ラーセンカの小さな冒険(短編)

丸尾裕作

ラーセンカの小さな冒険

「ぐぅうううううううううう」

 

 腹の音が空しく響く。

 

 誰もいない広大な草原の真ん中で俺、ラーセンカ・ヒョウはひとり、倒れていた。

 スキルゼロ、Lv.1、武器すら持たない俺は、雑草を食べて、必死に腹をごまかしてきた。この辺の食える草は全て食ったと言っても過言じゃない。

 

 もはや、雑草イーターだ。


「いかん、いかん、俺、ラーセンカ様に雑草イーターなんてかっこいいあだ名をつけてしまった、なっはっはっ、うぅー、腹減った。」


 無理に元気にふるまったが、空腹は全く治らない。

 もう1週間も飯を食べていないせいで、思考力にも限界が来たようだ。

 自分の顔もペタペタ触ると、頬の肉がまったくなく、鏡なんぞ見なくても痩せているんだろうなぁとわかる。

 暗い考えしか浮かばないので、首を振って、俺は余計な思考を追い出す。


「そんなことに誇りを持ってどうする、まずは肉を食いたい、精力をつけていずれは女の子にモテモテの勇者になるんだ、うへへ」


 美少女のパーティーメンバーを入れるというのは俺の夢の一つ。

 普段はモテモテの自分を想像すれば、陥没しそうなほど空っぽな胃袋のことも束の間忘れられる。


 しかし、現実問題、まず飯だ。なんとかして、金を稼いで、肉を食いたい。

 イメージを強くすれば、物が手に入るということを聞いたことがある。

 やってみることにしよう。

 ぽわわーんと骨付き肉を視覚、味覚、嗅覚など五感をフルに使って、イメージをする。


「ぎゅるるうううううううううう」


 余計にお腹が減ってしまった。

 自分のイメージ力の豊かさが憎い。


 俺は頭をぶるぶると振って、思考をなんとか切り替える。

 肉を得る手段は二つだ。


 ひとつめはモンスターを倒して、その肉を食うこと。

 しかし、俺には武器もなく、素手で仕留められるスライム以外は倒すことすらできない。ウルフやゴブリンとの戦闘となると、生きて戻れる保証はない。冒険を始めたばかりでそんな無茶をする阿呆はいないだろう。


 となると、残りの手段だ。モンスターと戦わずにすむをクエストをして、金を得るしかない。雑草が取れる、ということは、薬草も取れるということだ。

雑草は金にはならないが、薬草探しのイベントがあれば金になる。

 雑草だけなら死ぬほど食ってきたから俺は詳しい。

単純に薬草を取りに行く報酬100Gのイベントでいいんだ。

 それなら俺でも簡単にできるはずだ。


「なんだ、楽勝かも!」


 前向きな気持ちで身を起こし、手近にあった草をむしって口に押し込む。

 頬張るといつもの苦い味が口の中に広がった。 

 良草は口に苦しとひたすら自分に言い聞かせる。


 

 草原から半日かけて歩き、街の中にあるギルドに到着した。

 ぎぎぃーっと扉を開ける。

 中には受付があり、受付嬢が一人、カウンターの中に座っている。


「ギルドに加盟したいんですけど」


「はい、では、この書類を書いてくださいね」


 受付嬢がにこやかに笑って対応してくれた。


 ラーセンカ・ヒョウ、と自分の名前を書く。スキルなどの詳細も記入する欄が沢山あるが、俺の場合ほとんどが空欄だ。


「クエストをしたいんですけど」


「はい、パーティメンバーが3人以上じゃないと駄目です」


「えっ」


 てっきり、すぐにクエストに出発できるものだと思っていた。メンバーが3人以上じゃないとダメだなんて……。


「聞いてない!」


「はい、今までは平気だったんですけど、最近モンスターの脅威が活発となっているため、だめなんです」


「この薬草採取、クエストレベルGもだめなんですか?」


 クエストにはAからGまでランクがある。難易度が最も高いものがA、最も低いものがGだ。最低ランクのクエストでもできないというのか。


「だめですよ」


 受付嬢はにべもない。

 

