あの花の名前は
解月冴
第1話
寂しかった。
もう誰もいないから。
もう何もないから。
全部燃えてなくなってしまった。
私の好きだったもの。
私の大事だったもの。
お父さんも、お母さんも。
誰も頭を撫でてくれない。
誰も抱きしめてくれない。
誰も名前を呼んでくれない。
誰も笑いかけてくれない。
ただ、寂しかったの。
「ねぇ、これいる?」
「………ぇ?」
突然物が目の前に現れ、それの持ち主が自分を見ていることに驚いた。
「これね、さっき見つけたんだけどなんて言う花かわかんなくて」
私のことなんてお構い無しに、その男の子はそう話し出す。
「…………そうなんだ」
「誰に聞いても分からないんだよ」
その子の持つ花に目を向ける。
私も初めて見る花だった。
「……きれい」
思わずそう呟くと男の子は嬉しそうにずい、と顔を近づけてくる。
「でしょ!?すごいきれいだなぁと思って持ってきたんだけど、君この花の名前知らない?」
その勢いに少しびっくりする。
「…しらない」
「そっかぁ…」
正直に答えると男の子は残念そうだった。
「じゃあ、やっぱりこの花あげるよ」
「え?」
「わかんないんじゃ持ってても仕方ないし、君の目の色がこの花と似てるから」
「あ……」
言われて気づく。
この花は私の目と同じ青色をしていた。
「ね、もらってよ」
男の子は私に半ば押し付けるようにしてその花を渡してくる。
貰っても枯らしてしまうだけだけど、自分の目の色と似ていると言われたせいかその花に愛着のようなものが湧いていた。
「……ありがとう」
「あ、笑った」
男の子が私の顔を見てそう言った。
なんだか久々に笑った気がする。
「いいね、君は笑顔がとてもすてきな子だ」
「え」
「えっ!?あれっなんで泣くの!?ご、ごめんなにかいやなこと言っちゃった!?」
私はいつの間にか泣いていた。
「ううん……………うれしかったから」
手で涙を拭って男の子に向かって精一杯の笑顔を向けてみる。
「そっか………よかった」
そう言って安心したような笑顔を浮かべる男の子の方が、ずっと素敵だと思った。
「エリー!!どこにいるのー!!」
女の人の声が少し遠くから聞こえてきて、男の子は振り返った。
「あっ、お母様が呼んでる」
「いっちゃうの………?」
思わず声に出していた。
男の子は少し困ったように笑う。
「ごめんね、僕は違うところに住んでるから帰らなくちゃいけないんだ」
また一人になっちゃう。
そう思ったらとても寂しくて花を握る手につい力が入る。
「でもまた来るよ!きっと!」
男の子は少し焦ったように早口で言った。
「エリー!!どこなのー!!」
声が少し近くなった。
「ごめん本当に行かなきゃ。また来るから、それまで待っててくれる?」
男の子は地面に座っている私に目線を合わせて、小指を差し出してきた。
これは知ってる。約束をするときの指切りだ。
「………うん、まってる」
私は恐る恐る自分の小指を差し出した。
そうすると男の子はしっかりと指切りをして綺麗に笑うと、そのまま声のする方に走っていってしまった。
綺麗な青色の花はいつか萎れて枯れてしまう。
それでもこの思い出だけは、絶対に色褪せないだろうと思った。
あの子はきっともう来ない。
だからこの花は枯れても大事にとっておこう。
私の中の思い出と一緒に、とっておこう。
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