大好きよりももっと大好き
maichan
第1話 漢字の読めない清掃員
高級オフィスビルの最上階。ネイビーの高級スーツに身を包んだ
すると、そこには一生懸命便器を磨くグレーの作業着姿の青年の後姿があった。
「申し訳ありませんが、清掃中なのでしょうか?」
藤堂は丁寧な口調で話しかけた。突然の声に驚いた清掃員の青年は、慌てて振り返った。
「あっ! ごめんなさい、清掃中の看板を立てるのを忘れてました! どうぞ、使ってください。その……漏れちゃったら大変です……」
青年は本気で心配しているようで、慌ててブラシや洗剤を片付け始めた。
「いえ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。仕事を中断させてしまってすみません。いつも丁寧に清掃していただき、ありがとうございます。このフロアはいつも特別に綺麗で、気持ちがいいんです」
藤堂がそう言うと、青年は背筋をピンと伸ばして嬉しそうに笑った。くっきりした二重まぶたの下の瞳が、キラキラ輝いている。
「ありがとうございます! 僕、トイレをピカピカにするのが得意なんです!」
青年は背の高い藤堂よりも少し背が高く、体格がよかった。
「僕、エグゼクティブフロアの方のお顔は大体知ってるんですけど、あなたは今日初めてお会いしました。お名前は、ええと……」
青年は先週大阪から異動してきたばかりの藤堂を知らなかった。そして、藤堂の胸元の社員証をじっと見つめて、困った顔をした。
「すみません、僕、漢字が読めないんです」
そして、青年は恥ずかしそうに頭を掻いた。
藤堂は優しい笑顔を浮かべ、社員証を見やすいように胸元から外して青年に差し出した。
「藤堂準といいます。先週、大阪支社から異動してきたばかりなんです。あなたのお名前は?」
藤堂は日本を代表する大企業の一つである桜商事の若きエグゼクティブであったが、青年に対する物腰は柔らかく、威圧的なところは微塵もなかった。
「藤堂さん、僕は
このフロアを担当していることが早坂の誇りなのだろう、彼は胸を張ってそう答えた。そんな早坂の態度に、藤堂は心の中で「可愛いな」と思わずにはいられなかった。
「早坂さん、素敵な名前ですね。『真』という字は、まっすぐで誠実という意味があるそうですよ」
藤堂は優しく微笑んで、腕時計を見た。
「さて、会議の途中なので失礼しますが……また会えるのを楽しみにしています」
「藤堂さん、僕も! 藤堂さんに会えるのを楽しみにしています!」
ぺこりと頭を下げる早坂に、藤堂は小さく手を振ってその場を立ち去った。
それは互いにとって、不思議と心が温かくなる出会いだった。
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