4-3

「玲美! 二人と一緒に丘へ行けっ!」


 玲美の返事を待たず、陽人は灰色の大地を駆けた。

 黒足軽たちから黒い光弾が飛んでくるが、そのすべてをフットワークのみで躱していく。


(<影噴出ガッシュ>でもいいが、ちょいと遠いし数も多いな。こいつでいくか……!)


 ずらりと並んだ黒い姿の一角に向けて、空いた左手をかざした。

 人差し指と中指で狙いを定める様は、ちょうど銃を構える形に似ている。


「……<影銃撃ショット>ッ!」


 刹那。指先から、影の貫光が迸った。

 さながら光線銃のように、黒足軽たちを易々と貫いていく。


(いいねえ! 撃ちっぱなしは、できるかな?)


 意識を影の貫光に向けたまま、腕全体をさらに左へと動かす。

 影の貫光は勢いそのまま、軌道上にいた黒足軽たちの首を薙ぎ散らした。


(こりゃ予想以上だ! 遠くまで届くし、使いやすい!)


 ちらと後ろを振り向くと、玲美はロザリンとカテリーナを連れて丘の斜面を駆け上っている。

 奇襲部隊は先ほどの連中のみだったらしく、散発的に出てくる黒騎兵を蹴散らしながら進んでいた。


(よっしゃ、こっちは好きに暴れるとするかっ!)


