを見回す二人。
そして――
「ふごふごっ。」
メアの足元で、何かが動いた。
「うわっ!? な、なにこれ!?」
メアが飛び退く。
見ると、そこにいたのは――
小さな……猫のような生き物だった。
「……ネコ?」
「うーん、でも……なんかちょっと違くない?」
それは確かに猫のように見えるが、どこか妙に丸っこく、モフモフしている。
耳はピンと立っているものの、目つきはなんだか眠たげ。
そして、すり……すり……
「わっ!? こすられてる!?」
メアの足にその生き物がしつこく擦りついてくる。
「ちょっ、やめて! くすぐったい!」
「ふごふごっ。ねこじゃねえにゃ。」
「しゃべったー!?」
メアは飛び上がるように驚く。
ホープも目を丸くして、その奇妙な生き物をじっと見つめた。
「……もしかして、これって妖怪すねこすりじゃない?」
「えっ!? 妖怪!? なんでこんなところに!?」
「さぁ……でも、妖怪にしてはなんかゆるいよね。」
ホープがしゃがみこんで、すねこすりの顔をじっと見る。
「ふごふごっ。」
すねこすりは満足そうに喉を鳴らし、ホープのすねにも擦り寄っていく。
「わっ、私も!? え、ちょ、これくすぐったい!」
メアは少し距離を取りながら、困惑した表情でホープとすねこすりを交互に見つめる。
「こすらせろにゃ。」
「いや、意味わかんないから!!」
「でも害はなさそうだよ?」
「害がない妖怪なんているの!?」
「いるんじゃない?」
ホープが笑いながら、すねこすりの背中をそっと撫でた。
すると、すねこすりは満足そうに「ふごふごっ」と喉を鳴らし、さらにもう一度、メアとホープの足にしっかりと擦りつく。
そして――
「ふごっ。満足したにゃ。」
すねこすりは、ぽてぽてとした足取りで神社の鳥居のほうへ歩いていき、いつの間にか姿を消した。
「……い、行っちゃった。」
「ね、なに今の?」
メアとホープは顔を見合わせる。
「……ま、いっか!」
「えぇ!? いいの!? さっきの、絶対ただのネコじゃなかったでしょ!?」
「でも、何も悪いことしなかったし、害もなかったし、むしろ可愛かったし……。」
「えぇ~……納得いかないけど、まぁいいか……」
メアは少し納得がいかない様子ながらも、大きく伸びをして、ホープの隣に並ぶ。
「さぁ、帰ろ!」
「うん!」
ーーーーー
「ちょっと! ホープ! 大変なことが起きてるよ!!」
朝の教室に入るなり、内藤メアは息を切らしながらホープの席へ駆け寄った。
その顔は明らかに興奮していて、目をキラキラ――いや、ギラギラさせている。
「……何が起きたの?」
ノートを広げていた鳥居ホープは、苦笑しながら顔を上げる。
メアは両手をバンッと机に置き、身を乗り出してきた。
「トイレの花子さんが出るって!! この学校に!!」
「……え?」
ホープの表情が一瞬、止まる。
しかし、メアはそんな彼女の反応を待つ間もなく、まくし立てるように続けた。
「だからね!? 3階の女子トイレに行って、3回ノックして、『花子さん、遊びましょう』って言うと、返事が返ってくるんだって!!」
「ふ、ふーん……?」
ホープはまだ微妙な表情を崩さない。
「で、その返事を聞いちゃうと……次の日、どこかに連れて行かれちゃうんだって!」
「えぇ……?」
「やばくない!? やばくない!? やばすぎるよね!? もう私、ホラー耐性ゼロなのにさ、こういう話だけは興味あるんだよ! でも怖いの! でも気になるの! でも怖いの!!!」
「はいはい、落ち着いて、メア。」
ホープはメアの肩をぽんぽんと軽く叩きながら、苦笑いを浮かべた。
「いやいやいや、落ち着けるわけないでしょ!? 学校でトイレの花子さんとか、リアルすぎるよ!? もし本当に出ちゃったらどうする!? もし、私たちが狙われちゃったら!? 人生これからなのに!!」
「いや、メア……別にまだ何もしてないし、噂なんだからそんなに騒がなくても……」
