第3話 川島とハンバーガー

「今からどこかで話できない?」

「できると言えばできるけど」

「じゃあ少し時間作って」


 川島の声は冷たい。

 目つきもそうだが本人にはそんなつもりは無いのかも知れないけど、そういう印象を受ける。

 俺はそれを指摘することなく、彼女と話をするため近くのファーストフード店に入ることに。


 そこは少し大きめの店舗で、百人ほど座れる席がある。

 商品を購入した俺たちは、空いている席に座った。


 川島は注文したハンバーガーを一口食べ、それはそれは美味しそうに咀嚼をする。

 可愛いリスでも見ている気分。

 クールな見た目なのに意外な一面だ。


「ハンバーガー、美味しいよな」

「最高よね。こんなに美味しい物、他に無いわ」


 そこまでなのか、川島のハンバーガーに対しての評価は。


「それで話って?」

「……例えばの話だけど」

「うん」

「あんた彼女いるでしょ」

「……なんで知ってるの」

「それは……風の噂」


 風の噂って、誰も知らない情報のはずだけど。

 どこから吹いた風なのか聞いてみたいが、でも彼女は真剣な顔で先に会話を続けた。


「とにかくあんたには彼女がいて、本当に例えばの話なんだけど、浮気してたらどうする?」

「そりゃ即別れるでしょ。なんで浮気したような奴と付き合いを続けないといけないんだよ」

「結構ドライなんだ」

「ドライってか普通じゃない? 浮気を許す方が異常……とまでは言わないけど、そこまで寛容な心は持ち合わせてないよ、俺は」

「そっか。許さないんだ」


 一体何の話がしたいんだ、この子は。

 俺はシェイクを飲み、口内に広がる甘さを楽しんだ。


「その点、川島は寛大だよな」

「私? 何で私が寛大なの?」

「だって女癖の悪い男の浮気を許してやってるんだろ。癖が悪いってことは何度もやってるってこと。じゃあ何度も許してあげてる、寛大な女性ってことにならない?」

「いや、許してるつもりも無いんだけど……でもそういうことになるのか」

「そういうことになると思うよ。周囲がどう思うかは知らないけど、俺はそう感じる」


 ハンバーガーを食べる手を止め、川島は落ち込んだような顔をする。


「どういう感情?」

「彼氏のことは許せないけど、でもどうしたらいいのか分からないの。付き合うのも初めてだし、どう対処したらいいのかどうか……」

「別れたらいいんじゃない?」

「どうやって別れてって言えばいいの?」

「普通に浮気したから別れてって。それで終わりだろ」

「そんな簡単に終わるものなの?」


 川島はこちらを見据えて真面目にそう聞いてくる。

 この子は世間知らずのお嬢様か。

 なんでそんな簡単なことも知らないんだよ。


「というか、そもそも根鳥は悪評が酷かったのになんで付き合ったんだよ。あれとまともに付き合う人なんて、学校にはほとんどいないと思うけど」

「そのほとんどいないはずの人間になっちゃったってことだ、私は」


 彼女は落ち込みながらもハンバーガーを再び食べ始める。


「守ってくれそうだったから。強いのは知ってたし、周りにも付き合った方が良いって言われたし」

「周りって、誰? クラスメイト?」

「ううん。根鳥の友達周り」

「そりゃそう言うだろう。根鳥の周りってことは、碌でもない連中だろ」


 静かに頷く川島。

 俺は呆れてしまうが彼女なりには本気のようで、どうするべきかまだ迷っている様子。


「とりあえず、これからどうしたいんだ?」

「どうしたい……別れたいかな。評判も悪いし、浮気もしまくってるし。付き合ってる意味もこれ以上無い」

「じゃあ結論が出てるじゃないか。別れ話をしてお別れ。それで万事解決だ」

「……でもまだ別れるわけにはいかないの」


 真っ直ぐ俺を見る川島の口には、ケチャップがついている。

 それが何だか可愛く思え、俺は笑いながら手を伸ばす。


「ち、ちょっと、止めて!」

「あ、ごめん」


 本気で怒る川島。

 ナプキンで口を拭こうとするが、全力で拒否された。

 仮にも彼氏がいる女性に対してすることではなかったな。

 俺は反省し、もう一度頭を下げる。