「もう金が今すぐ必要なんです、絶対必要なんです」


 俺は必死に頼んだ。


「だめです」


「お願いします、靴でもなめますから」


 土下座も俺は辞さない。


「いやです」

 

 あっ、受付嬢の顔が笑顔なのに超怖い。靴をなめる、は余計だったようだ。


「じゃ、じゃあなんとか、パーティメンバーを連れてくるしかないんですね」


「ええ。同じ理由でクエストに出られない冒険者たちもいらっしゃいます。酒場などで情報収集されてはいかがですか?」


 受付嬢は少々事務的ではあるが、次の行動のヒントを教えてくれた。ここは一度引き下がるしかない。メンバーを確保しなくては。


 ※


 すっかり日が暮れてしまった街を、歩いて酒場に向かうことにする。

 木製のドアは開かれており、中から明かりと音楽、そして香ばしい肉の匂いが流れてきた。

 金は無いから、何も呑めない。何も食えない。

 ぐっと握りこぶしを作って、空腹に耐え、店内に入った。


 できれば、美少女の女の子がメンバーになると嬉しい。

 おっ、強そうな美少女魔法使いがいる。

 マジックハットをかぶっていて、スタイルもよくて、立派な魔法の杖も持っている。しかも、一人でいる。

 もしかしたら、声をかけてもいいかもしれない。


「すいません、パーティメンバー組んでもらえませんか?」


「はあーっ?」


 震えあがるほどの鋭い視線で睨みつけられた。


「ごぺんなさい」


 怖い。恐怖に震えていると、ガタイのいい男が魔法使いの横に現れた。


「なんだよ、俺の連れに用か?」


「あっ、ディラン! よかったあ~、なんか、きょどったキモい奴に声かけられてぇ」


 ガタイのいい男に魔法使いのお姉さんが豊満な胸を押し付けて、くねくねと困ったように体を寄せる。


「はぁーん?」


 今度は男性が、苛立ちを露わに眉間に皺を寄せる。


「ごめんなさーい」


 俺は脱兎のごとく、その場を去った。


 ※


 目立つ行動は控え、酒場の隅から、手を組めそうな冒険者がいないか、全体を見渡す。

 すると、反対側の隅で暗くたたずんでいる人がいた。

 なぜか、ワカメを頭に被って、ずーんと暗い雰囲気を全身から発している魔法使いだ。


「調子に乗ってすいません、調子に乗ってすいません、調子に乗ってすいません」


 何やら、悲しい独り言が聞こえてきた。

 かなり奇妙ではあるけれど、周囲に連れはいないようだ。


 気になって近づくと、何か、匂ってきた。

 匂いの正体はすぐに判明した。

 魔法使いの周りには、魚の頭やタマゴの殻などの生ゴミが散らばっており、鼻をつまみたくなるような腐敗臭が漂っている。


「あのー」


「ゴミみたいな私に話しかけてくれるだなんて、もしかしてゴミ掃除にしてきたんですか?」


「へ? ゴミ掃除?」


「コミナという粗大ごみを掃除しに来たんですよね、ははは」


「コミナって……」


「私の名前です」


「いや、ちょっと、そんなわけじゃ」


 なんて自虐的で暗い発想の魔法使いなんだろう。ドン引きしていると魔法使いは泣き出してしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「ちょっと、ちょっと! 何で泣くの?」


