第二章 最強おじさんと探索者協会

2-1

 数時間後。

 陽人はレミから指定された、北千住駅近くの雑居ビルの前にいた。直線距離なら一時間もかからないが、例によって裏道を駆使した結果である。


(妙だな。人が少ない……いや、いない)


 近くの国道から少し入った場所とはいえ、立派なベッドタウンだ。

 平日の昼間とはいえ、車どころか人っ子一人いないのは不自然極まりない。


(ま、行けば分かるさ、ってな)


 雑居ビルのドアを潜ると、何かを踏み越えた感触があった。

 先ほどから感じていたぞわりとした気配が、いっそう強くなる。


 案内板には、すべてのフロアに”舞木もうぎコンテンツプランニング”と記されている。


(結界……この感じは認識阻害と、視覚阻害か)


 魔素ヴリルの欠片を配置すれば、こうした結界を張るのはたやすい。

 物理的に存在している以上、完全に隠すことは難しいが、一般人への住所バレ対策としては十分だ。


 メッセージの指示通り、エレベーターで最上階まで行き、非常階段を登った先のドアから屋上に出た。暖房の魔法でも使っているのか、存外に温かい。

 屋上の真ん中には、茶髪ボブの少女が立っていた。


「お疲れ様です。電車使えないのに、早かったですね」


 茶髪ボブの少女――レミが、振りむいて微笑んだ。

 先日は武装で身を包んだ探索者デルヴァー然とした姿だったが、今日はジーンズにニットセーターの私服姿。

 服の上からでも分かる豊かな双丘に、思わず目が行ってしまう。男の悲しい性だ。


「案外、近くて助かったよ。面白い造りのビルだな。舞木って君の名字か?」


 軽口を叩きながら、屋上を見回す。

 階段の逆側、屋上の面積の半分ほどを使って、さらに二階建ての部屋が設えられている。

 生活感があるあたり、ここがレミの住居なのだろう。


「はい。舞木もうぎ玲美れみ……本名でやってるんですよ。部屋も色々必要なので一棟まるっと借りてます」


「なるほどね。結界まであれば、内緒話にはうってつけだな。で……」


 陽人は言葉を切り、空いた屋上の一角に視線を移した。


「ご用があるのは、そちらの方じゃないのかい?」


 玲美の顔色が変わる。

 刹那の間を置いて、見据えた位置の青空と景色が、陽炎のように揺らぐ。


「……やれやれ、うまく隠れたつもりだったんですが。私もまだまだですね」


 聞こえてきたのは、落ち着いた男の声。

 揺らぎが徐々に形を取り、自然な形に分けた黒髪の男性が現れる。


 ぱっと見、三十歳そこらか。スリーピースのスーツ姿に革靴を履いた、長身色白のイケメンである。スーツの胸ポケットには、探索者協会デルヴァーズのIDカード。左手には、一枚の札。


(やっぱり協会が一枚噛んでたか。あの呪符……祓魔士ふつましだな)


 日本古来から存在する、いわゆる悪魔祓いである。

 呪符や独鈷どっこ錫杖しゃくじょうといった武器を用いた独自の戦法が特徴で、魔法戦から肉弾戦まで幅広くこなす。

 その血筋ゆえか優秀な魔素持ちホルダーも多く、探索者デルヴァーの中でも一定の勢力を保っている。

 男性は陽人の前まで来ると、すっと頭を下げた。


「待ち伏せの無礼、平にご容赦を。あなたの人となりは聞いていたのですが、刺激はしたくなかったもので」


「構わねえよ、事が事だ。玲美が俺の番号を知ってた時点で察しはついてたさ」


 ちらと視線をやると、玲美はバツが悪そうに目を逸らす。


 ネットニュースでは、各国の協会が騒いでいる旨を報じていた。にもかかわらず協会からの呼び出しはおろか、顔見知りの探索者デルヴァーたちすら連絡がなかった。こうまでなってくると、協会側が何かしらの通達を出したと考えたほうがしっくりくる。