 高揚する気分に、自然と笑みがこぼれる。

 その時。行く手に玲美のネコドローン、シャトがふわりと出てきた。

 陽人を撮るように、玲美が命令したのだろう。


〈うおおおおおシャドマ最強オオオオオオ〉

〈こっちも新技お披露目かよ〉

〈見どころしかねえな〉

〈ロズは無事ですか⁉(#英語)〉

〈やったれシャドマアアアアア〉


 例によってお尻のあたりから出てくるホログラムには、コメントが滝のような勢いで流れている。

 陽人はそれを見て笑うと、なおも攻撃を止めない黒足軽たちの群れに左手を向けた。


「<影銃撃ショット>ッ!」


 ふたたび影の貫光を放ち、黒足軽たちを薙ぎ散らす。

 途中に湧いてくる足軽や騎兵たちは、出てきた端から長巻で刈り取っていく。


 程なくして、周囲が魔素ヴリルの欠片が放つだけになった。

 動くのは、傍らに来たシャトだけだ。


「おっしゃ、掃除完了」


〈一家に一台シャドウマスター〉

〈家電になってて草〉

〈三種の神器ってレベルじゃねえぞ〉

〈しかし危うく放送事故になるところだったな〉

〈最初からこうすればよかったんじゃないですかねえ〉

〈ねえねえイギリスとロシアの協会さん、今どんな気持ち?w〉

〈配慮への誠意は見せてもらわなあきまへんな~〉


 コメントに苦笑しながら、丘のほうへと駆け出す。

 玲美たち三人は、すでに丘の上にいた。魔物モンスターも湧いてはいないらしい。


 だが、その時――。


『知り難きこと、陰の如く……』


 虚空に、くぐもった声が響いた。

 三人がいるあたりが、黒い霧に包まれる。


〈は?〉

〈え、なになに〉

〈なんか聞こえたぞ〉


「……ッ⁉」


 判断する前に、身体は走り出していた。

 シャトがついてこれないかもしれないが、今は気にしている状況ではない。


『……動くこと、雷霆らいていの如し』


 ふたたび、声。

 灰色の空から、丘の上を目がけて三条の雷が落ちた。

 耳をつんざく轟音とともに、黒い霧が吹き飛ばされる。


 そこに立つのは、盾の鱗甲が放つ光に守られた玲美のみだった。


「玲美、無事だったか」


「はっ、はい。この盾のバリアのおかげで……。でもお二人が、バリアの範囲に入るのが間に合わなくて……」


「仕方ねえよ。二人はどうなったか分かるか?」


「雷が落ちたと同時に消えた……と、思います。もし魔法でやられたのなら、ここに遺体が残るはずですから」


「となりゃあ、どっか別の場所に飛ばされたってとこだな」


リバース迷宮ダンジョンって、そんなトラップまであるんですか? 普通の迷宮ダンジョンじゃ見たことありませんよ」


「俺も初めてだ。今までは他の誰かと一緒に来る、ってこともなかったしな」


 話しているうちに、ようやくシャトが追い付いてきた。

 コメント欄は、相変わらず大量のログが流れている。


〈シャドマ速すぎて草〉

〈シャトちゃん過労死しちゃう〉

〈ロズとロシアの人は?〉

〈さっき雷見えたけど、まさか……〉

〈私のロズはどうしたのですかっ⁉ 彼女は無事なんですよね⁉(#英語)〉

〈↑お前のじゃない定期〉

〈ああ、我らの女王! 黒き魔物たちに討たれてしまったのか⁉(#ロシア語)〉

〈推しを信じろ〉


「あ~。二人はどうやら、別の場所に飛ばされたらしい。これからひとっ走り、助けに行ってくる」


〈oh……〉

〈そんなっ! ロズがいなければ、私はどうすればいいのですか?(#英語)〉

〈死んだと決まったわけじゃねえだろ落ち着け〉

〈我らが女王はそう簡単にやられないさ。頼むよ、シャドウマスター(#ロシア語)〉


「そうは言っても、どうするんです? 長篠の合戦場を模してるんだとしたら、メチャクチャ広いですよ?」


リバース迷宮ダンジョンになっても、その迷宮ダンジョンのギミック自体は変わらねえことが多いんだ。特にこういう建屋がないフィールド型は、な」


 長篠迷宮ダンジョンの攻略記録は、この二週間で頭に叩き込んである。

 曰く、武田の四天王を模した四体の魔物モンスターを倒すと、武田の総大将を思わせる迷宮主ダンジョン・マスターが出現したらしい。

 こうした魔物モンスター鍵の魔物ギミック・モンスターと呼ばれ、その名の通り攻略の糸口になる。


「仕掛けてきたのは多分、鍵の魔物ギミック・モンスターだ。パーティメンバーの連れ去りってのは記録になかったが、リバース迷宮ダンジョンだからな。なにがあっても不思議じゃねえよ」


