6―3 ツェリッセンハイト 迷い

 夜月の合図と共に五人の隊員がトラックから飛び出した。

 梅雨時の重い空の下、夜の闇に紛れて柵を跳び越え玄関ドアを静かに開く。

 今回の標的は、港嶺市の中心部に近い場所に新設されたばかりの公営の高齢者住宅だ。施設の統廃合に伴って今日、移動してきたばかりの老人たちは、ようやく眠りに着いた頃だろう。

 シュニッターの隊員たちは、素早く移動しながら一人ずつ仕留めていった。声を出す暇など与えない。

 夜月は隊員たちの動きを見守りながら、一つのベッドに近づいた。すぐ横に車椅子が置いてある。老人が穏やかな顔で眠っていた。

 右手に握ったブリッツシュネルス・シュヴァイゲン沈黙の閃光が煌めいた。

 気配に気づいたのか、老人の目が開いた。胸に突き刺さる寸前だった鋭いやいばが止まった。

 読書灯の明りが点いて目が合った。老人は朗らかに微笑んだ。

「ああ、ちょうどよかった。トイレに行きたいんだ。お願いしてもいいかな」

 介護職員と間違えているようだ。

 夜月のメッサーナイフは動かない。

「何してるんだ、夜月!」

 横から香輝の手が伸びてきて老人の息の根を止めた。その瞬間、地面を揺さぶる重低音と共に、目の前で激しく閃光が弾けた。

「くっ……」香輝は反射的に破氣のシールドを展開して凌いだ。「どういう事だ、ベッドが爆発するなんて」

「仕組まれてたんだよ」忍夢の暗い声がすぐ近くから聞えた。「ボクらは嵌められたんだ」

「囮に引っ掛かったって言うのか」

 銀色の櫛で髪を梳きながら、恋音が姿を見せた。

「エグい事しよんな。生きとう爺さんのベッドに爆弾仕込みよった」

 動揺を隠せない様子で、再び暗闇になった施設内に海王が舌打ちを響かせた。

「夜月、大丈夫か」

 香輝が、傍らに立っている夜月に声をかける。

カイン・プロブレーム問題ない。助かったよ香輝。ダンケありがとう

 体が自然に動いて、夜月は香輝のシールド効果範囲内にすべりこんでいた。夜月は防御型の破氣技を持っていない。

 ふぅ、と息をついて、恋音は独り言のように呟いた。

「ヘタに処理できないな。爆発したのは今のが初めてだけど、他にも何か仕込まれていると考えた方がいい」

「一応、爆発物の探知は可能だけど……」忍夢はすぐ近くのベッドに視線を向けて六角形のメガネを弄った。「よし、ここはイケる」

 滅縁めつぇんを構えた。するとそこに寝ていた老人が瞼を開いた。点けっぱなしになっていた読書灯の光で忍夢の姿を見て、満面の笑みを浮かべた。

「ああ、ようやく救世主さまが来てくれた」

 胸の前で皺だらけの骨張った手を組んで、祈りを捧げるように軽くこうべを垂れた。

「なんや、こんなとこにも信者がおったんか」

「そんなわけないじゃない」魔羅が闇の中からすーっと姿を現わした。「自分たちを刈る存在を崇拝するなんて」

「お待ちしておりました、ガルヴァキスさま。我らに救いを……」

 老人の目は真剣だ。まだ何か言っているようだが、声に力がなくて、うまく聞き取れない。

「なあ、みんな。なんか違和感があると思わないか」恋音は室内を見回している。「いつもの老人たちと雰囲気が違う」

「そやな。よう分からんけど、怨念みたいな気配を感じる」

 海王の意見に、恋音は頷いた。

「普通、老人はもっと枯れた感じがしないか。ある意味、人生に納得して死を悟っているような。でもこいつら、確かに見た目はおもいっきり老けてるけど、なんというか、んん……」

「諦めきれない未練を感じる」

「そう、それだよ魔羅。自分はまだ若いのに、と思っているような雰囲気が漂っている。たとえば、隣の婆さん見てみろよ」

「えげつないほどの厚化粧やな。何歳になっても女だから、ちう気持ちは分からん事ないけど、能面を一枚被っとうほどの塗り重ねっぷりには執念を感じるわ。私はまだまだ若くて美しいはずよ、みたいな」

「いずれにせよ、ここはヘンだぞ。どうする」

 香輝は夜月の方を見た。

「撤収だな。おそらく、仕掛けはこれだけではない。それに、さっきの爆発音に気づいて治安維持部隊や警察がすぐに来る。罠に誘い込まれた時点で我々の負けだ。無意味に留まれば被害が出る恐れがある」

「よしみんな、行くぞ」香輝が声をかけた、「俺が先鋒を務める。いいな、夜月」

「ああ、頼む」

 シュニッターの隊員たちが動き始めたまさにその時。出口の周辺で大規模な爆発が起った。建物が崩れて道が塞がれた。

「閉じ込められたんか、ウチら」

 海王は厳しい顔で周囲を見ている。

「まあ、私たちなら出られないわけじゃないけど」

 そう言う魔羅の声にも緊張が感じられた。これで終わりではない、と感じているのだろう。そしてその勘は当たってしまった。

「おいおい、マジかよ」

 恋音の言葉が物語る通り、周囲のベッド上が次々に膨れ上がって爆発していった。その度にボルトやナットなどの小さな金属片がまき散らされた。爆発物の殺傷能力を高める為によく使われる手法だ。

 干しイカの盾で海王が爆風を受け止め、忍夢はすり抜けてきた危険なデブリを破氣で撃墜していった。恋音もリヒト・ブルーテンブレターン光りの花びらでバリアを張って防御している。それでも落としきれなかった分は各自の高い身体能力を活かして避けるしかないが、すべてをかわす事はできなかった。みな、何ヶ所かずつの傷を負った。だが、戦闘行動に支障はない。

「忍夢、あれを頼む。脱出だ」

フェアラス・ディッヒ・アオフ・ミッヒ!任せてよ!

 忍夢は腰に巻いた水色のスカーフベルトから直径十センチくらいの輪っかを外して、手のひらで挟んだ。左右に引くと、それは長さ三十センチくらいの筒に変形した。肩に担ぐ。目を閉じて破氣を充填する。その間、恋音と海王が忍夢を守った。

イヒ・ビン・ベライト準備完了ロス・ゲーツ!いくよ!

 忍夢の声と共に全員が床に伏せた。狂天極無きょうてんきょくむ破氣バズーカが壁を吹っ飛ばした。

ミーア・ナッハ!俺に続け!

 香輝が駆ける。みながついて行く。夜月は後方を警戒しながら殿しんがりを務めた。

 外に出ると、敵に囲まれていた。しかも、最悪の敵に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る