恋するショートショート
星乃かなた
開かれた窓
隣の席の女の子の様子がおかしい。
朝から僕のことをちらちらと見てくるのだ。
今、この瞬間だって、ほら。
「……っ」
おっと、目が合ってしまった。
僕が目を逸らすより前に、彼女の方から目を逸らす。
心なしか、その頬は赤らんでいるように見える。
もしかして、これって……?
いや、もしかしなくてもアレかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
一度気にしだしたら止まらなくなる。
この子、もしかして僕のこと、好き……?
頭の中でもんもんと考えながら、授業時間を過ごす。
先生の話なんてひとつも入ってこない。
「おい、聞いているのか?」
「! は、はい!」
おっと、指名されてしまった。
「聞いていたなら答えが分かるだろう」
「あ、ああ、えっと……分かりません」
「まったく……じゃあ、その隣」
うわのそらだった僕に代わって、隣の席の子が指名される。
「あっ……ええっと。私も、分かりません……」
どうやら彼女もうわのそらだったらしい。
「まったく。二人ともちゃんと話を聞くように」
「「はい……」」
クラス中からくすくす笑いが起きる。
「あはは。なんか、ごめんね?」
「……!」
彼女に声をかけると、やっぱり彼女は恥ずかしそうに顔を背ける。
か、可愛いな……
いたいけな様子にドキドキしつつ、前方に意識を戻そうとすると。
「あ、あの、」
何やらか細い声で彼女から話しかけられた。
「え、えっと、その……」
「ん?」
「う……ううん、やっぱり、なんでもない」
彼女は何か言いたそうにしていたが、黙り込んでしまった。
僕のことで頭がいっぱい、とか……?
いや、何を考えているんだ、僕は。
自意識過剰にもほどがある。
けれど、分かっていても、期待が理性を追い越してとどまらない。
いや、いやいやいや。雑念は捨てるんだ!
そう自分に言い聞かせて先生の話に耳を傾ける。
しかし、しばらくして僕の意識はまたしてもかき乱された。
ちょんちょん
ちいさな、可愛らしい指が、僕の肩を優しくつつく。
「——!」
見れば、彼女が僕にノートの切れ端を差し出している。
机にそっと置かれたそれ。
そこには女の子らしい文字でこう書かれていた。
『放課後、伝えたいことがあります』
僕の頭の中は、真っピンクになった。
やっぱり、この子は僕のことが好きなのだ……!
そして脳内が真っピンクになったまま、HRが終わった。
「じゃあなー」
「また明日」
「この後カラオケ行かん?」
クラスメイト達の喧騒を聞き流し、僕は席にとどまる。
隣の席の彼女と同じように。
「……」
「……」
クラスメイト達がいなくなるまでのしばらくの間、帰る準備をするフリをして間を持たせる。
そして、ついに僕と彼女は二人っきりになった。
「「あ、あの」」
声が重なってしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
「え? いや、こっちこそごめん」
なぜか謝りあう僕ら。
なんだか、付き合い立てのカップルみたいだ。
そんなことを一瞬考えたが、まだ気が早い。
だが、きっとすぐに現実になる。
彼女の告白にOKをする。
そうすればすぐに現実になる!
「そ、それで。伝えたいことって……?」
つい気がはやり、聞いてしまう。
「う、うん。あの、ね? 驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
彼女はもじもじしながら言いよどむ。
大丈夫、君が僕のことを好きなのはもう分かっている。
だから驚かないよ!
心の中で呟きながら彼女の目を見つめる。
「うぅ……えぇっと、その……」
彼女の顔がみるみる赤くなる。
ああ、やばい。かわいい!
こんな子が僕の彼女に?
いじらしい彼女の様子にどきどきが止まらない。
けど、こういう時こそ男らしく待つのだ。
「大丈夫。無理しないでいいよ」
「う、うん」
僕が安心させようと声をかけると、彼女はすーはーと深呼吸をした。
「えっとね、実は、だいぶ前からね、」
どきどき。
「えっと、君の……の、……が、……の」
声がしりすぼみになり、肝心なところが聞こえない。
「ご、ごめん。もう一度いいかな?」
「っ、もう一回!? は、はずかしいよぅ……」
「本当にごめん。今度は、ちゃんと聞いてるから」
僕は全神経を彼女に集中させる。
「ちゃんと聞いててね? 勇気がいることなんだから、何回も言えないよ?」
「う、うん」
そうだ、勇気を出して告白してくれているんだ。
しっかり聞かねば無礼というもの。
「じゃあ、もっかい言うよ?」
「うん」
「あのね……」
彼女は覚悟を決めた表情で、今度はちゃんと、はっきりと言葉にしてくれた。
「だいぶ前から……正確には今朝からなんだけど、」
今朝から?
「君のズボンのチャックが、開いているの!」
「……」
少しの沈黙の後——
僕は股間に視線を落とし、頭を抱えた。
「うわあああああ!」
そしてそのまま、くれなずむ夕焼けの中を走り抜ける。
「はよ言わんかーーーい!!!」
思わず叫びながら自宅まで駆け抜けた。
ただ、その後、この日のことがきっかけで彼女とよく話すようになり……
二人の馴れ初めとして忘れられない一日になったというのは、また別の話である。
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