「いやいやいや、こういうのは油断したらダメなの!! 最初はみんな『ただの噂でしょ~』って言うんだけど、気づいたら一人ずつ消えていくやつだよ!? だいたいそういう話、ホラー映画で見たことあるもん!!」
「じゃあ、見なきゃいいじゃん……」
「見ちゃうんだよ!! 気になるから!! でも怖いの!!! だから今めちゃくちゃテンション高くなってるの!!」
メアは両手を頭に押し当て、ぐりぐりと髪を掻き乱す。
「うわぁぁぁぁぁ、どうしよう!! もう私、この学校のトイレ入れないよ!? どうする!? どうすればいいの!? もう一生、家までトイレ我慢するしかない!?」
「いやいや、やめてやめて、膀胱炎になっちゃうから。」
ホープは呆れつつも、メアの大げさなリアクションが可愛くて仕方がないという表情を浮かべる。
「でも、もし本当に花子さんが出るなら……ちょっと、気になるよね?」
「えっ!? ホープ、まさか……行く気!?」
「うーん……いや、そういうわけじゃないけど。でも、ただの噂だと思うし、そんなに怖がる必要ないんじゃない?」
「えぇぇぇぇ!? だってさ、こういう噂って、だいたい本物が混ざってるんだよ!? ホープは肝が据わってるからいいけど、私はダメなの! ホラー映画だったら最初にやられるタイプなの!!」
「……まぁ、確かにね。」
ホープはクスッと笑うと、メアの手をそっと握った。
「でも、大丈夫だよ。もし本当に何かあっても、私がちゃんと守るから。」
「……ホープ……!」
メアの顔が真っ赤になる。
そして、ガタガタと震えながら――
「……ホラー映画的には、そう言ったやつが最初にやられるんだけどぉぉぉぉぉ!!!」
「ちょっ!? なんで私がフラグ立てたみたいになってるの!? いや、私やられないから!!」
「もう、怖い!! どうしようホープ!!!」
「だから、落ち着いて!!!」
朝から大騒ぎするメアと、それをなだめるホープ。
クラスメイトたちは「あーまたやってる」とでも言いたげな目で二人を見つめていた。
ーーーーー
夕暮れの商店街を歩く内藤メアと鳥居ホープ。
昼間の「トイレの花子さん騒動」も少し落ち着き、いつもどおりの帰り道。
「はぁ~、やっぱり放課後の空気っていいよねぇ~。」
「うんうん、今日も平和だったね。」
ホープがにこやかに歩いていると、ふと隣のメアの様子がおかしいことに気づいた。
「……ねぇ、メア?」
「…………」
「どうしたの?」
メアは何かに気づいてしまった幽霊のように、顔を青ざめながら立ち止まる。
そして、突然。
「終わったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「え、ちょっ!? 何!? 何が終わったの!?」
ホープがびっくりしてメアの肩を掴む。
メアはガクガクと震えながら、涙目で訴えた。
「私の! 大事な! 『勇者のペンダント』を!! 教室に忘れてきたぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……え?」
「どうしよう!! あれがないとダメなの!! もう生きていけない!! でもでもでも、学校にはもう戻りたくない!! だって……トイレの花子さんの噂がぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと待って、『勇者のペンダント』って何?」
ホープが冷静に問いかけると、メアは胸元を握りしめる仕草をしながら、息を整えた。
「……小学生の時、ゲーセンのUFOキャッチャーで取った、お守り的存在のアクセサリー……。」
「……ただの景品じゃん。」
「違うの!! 私が人生で初めて自力で取った戦利品なんだよ!? それ以来、何か大事なことがある時は、これを握りしめて乗り越えてきたの!! まさに勇者の証!!」
「……まぁ、メアにとっては大事なものなんだね。」