 周りが異変に気づいて、ざわめき始める。冷たい視線が俺に集まってくるのを感じた。


「あいつが泣かせたのか」


「えー、ひどい」


えっ、俺、何もしていないのに。

 周りの人たちだって、彼女のことを遠巻きに見ていたはずだ。それなのに、ひどくね。

 俺は急いで、女の子を慰める。よく見ると年齢は俺と同じくらいの少女だった。

 銀色の髪をしていて、グリーンの瞳をしている。ダボダボの黒いローブを着て、かなりの小柄だ。でも、なぜか胸だけはすごく大きい。


「俺はただ、パーティ組みたいと思って」


 パーティという言葉を聞くと、彼女のグリーンの瞳に小さな光が宿った。


「私なんかと組みたいんですか? 嘘じゃないですか?」


「へ?」


「こんなゴミまみれの私と組みたいんですか? ……あたし、魔法使いなのにゴミなの。ゴミを作る魔法しかできないの。例えば……ファイアー」


 しょぼくれた調子でコミナが呪文を唱える。すると、生ごみを燃やしたような、生臭さと煙臭さの入り混じった匂いが漂う。


「うっ、おろろろ」


 余りに臭すぎて吐いてしまった。空腹なのに吐くものがあったことに驚く。

 これ以上、体力を失うわけにはいかないから、急いでガスマスクを装着する。


「そこまでして私と組みたいんですか?」


「しゅこー、しゅこー」


 マスク越しでなんとか話す。


「あっはっは、面白いね、あなた」


 すると、変な女が寄ってきた


 黒い短髪に髑髏の髪留めを付け、不気味に光るネックレスを付けている。装備は防御力の弱そうなビキニアーマーに、古びた紫のマント。黒い洞穴のような瞳で、赤い唇はニヤニヤ笑いを浮かべている。


「あたし、メリナ。ゾンビの彼氏と結婚することが夢なの〜あたしと組まないと呪うよ〜」


「はあ? 俺はゾンビじゃないぞ」


 メリナがにやにや笑いはじめる。


「いや、ゾンビだからマスクで素肌を隠しているんでしょ。それにすご〜く臭いし〜。嘘はついちゃだめよ〜」


「誤解だあああああああああああああ」


 メリナを押し返す。

 いや、待て。俺とコミナとメリナでパーティが作れるじゃないか!


「いや、待てっ! 一応、人間は二人いるんだ、クエストにはいけるかも」


 コミナが目を輝かせていた。 


「ごみじゃなくて、人間扱いしてくれます」


「ねぇ、けっこうこれでもあたしらひどい扱い受けてるんだけど」


 メリナが呆れたかのようにこっちを見ていた。

 

 いや、こんな大変な奴らと組もうとする俺もえらいだろ。


 俺はマスクをつけたまま、コミナとメリナを連れてギルドへ戻り、クエストを申請した。


「パーティメンバーが揃いました、クエスト受注します」


「うわーよかったですね、素敵なパーティですね、おめでとうございます」


 なぜだろう、受付嬢の笑顔がすごく嘘くさい。


「では、こちらの薬草のクエストをお願いします。場所は西の草原。採集いただく薬草は紫色の実をつける、フルフルーンです。期限は明日の夕刻、ギルドまでお持ちいただければ換金致します」


 事務的に依頼を書いた羊皮紙を差し出され、俺たちの初めてのクエストが始まった。



 翌朝。


 野宿をし、雑草で腹を誤魔化した俺たちは薬草フルフルーンが生えている西の草原にやってきた。

 胸までの高さの草が茂る、道なき道をひたすら歩く。

 

 見通しが悪く、いつモンスターに出くわすかわからない。


 ちなみに、コミナのローブ以外、パーティ全員が防具も武器も持っていない。

 少しでも薬草を早くゲットして戻らないと全滅の危険がある。


「あっ、あそこにフルフルーンが」


 鈴をぶら下げるように紫の実を付け、細いノコギリのような葉を付けた薬草の姿をコミナが見つけた。しめた!と思ったが、


「スライムもいるよ〜」


 メリナの一言が喜びを相殺する。

 よく見ると、薬草の根本に緑色のスライムがいた。大きさは小さめの犬くらい。丸いしずく型で、小刻みに震えている。気づかずうっかり踏んでしまったら、足がスライムの体に同化されて無くなってしまうところだった。


「私の土ゾンビに任せて〜」


 メリナが呪いで土ゾンビを生成する。


「待てっ、余計なことをするな!」


「うおおおおおお」


「なんでメリナが声を出すんだよ?!」


「ゾンビにはリアリティがいるじゃな~い?」


 ふふっとなぜか頬を上気させて気味の悪い笑みを浮かべるメリナ。


「そういうことじゃないだろ!」


 がさがさっ。物音がしたのはまさにスライムがいたフルフルーンの根元からだ。


「あれっどこいった?」


 スライムは元居た場所から少し横に移動していた。ぷよんぷよんと揺れながら、明らかにこちらを警戒している!


