5―3 ディーザー・ゲグナー・イスト・ニヒト・オーネ 強敵

 湯から上がってそのまま交戦地域に駆けつけたので、夜月も香輝もありのままの姿で戦闘を始める事になった。武器も持っていない。それにしても、なぜシュニッターがこの秘湯にいると分かったのだろう。夜月は疑問に思ったが、考えるのはあとにして戦いに集中する事にした。

忍夢しのめ、敵の人数と位置は分かるか」

 視界の利かない中、どこからともなく飛んでくる銃弾や斬撃に対応するのは至難の業だ。まずは敵の戦力配置を特定しなければならない。暗闇には強いガルヴァキスだが、湯気で目隠しをされているのは、それとは全く状況が違う。

カイン・ディン任せて、夜月。分析グラスをかけてきて正解だったよ」忍夢は六角形のメガネを弄った。「湯に潜られると熱源センサーは使いものにならないけど、動体探知やレーザーならイケる。……敵は二人だ。一人は拳銃を構えてる。水中での運用が可能という事は、おそらく白桜・海だね。こんな山の中で海事仕様を使うなんて通常は有り得ない。つまり、ゾンダーゾルダートの可能性が高い。本来は海が絡む戦場での使用を想定された派生モデルだけど、ここの泉質は塩化物泉だから対応可能、という事なのかな。もう一人は秋影刀あきかげとうのシルエットをしたものを両手に握っている。ボクらが暮らしている、この秋影連邦共和国で古来より伝わる刀だね。でも普通のじゃない。刀身の組成が読めない。この位置からじゃ詳細は分からないけど」

「よし。忍夢は敵の位置を捕捉して、逐次、指示を出せ。魔羅マーラは忍夢をガード。香輝は射撃手を、私は剣士の相手をする。海王と恋音は、周囲を警戒して互いに守りながら装備を取りに行ってくれ。敵は少人数で仕掛けてきた。ゲリラ戦を想定している可能性がある。トラップや伏兵に注意しろ。アオスシュヴェルメン!散開!

 ヤヴォール!了解! の声と共にシュニッター各員は持ち場に散った。

「香輝、そのまま真っ直ぐ行った所にある湯だまりに、射撃手が潜んで狙ってる」忍夢からの指示が飛ぶ。「立ち止まらずに避けながらながら近づいて」

ヤー、オーケイ!分かった!

「夜月は右へ。岩陰に隠れてるよ」

アレス・クラール了解だ

 右へ左へ。時には地面に転がって銃弾をかわしながら、香輝は敵に向かっていった。

「なんで敵には俺たちが見えてるんだ。めちゃくちゃ正確な射撃をしてくるぞ」

「おそらく、だけど」香輝の問いに、忍夢が答えた。「敵もセンサーを使ってるね。しかも、各自が装備してる」

「くそ。用意周到だな。なんとかならないのか、忍夢」

ビン・ダバイやってるよ。でも、もうちょっと時間がかかりそうだ」

 敵にも声はダダ漏れだが、通信機が使えない以上、仕方ない。

「そこか!」

 湯の中を移動する気配を感じて、香輝は飛び込み様に拳をぶち込んだ。温泉が空になりそうな程、派手な飛沫が上がった。だが、手応えはない。

 香輝は温泉の中央付近に立ち、目を閉じた。見えないなら、見なければいい。

 左斜め後ろの水面が揺れて、銃弾が来た。正確に香輝の頭を狙っている。香輝は左手を破氣で光らせた。裏拳で銃弾を弾き飛ばす。それと同時に、射撃位置へ突進した。だが、そこにはもう誰もいない。

「なるほどね。湯に集中していれば攻撃方向は分かる。だが、俺が動けば湯が乱れてその間に逃げられる、か」香輝の口元に不敵な笑みが浮かんだ。「面白い」

「夜月、目の前だよ!」

 忍夢からの指示が飛んだ。秋影刀の刀身が水中から現れて夜月を薙ぎ払った。夜月はその軌跡を見切って最小限の動きで避けた。と同時に破氣を込めた左の手刀を水中に突き立てる。手応えはない。

