7―2 フェアフューリシャ・タクティク 女の武器

 宅配です。

 いつものようにインターホンで告げられて、夜月はマンション入り口のオートロックを解除した。聞き慣れた男の声ではなかった。

 玄関ドアのスコープから外を覗いた。宅配員の制服を着た女が立っている。帽子を深く被りマスクをしているので、顔は分からない。

 ほとんど本能的に、宅配員ではないと気づいた。ついに来たか。おそよ三ヶ月半に渡る、愛鐘との穏やかな生活が終わろうとしていた。

 夜月は右手に握ったブリッツシュネルス・シュヴァイゲンの感触を確かめながら身構えた。慎重にドアを開く。女の首筋に当てようとした刃が、ガードされた。干しイカで。

 女は帽子とマスクを取った。そこには懐かしい顔があった。

「海王!」

「探したで、夜月。絶対、生きてとうって信じとった」

「とりあえず、入れ」

 海王を部屋に迎え入れた。リビングテーブルを挟んで迎え合わせに座る。

「どうやって私を見つけた」

「郵便局員とか宅配業者に目えつけてん。地域の住人の変化に敏感やろうからな」

 なるほど、その手があったか。

「困っているところを助けてもらった。お礼をしたいので探している。そう言うて写真を見せたら、一人だけ反応を示した男がおった」

 なじみの宅配員の顔が浮かんだ。

「でも、なかなか口を割らへん」

 見た目通り、まじめな男なのだろう。客の情報をそう簡単には漏らさないようだ。

「せやからな、オンナの武器を使うた。干しイカより、よう利いたで」

 海王はウィンクして見せた。

「オンナの?」

「色仕掛けや」

 夜月は目を丸くした。

「そんな事までして探してくれたのか」

「大丈夫や。きわどいところで焦らして焦らして焦らしまくって情報を聞き出した頃には、お兄さん、既に自爆しとったし」

「自爆したのか、あの男」夜月は緊迫した様子で尋ねた。「巻き込まれなかったか」

「え? あ、ああ、そういう自爆やのうて……うん、ちゃんと避けたから、問題ないで」

 苦笑いする海王の前で、夜月は深く息をついた。

「ありがとう。でも、自分を大事にしてくれ」

 意味が分からない、という顔をしながら、海王は話し始めた。

「夜月に身代わりになってもうたあと、ウチは仲間を探した。そやけど、敵兵がぎょうさんおり過ぎて自由に動かれへんかった。あんな体やったから、見つかったらアウトやし。助けに行かれんくて、ごめん」

「いいんだ、それは。お前が無事でよかった。他の隊員はどうなった?」

「恋音が緊急救援要請信号のプファイルで基地に連絡をつけて、増援部隊や香輝と共に救出して回ってくれた。ウチも助かった。でも」

 海王は顔を曇らせた。

「どうした。誰かやられたのか」

 海王は首を振った。

「死んだもんはおらへん。けど、忍夢が捕まって連れていかれた。それから、魔羅が……」

「魔羅がどうした」

「大量の敵に囲まれとうところをなんとか救い出したんやけど、かなり酷い状態やった。光学迷彩スーツはボロボロで……」海王は魔羅の状態を包み隠さず話した。「よっぽど強い恨みを持った奴にやられたみたいや。あんな残酷な事するやなんて。恋音のフリュステルン・アイネス・エンゲルス天使の囁きで治癒し続けてギリギリ命を繋ぎながら帰投した。厳寿朗さんが緊急手術して死は免れたけど、失った部分はどうにもならへん。それ以来、誰とも口をきかんとベッドで横になったままや」

 夜月は奥歯を噛みしめて身を震わせた。自分の心に迷いがあったせいで、仲間に辛い思いをさせてしまったのではないだろうか。

「恋音も破氣が残り少なかったんじゃないのか」

「ああ、それは……ウチが補給しながら……」

「どうやって」

「一発……」

「え?」

「それとは別の話やけど」海王は話題を変えた。「鷹潟たかがたさんが会いたがっとった。夜月に言わんならん事があるらしい」

「私に? なんだろう。聞いてないのか」

「夜月本人に直接話さなければならない、言うてた。ここに連れて来てもええかな?」

「基地に戻って話す」

 愛鐘を危険に晒すわけにはいかない。

「あかんて。鷹潟さんは、戻るべきやないと言うてはる」

「なぜだ」

「ウチには分からん」

「……外で会う、と伝えてくれるか」

「分かった。連絡用にこれを」通信機を渡された。普通のスマホだと国衛軍に傍受されたり位置を特定される恐れがあるので使わない。「なるべく急いでな。鷹潟さんが危ないんや」

「確かに、鷹潟さんにはアブナイ所がいろいろあるが。それがどうした」

「そうやけど、そうやない。ガルヴァキスのほとんどはもうすぐ二十歳になる。つまり、ヴェヒターによる保護育成期間が終わる、ちゅう事や。そやから……」

「まさか、さんざん世話になってきたヴェヒターを刈るというのか!」

「現時点でガルヴァキスの組織を管理運営している、ヴェヒター自身の決定なんや。自分たちは用済みだ、と言い出してん。まるで、カレンダーに記入された予定日が来たからさようなら、みたいな冷めた様子やった」

「バカな。たとえガルヴァキスが自立できたとしても、ヴェヒターは優秀な人材ばかりだ。今後もきっと我々の力になってくれるに違いない。そうでなくても、恩がある」

「ウチもそう思う。そやけど、そう思わん者も少なない。たとえば、香輝や」

 黄色い髪の笑顔が脳裏を掠めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る