「そうだよ!! だから、取りに戻らなきゃ……でも戻りたくない……でも戻らなきゃ……でも戻りたくない……」
メアは頭を抱えながら、その場をぐるぐる歩き回る。
そして、突如、ホープの前に飛び込んだ。
「ホープ!! お願い!!! 一緒に戻ってぇぇぇぇ!!」
「えぇぇ……」
「お願いします神様仏様ホープ様!!!」
メアはその場で土下座した。
「ちょっ!? なんで土下座!? そんなに!?」
「そうだよ!! だって私、ひとりで戻るの絶対ムリ!! ホープがいてくれたら怖くない!! だから一緒に戻ってくださいぃぃぃぃ!!!」
ホープは思わずため息をつくが、目の前で必死に土下座するメアを見て、苦笑するしかなかった。
「もう……しょうがないなぁ。」
「えっ……!」
「行こ、メア。勇者のペンダント、取り戻しに行こう!」
「ほ、ホープぇぇぇぇ!!」
メアは感動の涙を流しながら、ホープに飛びつく。
「さすがホープ様!! 私の相棒!! 最高の友!! 一生ついていきます!!」
「いやいや、そんな大げさな……。」
「さぁ!! いざ!! 学校へ!!」
「うんうん、でももう日が暮れるから、早く行って早く帰ろうね。」
ーーーーー
放課後の学園に戻ってきた内藤メアと鳥居ホープ。
夕暮れがすっかり夜の色へと変わり、校舎には静けさが満ちていた。
「……やっぱり、戻るんじゃなかったぁぁぁ!!」
メアは震えながら、ホープの袖をぎゅっと掴む。
「いや、戻るって言ったのメアじゃん。」
「そうだけど!! こんなに怖いと思わなかったの!! ホープがいなかったら、もう入口で泣いて帰ってたよ!!」
「大丈夫、私がついてるよ。」
ホープはメアの肩をぽんぽんと軽く叩きながら、優しく微笑む。
それでもメアの震えは止まらない。
「よし、勇者のペンダントは……確か、教室にあるんだよね?」
「そ、そう! 机の中に入れっぱなしだったはず!」
「じゃあ、さっさと取って帰ろう!」
階段を上がり、人気のない廊下を歩く二人。
足音だけが響く静寂の中で、メアは緊張した様子でキョロキョロと周囲を見回している。
「こ、こんなに夜の学校って怖いもんだったっけ……?」
「昼間と変わらないよ。電気が消えてるだけで。」
やがて、二人は自分たちの教室に到着する。
「よし、メア。ペンダント取ったら、すぐ帰ろう!」
「お、おう!!」
教室の扉を開けると、そこには昼間と変わらない景色が広がっていた。
ただ、静かで暗いだけ。
「ほ、本当に誰もいない……?」
「いるわけないでしょ。」
恐る恐る教室に入るメア。
震える手で自分の机を開けると――
「あったぁぁぁ!! 勇者のペンダント、発見!!」
メアは歓喜の声を上げ、両手でペンダントを掲げる。
「ふぅ、よかったね。」
「うん!! これで明日からまた元気いっぱい勇者モードだ!!」
「じゃあ、帰ろっか。」
「うんうん、もう怖いし、さっさと帰……」
――その時だった。
コン……コン……
「……?」
二人は思わず顔を見合わせる。
コン……コン……コン……
「メア……今の音、何?」
「……え?」
メアの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「こ、こ、こ、これって……もしかして……ノックの音……?」
「まさか……」
「こ、こ、こ、こ、これは、あれじゃない!? ほ、ほら!! 噂の……!」
――3回ノックすると、返事が返ってくる。
「……うそ、でしょ?」
ホープは息をのんで、音のした方向を見つめる。
コン……コン……コン……
音は、廊下の先にあるトイレから聞こえていた。
「…………」
「…………」
二人は、ゆっくりとそちらに目を向ける。
「……帰ろっか?」
「……そ、そうだね!! 帰ろ帰ろ!! 今日はもう疲れたし!!!」
「そうそう、ペンダントも見つかったしね!! じゃあ、出口はあっちだから……」
二人は同時に廊下を駆け出そうとした。
しかし――
ガタッ!