「素早いな。水中行動にかなり慣れているようだ。だが」

 夜月も湯の中に潜った。水中ならば湯気の影響はない。薄暗いが、それはむしろガルヴァキスに有利だ。

 敵の姿が見えた。女だ。なんと、敵も何も身につけていない。ゴーグルだけを装備している。最初から水中戦を仕掛けるつもりだったようだ。服を着ていては自由に動けない。

 湯の揺らぎと共に襲いかかってきた秋影刀を、手の甲で横から弾こうとした夜月は、何かを感じて急遽、回避に変更した。勢いのままに揮ったカウンターの手刀に僅かながら何かに触れた感触があった。湯の中に赤い濁りが広がっていく。

「二歳の頃から親の目を盗んで海王と風呂でふざけ合っていたんでね。水中鬼ごっこなら負けるつもりはない」

 気配を探りながらの突き合いになった。振る動作は水の抵抗が大き過ぎて隙ができる。ドクターフィッシュのように群がってくる刃を、夜月はすべてかわしてカウンターを狙った。だが、破氣で多少、拡張されているとはいえ、手刀と秋影刀ではリーチが違い過ぎる。それに、正確無比なはずの夜月の攻撃がなぜか微妙にずれていて当たらない。

「レーザーブレードか。しかも高周波振動タイプだな。レーザー誘起気泡チャンネルの効果で水中での威力と運動性能の低下を抑えつつ、湯を乱して攪乱している。水中戦を仕掛けてきたのは単なる得意フィールドでの優位性を狙っての事ではないというわけだ。しかも、高密度収束と振動効果により、刀身前面はかなりの切断力を持っていると見た。ヘタに受ければ簡単に手を持っていかれる。やっかいだな」

「夜月ー!」水上から声がかかった。海王だ。「ええか、行くで」

 小さな水没音と共に、夜月の主力武器、ゲシュペンスト・デス・モンデス朧月と副装備のブリッツシュネルス・シュヴァイゲン沈黙の閃光が一直線に水中を進んできた。さすがは共に風呂で遊んだ海王だ。水中戦での息がぴったりだ。掴んで両手に構える。敵の女兵士が一瞬、怯むのが見えた。

 夜月は攻勢に出た。短い武器の二刀流で機敏に責め立てる夜月に対して、長さのある秋影刀を構えた敵は防戦一方になった。どんどん下がっていく。だが、温泉は無限の広さを持っているわけではない。

 大きく湯が動いた。陸に上がったようだ。そこには海王が待ち構えている。湯気の中で影が二つ動いているのが、水中からなんとなく見えた。互いを視認できる至近距離で激しく斬り合っている。少し離れた位置から夜月も温泉を出た。

「海王、気をつけろ。高周波レーザーブレードだ。切断力の極めて高い刃の正面をまともに受けたら……」

 干しイカの剣が真っ二つにされた。海王は顔を引きつらせて飛び下がった。代わりに夜月が敵の間合いに飛び込む。

 湯の中と違って動きが制限されないので、敵の攻撃はさっきまでとは比べものにならない程の多様性を持って迫ってきた。防御も完璧だ。かなりの使い手だと言えるだろう。なんらかの剣術を極めているのは間違いない。しかも、センサーゴーグルの効果により見える範囲が広い分、敵の方が圧倒的に有利だ。

「夜月、これも預かってきた」海王の声がした方向から何かが飛んで来た。「忍夢が有りもんの材料で組んだ即席のセンサーゴーグルや」

 素早く装着する。さっきまでの視界の悪さが嘘のようにくっきりと敵が見えた。

 女兵士はレーザーブレード式の秋影刀を正面に構えたまま動きを止めた。一撃に賭ける態勢だ。夜月は、一歩、一歩、ゆっくりと近づいていく。

 夜月が消えた? 敵にはそう見えただろう。流風舞空りゅうふうぶくうやいばと呼ばれる夜月の本気の機動を捉えられる者は多くない。

 ゲシュペンスト・デス・モンデスが女兵士の首に迫る。切り飛ばそうとした、まさにその時。

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