 男性は苦笑で応じると、内ポケットから名刺入れを取り出した。


「ご挨拶が遅れ、失礼しました。日本探索者協会デルヴァーズ・ジャパン、東京支局の上木うえきと申します」


 差し出された名刺には、”日本探索者協会 東京支局 局長 上木うえきつかさ”とある。

 記された星は六つ、Sランク探索者デルヴァーだ。


 しかし、陽人が目を見張ったのはそこではなかった。


(東京支局の、局長……! こいつはまた、大層なのが出てきたな)


 探索者協会デルヴァーズはいかなる国の法律も介在しない、”超法規権”を持つ組織だ。

 日本協会は地方別に支部が置かれ、そこから都道府県別の支局、その下に管轄区の広さに応じて支所、といった具合に枝分かれしていく。


 その中でも、東京と大阪の支局は別格として知られていた。

 関東、関西の支部指令を兼ねる他、理事長が何らかの都合で決裁、判断ができなくなった場合は、合議を以て全決裁を代行する権限を有している。


 上木が見た目通りの歳ならば、まごうことなきトップエリートである。


「局長さん自らお出ましとは痛み入るね。で、用件は?」


「その前に……。宵原さんが置かれている現状についてお伝えしましょう」


 長くなると察したのか、玲美が近くにあった椅子を勧めてきた。

 上木はジャケットのボタンを外して座ると、ややあって口を開く。


「まず、くだんの動画ですが……すでに複数の専門家が”真”と断定しています。協会としても舞木さんからお話を伺った上で、同様の判断をしております」


 淡々とした上木の言葉に、苦笑いを返す。

 この時点で、”嘘っぱちでした作戦”は潰えたことになる。


「ですが、各国からは虚偽フェイクであるとの声の他、日本協会による魔素ヴリルの換金レート操作を目的とした陰謀である、などといった声まで上がっています。情報源ソースがあの動画しかないことも相まって情報が錯綜し、手がつけられない状態です」


「俺だけの問題じゃなくなったのは分かった。ただ俺としては、何とか元の生活に戻りたいんだがな」


「元通りとはいかずとも、状況を落ち着かせる手段がないわけではありません。ですが、その前にひとつお聞かせください」


 上木はそこで言葉を切ると、陽人の眼をしっかりと見た。


「宵原さん。あなたが十五年もの間、裏・リバース迷宮ダンジョンを秘密裏に討伐し続けた理由は何ですか?」


「下手に入ったら危険だから、じゃダメかい?」


「さすがに無理がありますね。効率のみを重視するなら、それこそ他人を巻き込んだほうがいい。かと言って、武勇伝をひけらかすわけでなし。暮らしぶりや預金額を見るに、多量の魔素ヴリルや発掘した武具類を換金した様子もない」


