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 明くる日の朝。

 埼玉県のとある町にある、築二十年のワンルームアパート。駅からも遠く、部屋が南向きであることだけが取り柄の物件である。

 その二階にある一室で、陽人は寝間着のスウェット姿のまま目を剥いていた。


「な、な……」


 視線の先には、スマホに表示された文字の羅列。普段は滅多に見ないニュースサイトの記事だ。


裏・リバース迷宮ダンジョンを駆ける謎の男、その正体】

【影を駆ける無双の男、宵原陽人とは? 協会関係者の証言】

裏・リバース迷宮ダンジョンに各界騒然、攻略した探索者デルヴァーはどこに】

【どうなる魔素ヴリルの換金レート、裏・リバース迷宮ダンジョンが与える影響】

【各国協会、裏・リバース迷宮ダンジョンの真偽確認を要請。日本協会「早急に」】


「……なんじゃ、こりゃ……」


 どのニュースサイトを見ても、並ぶのは陽人と裏・リバース迷宮ダンジョンの話題ばかり。

 記事には、たまに行く協会支所の職員や、“物拾い”で顔を合わせた探索者デルヴァーたちの証言まで載っていた。


「昨日の今日だぞ……? なんで、こんなに拡がってんだ……?」


 レミと別れた後もひどかった。 清水門からはすんなり出られたものの、公園の周りにはすでに野次馬や探索者デルヴァーたちが大勢集まっていた。もちろん、電車に乗ることなどできるはずもない。


 人ごみを避けながら裏道を駆使し、徒歩でアパートまで帰り着いたのは、昼を大きく回ったころだった。


「寝てる間に電話が鳴りまくってたの、ひょっとしてこれのせいか……?」


 動くだけならどうとでもなるが、さすがに神経を使えば疲れも出る。

 飯を食って、汗を流して、さっさと寝た。そして、起き抜けにニュースサイトを見て見たら、この有様である。


「どうすんだ、これ……」


 言葉は出るが、打開策は浮かばない。

 居合わせたレミに何とかしてもらうよう頼んではいたが――。


「……そうだ、あの動画っ!」


 昨日、レミに見せられた生配信の動画が脳裏をよぎる。

 ここまで話が大きくなったのは、間違いなくアレのせいだ。もし何かの誤解だったと証明できれば、騒ぎは収まるかもしれない。

 嘘つき呼ばわりされる可能性はあるが、それどころではない。


「れみちゃんねる、だっけか? 連絡先、教えておけばよかった……」


 正直、火を消す宛てはある。しかし、あまり頼りたくない相手なうえ、そもそも火元をどうにかしなければ話にならない。

 慣れない動画サイトの操作に四苦八苦していると、不意に入口の向こうで人の気配を感じた。


(誰か、来た……?)


 ちらとドアを見たと同時に、チープな呼び鈴が響く。

 もちろんインターフォンなどという洒落た設備はないため、誰が訪ねてきたのかは確認しようがない。

 だが、陽人が行動を起こすよりも早く、ドアが激しく叩かれた。


「宵原陽人さ~ん! こちら宵原陽人さんのお宅ですよね~⁉」


「八海テレビですが~! ちょっとお話、伺えないでしょうか~!」


(テレビ局⁉ もう住所までバレたのかよ……!)


 一瞬、玄関先で説明して事を収める、という案が脳裏をよぎる。

 だが聞こえてくる声には、どこか舐め腐ったような雰囲気があった。見ず知らずの人間の住居をいきなり訪ねてくる時点で、ロクな手合いではない。

 ここで出て釈明したところで、余計に話がこじれるだけ。直感がそう告げていた。


(とはいえ、ここまで静かにやってきたんだ。一般人と事を構えて犯罪者扱いなんぞゴメンだ)


 魔素ヴリルを宿した者――魔素持ちホルダーが、その身体能力や魔法を過度に行使することは、厳に禁じられている。


 これが探索者デルヴァーともなれば、さらに厳しい。迷宮ダンジョンの外で力を振るったり、魔法を使ったりすれば、高額の賞金首として世界中の同業者から追われるハメになる。