「それこそ無理なんじゃ……! 攻略した時なんて、人海戦術で駆け回ってようやく見つけたって……!」


「まあ、そう焦るなって」


 陽人はにやりと笑って見せると、丘の上から方々を見渡した。

 黒雲が渦巻く灰色の空、火のように揺らめく影、大地に並ぶ無数の柵。

 その中に――微かだが、彼方に魔素ヴリルが動く気配を見つけた。


「……見つけた。どっちもまだ生きてるけど、魔物モンスターに囲まれてるな」


「はあっ⁉ ど、どうやって⁉」


魔素ヴリルが動いてる感じを探った。ほら、物とか人の魔素ヴリルの感じを覚えておけば、位置がなんとなく分かるだろ?」


「分かりませんよっ!!」


「えっ……。そ、そうなのか……?」


〈シャドマ、それお前だけや〉

〈長いこと探索者デルヴァー配信見てるけど初めて聞いたわw〉

〈野生、いやおっさんの勘……?〉

〈↑俺にそんな勘ないぞ、くれよ〉

〈現役Sランだが聞いたことないぜHAHA(#英語)〉


「……とりあえず行くぞ。位置が近いスヴェトロワさんからだ。強化魔法、かけておけよ」


「は、はい……」


 玲美の強化魔法を待って、カテリーナの気配を感じるほうへと駆け出す。

 厄介なことに、ロザリンとカテリーナは真逆の方向にいた。

 カテリーナは近くにいるが、ロザリンは先ほど出てきた戦場のはるか彼方である。


 散発的に湧く黒足軽たちを蹴散らしながら、なだらかな丘の上を進むと――。


「……見えたぞっ!」


 少し先に見える丘に、黒い影がぞろぞろと這い上がっていた。斜面にびっしり生える氷の針が、影の進行を辛うじて遮っている。

 丘の上からは、青白い光が散発的に放たれていた。


「まだ無事ですねっ!」


「俺が斬りこむっ! 玲美はカテリーナさんの保護を優先だ!」


「了解ですっ!」


 返事を聞いてから、その場で身をかがめる。


「……<影瞬脚甲ドライヴ>!」


 足を包んだ影が、棘を帯びた具足へと変化した。

 ひと息に黒い群れへと迫ると、飛び上がりざまに左手を掲げる。


「<影波動ウェイブ>!」


 黒い大波が、陰の軍勢を次々と飲み込んだ。

 大岩の上には、カテリーナが陣取っているのが見えた。陽人の姿を認めた途端、その表情が驚きに染まる。


「貴様らっ……なぜ来たっ⁉」


「まだ生きてそうだったからだよっ!」


 着地すると同時に、影の大波をもう一発。そこから先は、背後を突かれた敵を片っ端から斬っていく。

 がら空きになった攻囲の隙間から、玲美がカテリーナのところに走る。


 だがその時、灰色の空から降り注ぐ光が陰った。

 見れば渦巻く雲の先にある太陽を背にするように、黒い翼をはためかせる鎧武者が二体。

 片方の”のっぺらぼう”は陽人へ、もう片方の”天狗面”は玲美とカテリーナの方へと急降下してくる。


(やっぱりな!)


「<黒影鞭ウィップ>!」


 左手から伸びた影が、”のっぺらぼう”に絡みついた。

 力づくで引き寄せて、胴に長巻を突き込んでやる。


「ウォ、ゴッ……!」


 苦悶の声を上げる”のっぺらぼう”。その隙を逃さず、長巻から放した右手をかざす。


黒影杭パイル!」


 右掌から伸びた影の槍が、”のっぺらぼう”の頭を貫いた。

 魔素ヴリルの欠片となっていく身体から長巻を引き抜くと、玲美の盾から飛んだ鱗甲が”天狗面”を囲っていた。


「鱗甲増幅! アレスト・カースッ!」


 四つの黒い鱗甲が輝き、”天狗面”の動きが止まる。その鼻先に、カテリーナがマスケット銃を突きつけた。


「……氷弾散撃リディグロムッ!」


 放たれた散弾のすべてが天狗の面を直撃し、黒い破片となって飛び散った。

 その身体が魔素ヴリルの欠片となると、わずかに残っていた足軽たちがすうっと消えていく。


「案の定、鍵の魔物ギミック・モンスターだったか」


〈シャドマFOOOOO〉

〈TUEEEEE〉

鍵の魔物ギミック・モンスターってあんなに弱いの?〉

〈シャドマがおかしいだけ定期〉

〈Remiやロシアの人も魔素ヴリル吸収しまくってるせいかだいぶ強くなってんね〉

〈パワーレベリング過ぎんのよ〉


「周りの魔物モンスターが消える、ってことはそうですね。多分もう二体は、ロズのところ……!」


「うっし、行くぞ。丘を下ってまっすぐだ」


 視線を移すと、カテリーナはなおも顔を俯けていた。

 見たところ、大けがを負った節もない。


「あれだけのことを言ったアタシを……なぜ助けに来た。それだけの強さがあれば、貴様らだけでも攻略は可能なはずだ」


「ま、俺も色々あったクチでな。見捨てるのとかそういうの、ダメなんだわ」


 陽人がふっと笑うと、カテリーナも釣られて口の端を歪める。


「よく分からんヤツだな。ともあれ、感謝しよう」


「礼はここを出てからにしたほうがいいな、スヴェトロワさん」


「そうだな。それと……カーチャでいい。仲間は皆、そう呼ぶ」


 そう言うと――カーチャは、初めて笑顔を見せた。


〈おおおおおデレたあああ〉

〈攻 略 完 了〉

〈これはハーレム化の流れ……!〉

〈我らが女王が、笑った!(#ロシア語)〉

〈俺は前から言ってたぜ? あんた笑ったほうがいいって(#ロシア語)〉

〈なんというご尊顔……!(#ロシア語)〉

〈↑推しへの愛に国境は関係ないんだな、って〉

〈うむ、我らも精進せねばならん〉

〈何をだよw〉


 盛り上がるコメントを見て苦笑すると、丘の下に広がる平原を見つめた。

 ロズの気配は、平原を渡り切った先にある。


「それじゃあ、カーチャ。行こうか」


「早くしないと、ロズが危ないです!」


「ああ、全員で……生き残るぞ」


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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