カクヨムに投稿されるネット小説の主人公になった

あっとまーく

第1話





「これから私が執筆するネット小説の主人公に、あなたを選びました」


「…………は?」




 聞き覚えのない無機質な声で目が覚めた。こんな気味の悪い音声を、目覚ましに設定した覚えはないんだが。俺は一人暮らしで、S○riの物真似をして起こしに来てくれるような家族も友人ももちろんいない。



「お前は何を言っているんだ?」



 ネット小説? 主人公? 

 何のことかさっぱり分からん。

 俺は東京生まれ東京育ち、何の変哲もない高校生『工藤涼介』だ。主人公とは程遠い、モブ中のモブである。




「と言う設定も、今私が考えました」


「意味の分からないことばっか…………って、ここどこだよっ!?」




 目を開けると、そこは四方八方“白”が永遠と続く何も無い空間だった。




「ここは物語の始まりです。主人公である『工藤涼介』、あなたの設定だけを構築した段階なので、周りには何もありません。世界にはあなたと、作者である私しか存在していないのです」


「…………は?」




 目覚めから数秒が経ち、脳みそも稼働し始めたが、やっぱり何言っているのか分からない。

 唯一理解できるのは、脳内に直接語りかけてくる自称作者の言う通り、ここには何も無いと言うことだけ。


 コイツの言葉を借りるのは癪だが、ネット小説の、それも異世界転生モノの始まりでよくありそうな空間だ。神を名乗る謎の音声に導かれて、異世界に転生する。その場合、背景は真っ白なことが多い気がする。


 あなたをネット小説の主人公に選びました。

 自称作者は最初、そう言っていたよな。

 ってことは、俺はこれから異世界にでも飛ばされるのか?




「先ほど言った通り、世界設定もシナリオも、物語の登場人物も、何も決めていません。存在するのは工藤涼介、あなたの設定だけ」


「あのさ、さっきから設定設定設定設定って、やめてくれないかな。俺は工藤涼介、17年間ちゃんと生きてきた1人の人間だ」


「…………分かりました。まずは貴方に、自分が物語の登場人物であることを自覚してもらいましょうか」


「何をするつもりだ」


「そんな身構えなくても大丈夫です。少しだけ、質問に答えて下さい」


「……分かった」


「ではまず、名前と生年月日、星座と血液型を教えて下さい」




 知らん奴に個人情報をペラペラ話したくは無いが、俺がお前の考えた設定などではなく、1人の人間だと証明するためならば、腹を括ろう。




「名前は工藤涼介。2007年9月24日生まれの17歳。星座はてんびん座、血液型はAだ」


「ありがとうございます。では、あなたの名前の由来は何ですか?」


「由来……?」




 名前の由来。

 特別珍しい名前では無いし、気になったことすらなかった。父から教えてもらった記憶も無い。

 




「知らないですよね。それはそうです。名前の由来まで、細かく設定を考えていないので」


「設定じゃ——」


「——というか、山○涼介って知っていますか? アイドルの。さっきテレビに出てたので、それであなたの名前を涼介にしたんですよ」


「……いちいち癇に触る言い方をしやがって。こっちが名前の由来を知らないからって、適当言うのも大概にしろ」


「分かりました。ではもう一度、お聞きします。あなたの名前の由来は何ですか?」


「は? 何で同じ質問…………は?」




 脳内で、が起きている。


 名前の由来。

 記憶を辿ると、手前の方にそれは存在した。


 母さんが男性アイドル好きで、グループ結成したばかりの、山○涼介からとった。山○涼介がテレビに出る度に、母さんは毎回その話をする。俺は耳にタコができるまで、その話を聞かされている。昨日、寝る前もそんな会話をした覚えがある。


 これは自己紹介での鉄板トークになっている。


 何だこれ。




「Hey! Say! J○MPって、2007年9月24日結成なんですね。あなたの誕生日と一緒だ。すごい偶然、由来にはちょうど良いですね」


「黙ってろッ!」




 さっきまでなかったはずの記憶が、元々あったかのようにそこに存在している。俺は名前の由来なんて知らなかったはずだ。そもそも母親が男性アイドル好きだったなんて、聞いたこともない。いや、聞いたことあるんだけど、さっきまでは確かに知らなかった。


 何が、起きたんだ。




「今、工藤涼介の設定に名前の由来を追加したんですよ。後付けにしては最高の設定になりましたね」


「そんなわけ……」


「両親との仲は良好ですか?」


「え……両親とは……」




 自称作者はこっちの動揺なんて気にも留めず、淡々と質問を投げかけてくる。


 父とは、長らく話をしていない。

 学費も生活費も全て払ってくれていて、不自由のない生活を送らせてもらっているが、関係は冷え切っている。


 母は、俺を産んですぐに亡くなってしまった。病弱だったらしく、出産に体が耐えられなかったのだ。


 俺さえ産まなければ、愛する人が亡くなることはなかった。父はきっと、俺を恨んでいる。




「お母さん、亡くなっているんですね」


「ああ」


「お母さんとは、直接話したことがないんですね」


「ああ」


「では、名前の由来は誰から聞いたんですか?」


「それは母さんが…………ああ?」




 母は俺を産んですぐに亡くなった。


 名前の由来は母が好きなアイドルからとった。そのアイドルがテレビに出る度、母は俺に説明してくる。


 母は俺を産んですぐに亡くなった。


 名前の由来は母が好きなアイドルからとった。そのアイドルがテレビに出る度、母は俺に説明してくる。


 ハハハ俺ヲ産んデすグに亡くなッタ。


 ナマえノ由来はハハが好きナアイどルからトった。そのアイどルガてれびニデル度、ハハハオレニセツメイシテクル。


 ドウシテ?

 シンダハハガ?

 フタリ?

 オナジ?




「ドウシテ?」



























 



 

 



「なるほど。設定の矛盾を登場人物本人が自覚すると、精神が崩壊してしまうんですね。私も小説を書くのが初めてなので、分からないことだらけです」




 またしても気味の悪い脳内音声で目が覚めた。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 キャラクターの設定に矛盾が生まれるなんて日常茶飯事です。

 気を付けなければいけませんね。キャラクターが発狂しちゃいます。


 









 



 

 




 




 

 




 



 


 

 



 

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