 追跡中の殺害も許容されているばかりか、もし捕まれば法律ではなく、探索者協会デルヴァーズの判断で処遇が決まるのだ。凶悪犯とされた者がどうなるかは、考えるまでもない。


(もう、ここには戻れねえな)


 腹を決めて、さっさと身支度を始める。探索者デルヴァーとしての戦闘衣に愛用のコート、二振りの得物にスマホ。現金と数日分の衣類を、リュックに詰め込んだ。


 退去届代わりの書置きと、財布から適当に引っ掴んだ札束を封筒に入れた時。ドアが、破れんばかりに叩かれた。


「いるんでしょ宵原さんっ!! 出てきてくださいよ~っ!!」


「みんな、あなたのお話を聞きたがってんすよ~っ!!」


 無視して窓を開けると、外は晴れていた。

 テレビ局の車のおかげか、眼下の道路には寒い中にも関わらず人だかりができていた。ほとんどが若い者たちだが、近所から騒ぎを聞きつけてきたらしい老人たちの姿もちらほらある。


「お、出てきた!」


「窓から逃げるのかな?」


「あんれ、昨日の動画の人じゃないの」


 人々は口々に言いながら、スマホをかざす。

 だが陽人は目もくれずにベランダの手すりに足をかけると、ひと息に屋根へとよじ登った。


「おお~、すごいの~!」


魔素持ちホルダーならあれくらい普通じゃないの?」


「いやあ、身のこなしが年季入ってるぜ。十五年もソロってただけあるよ」


「刀、マジでデカいのな」


「シャドマさ~ん! 昨日のドヤ顔もっかいやって~!」


 聞こえてくる声に応じることなく、屋根を走った。

 部屋の入口の方角にある道は広い。隣に見える民家の屋根まで、およそ十メートル弱。


(力使い過ぎとか民家に飛び乗るなとか、色々怒られるかもしれないが……諸々終わったら謝るっ!)


 アパートの屋根の縁から、ふわりと飛んだ。そのまま、隣家の屋根に危うげなく降り立つ。


「はっ⁉ 飛んだっ⁉」


「おいっ、今の撮ったか⁉」


「なんだよ、あれっ……! Aランどころか、Sラン並じゃねえのっ⁉」


 聞き覚えのある声に振り向くと。 先ほどのテレビ局と思しき者たちが、陽人の部屋の前であたふたしている。


(じゃあな)


 陽人はそのまま走り、屋根を飛び移りながらひた駆けた。



*  *  *  *



 三十分後。

 陽人は駅にほど近い、雑居ビルの屋上に潜んでいた。まだテナントが開店前だからか、人の気配はない。


(どうにか撒いたか。さてさて、レミのチャンネルを見つけねえとな……)


 本日、何度目かの動画サイトチャレンジを再開する。

 レミのチャンネルと思しきものは見つけた。あとは連絡方法を探せば、と思った矢先――。

 スマホのバナーが、ショートメッセージの受信を告げた。登録のない番号だったが、思い切って開いてみる。


『宵原さんの番号であってますか? レミです。気づいたらこの番号に電話ください』


(向こうから来た……っ!)


 即座に折り返してみると、もののワンコールでつながった。


『……はい、レミです。宵原さんですね?』


「よう、昨日ぶり。よく番号が分かったな」


『人付き合いはしてるほうですから。で、動画の件ですよね? 今の状況、何とかできると思います』


「ほう、どうやって?」


『会ってお話したいです。どのみち、二人揃わないとダメな手なので』


 しばし、無言で思考を巡らせる。

 このまま逃げ続けたところで、現状お手上げなのは変わらない。気になる点はいくつかあるが、今より悪くなることはないだろう。


「……いいだろう。場所は?」


『メッセで送ります。バレずに来るの大変かもですが、こっちもバレないようにしておくので。頑張って来てください』


「OK、後でな」


 電話を切ると、即座にメッセージが送られてくる。よほど急いでいるらしい。


(さて、何が出てくるやらな)


 陽人は指定の場所へと向かうべく、雑居ビルの屋上から飛び降りた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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