第2話 教室で



「幼なじみっていいよね……」


前の席のモモちゃんが、怖い位にジッと私に目を向けた。


「え。そ、そうかな?」

「いーなぁ!いーなぁ!私も欲しいよー!ああいうお日様系の幼なじみー!」

「モモちゃん!声大きいって」

「うわぁぁぁー!もう勉強したくないっ!!」


一緒に見ていた参考書を上に持ち上げる モモちゃんは、受験勉強のストレスが相当たまっているみたい。


「だ、大丈夫?」

「あー、恋がしたい……」


頭を机にコツンと打ち付けて、モモちゃんが小さく呟いた。


「ね、ミチル」


モモちゃんが机に臥せたまま、ちらりと私に目を向けた。


「うん、なぁに?」

「ミチルって、好きなんだよね?」


両手を口元に当てながら、モモちゃんは小さな声で言葉を続ける。


「え?」

「だから、長岡くんのこと、好きなんでしょ?」

「ち、違うよ」


長岡 コージ。長岡くんことコージくん。

教室の後ろに目を向ければ、ロッカーの上に腰掛けるコージくんがいる。

クラスメートと大きな笑い声を上げるコージくんは、まさかここで自分の話をされてるなんて思わないだろうな。


「実はさ、バスケ部の後輩に聞かれたんだ」

「え?」

「彼女はいないでしょ?」

「う、うん。多分」


そういう話はしたことないけど、彼女はきっといない。


「ミチルのことも聞かれたんだけど」


なんて、モモちゃん言いにくそうに言葉を続けるから、胸がドキリと音をたてた。


「つき合ってないよ」

「それは知ってるってば」

「……」

「ちょっと子供っぽいけど。優しいし、明るいし、後輩に人気あるみたいだよ」

「……」


これがはじめてな訳じゃない。

中学生の男女が関わりを持つということ。

そういう関係だとひやかされるのは今までに何度もあったから。


「一応、気を使ってるんだけど」

「う、うん」

「彼女いないなら、勇気だして告白するって言ってたから」

「……」

「先にこされちゃっても、いーの?」


そんなこと言われても、それは その子の自由だし。

無言のままでいれば、モモちゃんの呆れたような溜め息が耳に入る。


「で、でも。本当に分からないから」

「ふーん」

「それに、今は受験もあるし。それどころじゃないし」

「そっか」

「う、うん」

「なんか、ミチルらしいね」


そう言ってモモちゃんは眉を下げて笑った。


再び教室の後ろに顔を向けてみる。

好き、なのだろうか?

時々、胸がモヤモヤするのが、本当に"恋"というものなのだろうか……。


私の初恋は、コージくんだった。

幼稚園の頃、私は仲良しの"コーちゃん"と結婚するんだと本気で思っていた。

理由なんて無い。身近な男の子だったから。きっと、それだけ。


小学3年生の頃。

私とコージくんは幼なじみってだけで冷やかされて、少し気まずくなったのが始まりだった。

登下校は男女で別れたし、クラスが離れれば話題も違う。

遊ぶ友達も変われば顔も合わさない。

高学年になってからは、更に関わりが無くなっていった。

お互いに距離をとるようになったのは、自然なことだったと思う。

中学3年で同じクラスになっても、同じ教室にいても話すことはなかった。


きっかけは夏の終わり。

部活を引退して登下校で顔を合わせるようになってからだった。


──あれ、チルも帰り?

──う、うん

──じゃ、一緒に行こっか


久し振りに向けられた、コージくんのにっこりしとた笑顔からはじまった。

でも、教室の中でコージくんが私の名前を呼べば、クラスの男子達がニヤニヤと私達に目を向ける。

時には、耳にしたくない言葉が飛び交ってくることもある。

いいかげん、ほっといてくれたらいいのに。周りはそうはしてくれない。


"好きかも"なんて誰かに話したら、なんとなく"好き"になってしまうんじゃないかって。

冷やかしが、周りが勝手に盛り上がって、勘違いしてしまいそうで。

本当に好きなのか、自分の心で感じたいから。

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