「……よく調べたもんだ」


「恐れ入ります。さらに言うなら、理由は仇討ちではありませんか?」


 自然と、顔に力が入った。

 それに気づいてか、上木はさらに言葉を続ける。


「聞けばあなたは、あの”始まりの黒禍ビギニング・ネロ”の生還者だそうですね。しかもその際に、ご両親と妹さん、さらには婚約者だった女性を亡くしている」


 始まりの黒禍ビギニング・ネロ――。十五年前の元日に浅草で発生した、史上初の迷宮ダンジョン災害。

 突如として現れた迷宮ダンジョンに、観光客など多くの人々が取り込まれ、命を落とした。

 以来、浅草は黒いとばりに包まれ、魔物が徘徊する危険区域となっている。各地の遺跡や遺構には、その地を模した迷宮ダンジョンが生まれるようになった。


「あなたは始まりの黒禍ビギニング・ネロの折、裏・リバース迷宮ダンジョンに入る力を得た。その力を利用し、今もご家族と婚約者の仇を追い求めている……違いますか?」


 表情を崩さず問いかける上木を見て、陽人は鼻を鳴らした。


「ほんと、大したもんだ。買い被りを除けばな」


「買い被り……?」


「仇なら討ったさ。十年も前にな」


 上木の表情が、わずかに動く。 陽人はため息をひとつ吐くと、空を見上げる。


「最初はあんたの言うとおりだった。実際は身体を動かしてなかったら、どうにかなっちまいそうだっただけだがな」


 玲美も上木も、黙って聞いている。


「だが仇だった魔物やつを討った時に思ったんだ。何故こんなことになったんだろう、ってな」


始まりの黒禍ビギニング・ネロの発生原因は、今もって不明です。あなたが責任を感じることではありません」


「気になっちまったんだから仕方ないだろ。それにもし原因が神だか悪魔だかなら、本当の仇はそいつってことになる」


 そう言うと、陽人は傍らにかけていた長巻をすらりと抜いた。そのまま切っ先を、天に掲げる。


裏・リバース迷宮ダンジョンを潰し続ければ、いつの日か原因そいつが現れるかもしれねえ。その時……一番槍をつけるのは俺だ。誰にも譲るつもりはねえ。俺はこういう、メンドクセエおっさんなんだよ」


 上木はしばし、陽人が長巻を鞘に納めるのを見ていた。 が、すぐに小さくため息を吐く。


「……今は、その言葉を信じましょう。では協会われわれからの提案をお話します」


「そうは言ってもな。さっきの話じゃ、今さら噓っぱちでしたとは言えねえだろ?」


協会われわれが政府と本気で連携すれば、不可能ではありません。しかしそれだと宵原さんはおろか、舞木さんも誹謗中傷に晒され続けることになります。政府も黙ってはいないでしょうし、協会われわれとしても本意ではありません」


 上木の言葉に、玲美がげんなりとした顔になる。


「動画を非公開にした後もDMやら電話やら、めちゃくちゃ来てますからね。ここは結界で守ってるんで、なんとかなってますけど」


「こうなった以上、採り得る手段はただひとつ。裏・リバース迷宮ダンジョンの実在を、正式に公表することです」


「なに……?」


「そういきり立たないでください。騒ぎの件を抜きにしても、凶悪な魔物モンスター跋扈ばっこする裏・リバース迷宮ダンジョンを捨て置けば、協会われわれの面子は丸潰れです。そこで、宵原さんだけが入口を作れる、という性質を利用します」


 眉をひそめる陽人を目で制し、上木は言葉を続ける。


「宵原さんにはこれまで通り、裏・リバース迷宮ダンジョンを攻略いただく。協会われわれはあなたを全面的にバックアップする代わりに、産出される魔素ヴリルが過度に流通しないよう管理させていただく。これを世間に向けて発信すれば、少なくとも今の騒ぎは収まるはずです」


 言葉を返す代わりに、陽人はあごの無精ひげを撫でた。 この案なら、陽人に干渉してくる者はいなくなる。協会の助力も得られるとなれば悪い話ではない。


「当然、他国の協会もあやかりたいと申し出があるでしょう。その際は各国で責任を持つことを条件に、他国の探索者デルヴァーを宵原さんに帯同させてもらいます」


「ひとつ目の提案は、まあいいだろう。だがふたつ目はNGだ。知った顔ならまだしも、見ず知らずのヤツのケツまで持ちたくねえ」


「あの動画が”真”であるならば、対応できる探索者デルヴァーはそう多くありません。数度の探索で皆、諦めるはずですが……。今の段階なら、二点目は保留でもいいでしょう」


 上木は話しながら、スマホを取り出して何やら操作する。


「では、さっそく参りましょう。車を用意してあります。舞木さんもご一緒に」


「どこへだ?」


「東京支局です。色々と、下準備が必要なものでしてね」


 上木はそう言うと、爽やかに笑った。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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