トイレのドアが、ひとりでに開いた。
「……え?」
「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
メアとホープは目を見開いたまま、廊下の先にあるトイレを凝視した。
……そこから出てきたのは――
緑色の巨大なおっさんだった。
「ぶふー。」
鼻息荒く、むさ苦しい声を響かせるその男。
肌はどす黒く緑がかり、異様なほどの肥満体。
ズタボロの作務衣のような服をまとい、顔は汗でテカテカしている。
「ぶふー。花子さんの噂を立てたおかげで、この学校の生徒の恐怖でオラはだいぶ強くなったべなぁ……。」
おっさんは自分の腹をぽんぽんと叩きながら、満足そうにニヤリと笑った。
「そろそろ生身の人間を頂いちゃおうかな❤️」
「は?????」
一瞬、理解が追いつかなかった。
トイレの花子さんの噂――その正体が、こんな緑色の巨大なおっさん??
「……いや、いやいやいやいやいや!! おかしいおかしいおかしいでしょ!! 何このオチ!! どこにホラー要素あったの!? なんで緑のおっさん!? え、なに!? どういうこと!? え、ちょっと待って頭がついていかない!!」
メアは両手で頭を抱えながら、混乱のあまり暴走し始める。
「待って待って! ホラーの王道パターンなら、トイレのドアが開いたらそこには誰もいなくて、振り返った瞬間に背後に女の幽霊がいるやつでしょ!? なんでそこでおっさんなの!? ねぇホープ、なんで!? どうしておっさん!?」
「いや、私に聞かないで!! 私もこんなの予想してなかったよ!!!」
ホープも完全にパニック。
「……っていうか、メア、ツッコミどころそこなの!? もっと他にない!? 目の前に生身の人間を食べる気満々のおっさんがいるんだよ!?」
「そっちもだけど!! でも、なにこのおっさん!! 怖いのかふざけてるのかどっちなのかハッキリして!!」
「いや、今はそんなことどうでもいいから、とにかく逃げよ!!!」
「ぶふー。」
緑のおっさんは楽しげに唇をなめると、ゆっくりと足を踏み出した。
ドスッ……ドスッ……
床が軋むほどの重い足取り。
その姿は、まさに「人を喰らう怪異」そのものだった。
「ホープ、私たちがやることはひとつ!!」
「……うん!!」
二人はお互いに力強く頷き――
「全力で逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「キャーーーーー!!」
廊下に響き渡る二人の叫び声。
そして、それを追うように、楽しげな声が背後から聞こえた。
「ぶふー。いいねぇ……逃げる人間の恐怖、たまらんべなぁ……!」
背後から響く緑のおっさんの声。
廊下を全力で駆け抜けながら、内藤メアと鳥居ホープは必死に叫んだ。
「いやいやいや、待てるわけないでしょーが!!」
「誰が待つかーーー!!!」
二人の足音が校舎に響く。
このままでは捕まる――そう思ったその時。
「こすらせろにゃ!」
「……ん?」
突如、前方から飛び込んできたのは、あのモフモフの妖怪・すねこすりだった。
「……ねこ!?じゃなくて、すねこすり! なんでここに!?」
メアが驚いて足を止める。
「ふごふごっ。あんさんらが陰陽師や!」
「いや、なんで関西弁!?!?」
ホープが思わず叫ぶ。
「細かいことは気にせんといてにゃ! ほな、陰陽師モード、解!!」
「は!?」
すねこすりがピョンと跳び上がると、ふたりの体が突然、光に包まれた――!
