第10話

エリオットの言うお気に入りの場所に彼の馬車で向かう。馬車の中はとても落ち着かない。

「ねぇララ」

「な、なんですか」

「隣に座ってもいい?」

「え、」

エリオットはやっぱり寂しそうな顔をしている。そして私はその顔に弱い。

「………いいですよ」

「やった」

彼は笑顔になって私の隣に座る。

「ね、その敬語やめない?」

「え、いやでも……」

「いいから。せめて今日だけ」

「………分かり、わかった」

「よし」

貴族相手に敬語を外すって………私はどういう扱いなんだろう。彼は満足げだし。

「ララっていう名前は、今のご両親に付けてもらった名前?」

彼が唐突に話し出す。

「うん、そう。拾ってもらったときにララって名前をくれたの。自分の名前は覚えてたんだけど、あまり話したくなくて」

「そうか………その前はララはどんな子だった?僕はあの時と今の君しか知らないから気になるな」

お互い正面の虚空を見つめながら話す。

なんとなく目は合わせづらかった。

「う〜ん………よく言われたのは元気、かな」

「今と一緒だ」

彼は嬉しそうに笑う。

「でもとにかく甘やかしてもらってたのは覚えてる。だから幼かったのもあってちょっとわがままだったかな、今思うとだけど」

少ない昔の記憶を思い出して思わず笑みが溢れる。幼かったしとても遠い記憶になってしまったから思い出せることはそこまで多くないけど、両親や周りの人達にめいいっぱい愛されていたのはずっと憶えている。

「わがままかぁ………今はむしろ遠慮しすぎかな?昔会ったときもあげるって言ってるのに凄く躊躇してた記憶があるよ」

「確かにそうかも。あの時は本当に、そもそも私に話しかける人がいなかったし、例え小さな花でも自分になにかをあげようとする人がいるなんて、ってびっくりしてたんだもん」

たった1輪の花であんなに幸せな気持ちになれるって知ってるから逆にたくさんもらうのはなんだか気が引けてしまうのかもしれない。

「僕はあの時本当に何も考えずに渡してたよ。それなのにあんなに嬉しそうに笑うから、それが素敵だな、って思ったんだ」

「………そうなんだ」

そんなこと思ってたんだ。

「なのにその後急に泣き出すからそれはそれでびっくりしたよね」

彼は楽しそうに笑う。

「あれは、だって父様や母様が言ってたことと同じことを言われてなんか、悲しくなっちゃって………」

「そっか………それで泣いちゃったんだ」

「そう」

そこで会話が途切れる。

ちょうどそこで馬車が止まった。

ふと窓から見える景色を見ると、とても綺麗な花畑が広がっていた。

「ここが、お気に入りの場所?」

「そうだよ。降りようか」

彼にエスコートされて馬車から降りる。

この花畑は、1面青い花で埋め尽くされていた。

「この花って………」

「そう。僕があの時君にあげた名前の分からなかった花だよ」

彼は嬉しそうに言う。

というか、分からなかった、って………。

「この花はね、僕があの時見つけたのは本当に偶然でまだ未発見とされている花だったんだ。あの辺りはたまたま自生していたんだね」

そんなすごい花だったんだあれ………。

何も知らないままただの思い出になっていた。

「それで君と別れた後その花のことを話したら新発見だ!ってなって周りが大騒ぎになっちゃって。それで僕も色んなところにお呼ばれしたりしてたから行く余裕がなくなっちゃったんだ。それで約束を果たすのにこんなに遅くなってしまった。本当にごめんね」

そんなことがあったなんて、全然知らなかった。私の今住んでいる辺りは中心部からかなり離れているから情報が遅い、というかほとんど入ってこない。重要なことは通達されるけどきっと花のことなんて伝わってこない。

「ううん………」

なんだか一気に色々なことが分かって情報過多になってしまったのか曖昧な返事になってしまった。すごいなぁ…………。

「それでね、花の名前も僕が決められたんだ」

あ、そっか名前。新発見ってことは今まで見つかってなかったってことだから名前もなかったはず。エリオットはこの花にどんな名前をつけたんだろう。

「『フィーリィ』って名前をつけたよ」

その名前は、聞き覚えがあった。

聞き覚えがあるどころじゃない。

「私の、愛称…………」

「そうだよ」

彼はいたずらが成功した子供みたいに楽しそうに笑っている。

「なんで………」

エリオットが知っているはずないのに。

「この花のことで色んなところを走り回っている中で君のことも知りたくて調べてたんだ。そうしたら、オフィーリア・シャルタンという名前に行き着いてね。そこからまた調べていったら君の乳母をしていたっていう人に会えて色々話を聞いたんだ。それで愛称のことも知ったし、あの時会った子がオフィーリア・シャルタンだっていう確信も持てた」

彼は少し申し訳なさそうな顔をした。

「そっか………………なんか、すごいね」

彼は私の言葉に不思議そうな顔をする。

「私はあの時ひとりぼっちだと思ってたしすごく寂しかったのに、貴方に出会ってからいいことばかり起こる。幸せに暮らせて、色んな人と関われて、こうして貴方と再会できて」

私は彼に向けて笑いかける。

「僕と会うのは嫌じゃなかったの?」

彼は悲しそうな顔でからかうような声で言う。

「最初はね。もう思い出として自分の中では終わっていたのに再会しちゃったら、せっかく仕舞ってたのが出てきちゃうでしょ。それが嫌だったの。でもずっと構ってくるし今日だってこっちの意思とは無関係に連れてっちゃうし」

「それは………ごめん」

少しからかうように言うと彼は申し訳なさそうな顔をする。

「でも今日すごい楽しかった。全然短い時間なのに、すごい楽しかった」

こんな短い時間で、私は彼を好きになってしまった。きっと幼いあの頃会った時にすでに本当に好きだったのかもしれない。

「ありがとう、エリオット」

初めて名前を呼んだ。恥ずかしくなってすぐに景色に視線を向けて誤魔化す。

彼はしばらく何も言わなかった。

どのぐらい経ったか分からないけど、やっと彼が口を開く。

「ねぇフィーリィ」

「……なに?」

「僕ね、君のことが好きだよ」

驚いてなのかなんなのか、よく分からないけど何も言えなくなる。

彼の表情がとても真剣で、あまりにも真っ直ぐ見てくるから余計にどうしたらいいか分からなくなってしまう。

私、私は、どうだろう。いや、好きかと聞かれたら好きだ。恋愛感情としてある。

でもここで応えてもいいものだろうか。

昔は仮にも貴族だったとはいえ、貴族の血を引いているとはいえ、すでに他の家族はいないのだし私はもう庶民としての生活を長く送っている。今更貴族にはなれないだろう。

対して彼は今も昔も貴族だ。

俯いてしまった私に彼は言う。

「身分のことを気にしてるなら大丈夫だよ。シャルタン家には君以外に生き残りがいるし、ずっと君のことを探してる。きっと温かく迎え入れてくれる」

初めて知ることに思わず顔を上げる。

「貴族らしい振る舞いなんてこれからいくらでも身につけられる」

何も心配はしなくていい、と彼は言う。

「泣かないでよ、フィーリィ」

知らないうちに涙が溢れていた。

どこまでも私のことを考えてくれているのだと実感してしまった。

そんなの嬉しいに決まっている。

「私、貴方が好き」

泣きながら言ったせいでちゃんと伝わったか不安だったけど、優しく抱きしめてくれたからきっと伝わっている。

「大好きだよ、フィーリィ」

この声はとても優しかった。

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