「ごめん。ちょっと考えが足りなかった」

「……いいの。私、潔癖症で人に触れられるのが嫌なだけだったから」

「そうなの? だったら余計悪いことしたな。口元にケチャップが付いてたから取ってあげようと思ったんだけど」

「え、ケチャップ付いてる!?」


 川島は顔を真っ赤にして、カバンからアルコール除菌シートを取り出し、自分の口周りを拭き出した。

 その様子が愛らしくもあり、面白かったので俺は笑い出してしまう。


「な、何?」

「いや、川島が可愛いからさ」

「か、かか、可愛い? 私が可愛いって!?」

「いや、可愛いでしょ。学校でも有名だぞ、美人で」

「えええっ!? そんなこと一度も聞いたことないけど」

「何で聞いたこと無いんだよ! その方がおかしいだろ」


 いや待てよ。

 根鳥の彼女ってことで話かけられていない可能性がある。

 可愛くても近づけない、手を出してはいけない危険な高値の花。

 それが皆が考えている、川島への印象なのかも。

 だけど高校に上がる前も含めて、これまで言われないのもおかしな話だよな。


「多分、根鳥が怖くて言えなかったんじゃないかな」

「そうなんだ。そこまで嫌われてるんだね根鳥って」

「もう別れた方がいいのは確実だろ。これから付き合い続けても、良い未来は待ってないよ」

「良い未来か……私にそんな未来が訪れるかな」

「訪れるでしょ。川島が本気で掴もうとするなら」


 俺の言葉に、初めて川島が笑顔を見せてくれる。

 遠慮がちな笑みだがその破壊力はすさまじく、彼女がいる俺の胸にも響く。

 危ない危ない。

 恵と付き合ってなかったら、この場で告白するところだ。 

 そう思えるほど、川島の笑顔は素敵だった。


「とにかくさ、幸せなんて自分次第なんだから。彼氏がいた方が幸せだと思うなら、いい彼氏を探せばいいと思う。幸せになれることが他にあるなら、それを追求すればいいよ」

「幸せの追求……何を持って幸せって感じられるんだろう」

「それを知らないなら、それを探すところから始めればいいんじゃない?」


 ハンバーガーを食べ終えた川島は「そっか」とだけ短く呟く。


「じゃあさ、その幸せ探し、手伝ってくれない?」

「何で俺が?」

「色々と理由はあるんだけど……」

「え?」


 川島が何かを言ったのだが聞き取れなかった俺。

 もう一度彼女に聞いてみることにした。


「なんて言ったの?」

「何も。で、手伝ってくれるの、くれないの?」

「ん~……どうするかな」


 これは迷うところだな。

 なんで他人の幸せ探しを俺が手伝わないといけないのか。

 その理由にもまだ答えてもらっていない。


「まずはゲームの手伝いからお願い。まだ始めたばかりで、ルールもいまいち理解してないんだよね」

「さっきのゲームのことなら任せてくれ! そういうことならいくらでも手伝ってやる」

「ありがとう」


 なんだか乗せられたような気がするが、まぁいい。

 川島はゲームを起動し、ジュースを飲みながら操作方法を訪ねてくる。


「まずはどうやって触るの?」

「……一緒のゲームをやってたはずなのに、触り方も分かってない?」

「あ、えっと……ほら! ここに表示されてるのを追いかけてただけなの。それ以外はまだ分かんない」


 美人な川島が必死な姿。

 どんな顔をしていても美人は美人だな。


「また明日から教えるよ。これ以上やってたら遅くなるだろ」

「そうね……じゃあ明日からお願い」

「分かったよ。でも根鳥に絡まれるのは面倒くさいから、俺のことは話さないでくれよ」

「うん、分かってる。話さない。話せるわけないじゃない」


 また少し落ち込んだような表情浮かべる彼女。

 しかしまだ別れられないって、どんな理由があるのだろう。

 その理由が俺に分るはずもなく、俺は川島の表情を眺めるばかり。

 だが明日からゲームのことを教えてあげることになった。


 このゲームをしている友人が一人もいないから、俺は胸を躍らせる。

 あ、そもそも友人がほとんどいないんだった、俺。

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