「うわっ……!!」
「これ……何!?」
眩い光の中、メアとホープの服が一瞬で形を変えていく。
メアの黒髪は、鮮やかなピンクに染まり、身にまとう衣装は、漆黒の直衣(のうし)へと変化。
ホープの銀髪は、澄んだブルーになり、彼女の衣装は、純白の直衣へと変わる。
二人の足元からは、まるで結界のような光の紋様が広がっていく。
「こ、これ……!」
「すごい……!!」
「ふたりは陰陽師!!」
光が収まり、メアとホープは変身した姿のまま、堂々と立っていた。
メアはピンク色に染まった髪をかき上げながらドヤ顔を決める。
「……なんかわかんないけど、めっちゃカッコよくない!?」
ホープも鮮やかなブルーになった髪を指でくるくると巻きながら微笑む。
「うん! なんかすごく……強そう!!」
ふたりは胸を張り、満足げに頷き合う。
「これが……陰陽師の力!!」
「……って、いやいやいや!! 何これ!?」
突如、我に返ったメアがバタバタと暴れ始める。
「え、ちょっと待って!? なんで私、急にピンク髪なの!? 服まで変わってるし!? ていうか、ホープもめっちゃ変身してるし!? なんで!? ねぇなんで!? これどういうこと!?」
「えっ、えっ、私もわかんないけど……でも、なんかカッコいい……?」
ホープも混乱しながら自分の服を触る。
「おい、すねこすり!! 何これ!? 説明して!!」
「ふごふごっ。陰陽師モードや。」
「いや、それは見りゃわかるけど、なんで!? どういう理屈でこんなことになってんの!? 私、まだ心の準備できてないんだけど!!」
メアがすねこすりに詰め寄るが、その時――
「ぶふー。おしゃべりはそこまでだべ。」
ドスッ! ドスッ!
重い足音が響く。
二人が振り向くと、そこには……
緑の巨大なおっさん。
「……あっ、やばい。」
「おしゃべりしてる隙に、食っちゃうべな❤️」
ブンッ!!
おっさんの太い腕が、メアに向かって豪快に振り下ろされる。
「わあああああああ!!」
メアは反射的に後ろへ飛びのく。
「ちょ、ちょっと待って待って待って! 私たち、変身はしたけど、まだ戦い方とか知らないから!! まずはチュートリアル的な説明が欲しいんだけど!!」
「ぶふー。そんなもんねぇべ。オラは強くなった……だから喰らうべ!!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!! ちょっとホープ!! 何かして!!!」
「えぇ!? えぇぇ!? ど、どうすれば!?!?」
ホープもパニックに陥るが、その時――
「……ん?」
メアの中で、何かが解放された。
――ふと、右手を見た。
そこには、今まで感じたことのない「力」が宿っている。
「これって……」
感覚に従い、メアは腕を振り上げる。
ズバァァァァン!!!
黒い斬撃が放たれた。
それはまっすぐに飛び、目の前のおっさんの胴体をまっぷたつに裂いた。
「……え?」
次の瞬間――
「イデェェェェェェェェェ!!!!」
おっさんの絶叫が、学校中に響き渡った。
メアは目を見開いたまま硬直し、ホープは口元を手で押さえながら唖然とする。
「……え? え? 何? 今の……?」
「……メア、今……」
「わ、私、今……おっさん、斬った……?」
「……うん、真っ二つに。」
「ちょ、待って!! そ、そんなつもりなかった!! 何これ!? 私、人斬りの才能とかあった!?!?」
「いや、今更気づいても遅いよ!?」
すねこすりはドヤ顔で頷く。
「ふごふごっ。それが、陰陽師の力や。」
「いや、だから、なんで関西弁!?」
「なんてことするべなー!!! ひどいべなー!!!」
「えええええええええええええ!?!?」
メアは驚愕し、思わず飛び退く。
「ちょっ、ちょっと待って!! なんでまだ喋ってんの!? 真っ二つになったんだよね!? ていうか、動いてるし!! なんで!? なんで!?!?」
「いや、私も知らないよ!!!」
ホープも驚きつつ、おっさんの胴体を見つめる。
確かに、彼の体は完全に真っ二つになっている。
なのに、上半身がモゾモゾと動きながら、文句を言っていた。
「ひどいべなぁ……オラ、まだ成仏もしてないのに、こんなことされるなんて……ひどすぎるべなぁ……」
「ごめん!! でも人を食おうとしてたんでしょ!?」
メアが焦りながら弁解する。
「それはそう。」
「納得すんなよ!!」
メアが思わずツッコミを入れる。
しかし、その時。
ホープは静かに前に出て、おっさんに手をかざした。
「……ちょっと待って。メア、私、なんとなくわかる気がする。」
「えっ……?」
ホープの瞳が輝き、手のひらから淡い光が溢れる。
その光はやさしくおっさんの体を包み込み、そして――
スルスルッ……!!