「くそ、気づかれたあっ!」


 スライムの殺気が、俺の叫び声にフォーカスされる。スライムは、最弱のモンスター。しかし、最弱ゆえに捨て身の攻撃を厭わない。『攻撃は最大の防御なり』ってやつだ。


「もー。お二人のせいで見つかりましたよ!」


 コミナが不満たっぷりに頬を膨らませる。


「いや、もっと慌てろよ! うわ!」


 スライムが俺に向かって飛びかかってきた。

 ビシィッ!!!

 鞭で打たれたような衝撃の後、俺の腕から血が吹き出す。


「嘘だろ、スライムのくせにぃぃい!」


 悶絶する俺を支えながら、コミナがため息をつく。


「装備ゼロ、Lv.1ですもんね。よっわ」


「弱くてすんませんね! つーか、攻撃、攻撃! なんでもいいから頼む、コミナ!」


「はいはい、ウォーター」


 コミナが叫ぶときらめく聖水……ではなく、モンスターが喜びそうな生ごみの汁が降ってきた。スライムはそれを浴びると、ひるんだように体を凹ませる。

 よし、なんだか効いているみたいだ。


「いいね~臭さアップ~うふふ、私もがんばるぅ~」


 ついでにメリナのやる気もアップしたみたいだ。


「出でよ、土人形~! うおおおおおおお」


 暗黒のオーラを吹き出しながら、メリナがまた盛大に呪いをかける。

 ぼこっと足元の土が盛り上がり、ずぼっと現れた泥まみれの手が俺の足を掴んだ。


「うぎゃあ! 俺じゃない、スライム、スライム! あっちいけー!」


「あ~臭いから、モンスターに間違われたね~さすがゾンビ人間」


 臭いのはコミナのゴミ水のせいなのに、なんて酷い展開だろう。

 俺は足にもダメージを負い、膝をつく。

 スライムは弱った俺に気づいたのか、また殺気をこちらに向けてきた。


「くうっ」


 やられるのか、と目を瞑ったとき、ドン!という衝撃音が響いた。

 目を開けると土人形が盾になり、スライムに食われている。

 た、助かった!


「いいぞ!」


「こいつ、ゴミも食べますかね? ビッグトラッシュー」


 コミナが叫ぶと、ドカン、と腐った何かの肉が降ってきた。これまで以上の臭さに、思わず身をのけぞらせる。


 いや、チャンスは今しかない。


 俺は怪我を負った足を奮い立たせ、土人形とゴミ肉を食おうとしているスライムに近寄ると、両手を握り合わせて降り下ろした。


スライムがゴミに覆いかぶさり、ごみを食って、大きくなっていく。



 がしゅっ!


 ゼリーを切り裂くように、スライムが半分に千切れる。


「よ……よし! スライムを倒したぞ!」


「めちゃくちゃ低レベルな戦闘でしたが倒せましたね」


 コミナが仁王立ちで額の汗を拭く。


「いえ~い、初勝利~」


 メリナはマントをはためかせて、飛び跳ねた。

 千切れたスライムは再生する可能性もあるので、すぐにその場を離れなければならない。フルフルーンを丁寧に切り取ると、コミナとメリナの肩を借りて急いで街のほうへと移動を開始した。


「手を煩わせて、すまねえな」


 女の子ふたりに支えられているのが情けなくてそう繰り返す俺。


「気にしないでください。ラーセンカも頑張りました」


 コミナが生真面目に応じる。


「そうよ~。素手でスライムぶっ潰すなんて、ゾンビだったらマジで惚れてるわ~」


 メリナもニヤニヤと暗い目つきで俺を眺める。

 理想とは違うパーティだけど、悪くない仲間かもしれない、なんて。

 傾く西日を浴びながら、俺はちょっとだけ、これまでとは違った充実感を感じていた。

 

<END>


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ラーセンカの小さな冒険(短編) 丸尾裕作 @maruoyusaku

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