裂かれていた胴体が、自然にくっついていった。
「えええええええええええええ!?!?!?」
メアは目をひん剥き、口をパクパクさせる。
「……直った……?」
ホープが手を引くと、そこには元通りの緑のおっさんがいた。
「……おぉぉぉ……ありがとだべな!!」
おっさんは感動したように自分の体を撫で回し、そしてホープに向かって深々と頭を下げた。
「も、もう悪さはしないだべな……! もう二度と人間を喰おうなんて思わないだべな……! 許してほしいべな……!」
ホープは苦笑しながら、メアの方を振り向いた。
「……メア。私たちの力、ちょっと分かってきたね。」
メアはしばらく呆然としていたが、やがて、顔をしかめながらボソッと呟いた。
「……私、めちゃくちゃカッコよく斬ったのに、ホープが全部直しちゃったんだけど……。」
「ふふ、仲良くていいじゃん!」
「いや、違う! 私のカッコいいシーンが台無し!! いや、まぁ結果オーライだけど……!! でもやっぱり納得いかない!!」
「ふごふごっ。陰陽師は、陰と陽。破壊と再生の役割を持つんにゃ。」
すねこすりが満足げに頷いた。
「メアは斬撃、ホープは治癒を持つ。バランスが取れとるんにゃ。」
「……そういうこと?」
メアはちょっと不服そうだったが、ホープは納得したように頷く。
「それなら、私が直して、メアが斬るっていう役割なんだね。」
「えぇ……なんかそれ、私だけ悪役っぽくない!?」
「でも、正義の剣って感じでカッコいいよ?」
「むぅ……まぁ、そう言われると……うん……」
メアは頬を膨らませながらも、まんざらでもなさそうに髪をくしゃくしゃっとかいた。
一方、緑のおっさんはホープに手を合わせながら、しみじみと語る。
「ほんと、助かったべな……もう二度と悪さしないべな……心を入れ替えるべな……」
「……じゃあ、もう消えてくれる?」
メアがジト目でおっさんを見つめると、彼はうんうんと頷いた。
「もちろんだべ!! じゃあオラはここで失礼するべな!! さらばだべなぁ!!」
シュゥゥゥ……
緑のおっさんは、煙のように消えていった。
そして、静かになった学校の廊下に、メアとホープとすねこすりだけが残される。
「……終わったね。」
ホープがほっと息をつく。
「はぁ……なんなのもう……色々ありすぎて、もう今日は疲れた……」
メアはぐったりと座り込んだ。
「ふごふごっ。まぁ、これが陰陽師の運命ってやつにゃ。」
「……ホープ、私たちって、これからこんなことに巻き込まれ続けるの……?」
「たぶん、そうなるね。」
「…………」
メアは天を仰ぎ、しばらく沈黙した後――
「……明日から学校行きたくない。」
「それはダメ!!!」
こうして、ふたりの陰陽師としての戦いが幕を開けたのだった。
ふたりは陰陽師!! うみゃうにゃ @umyaunya
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