雪だるまの姉は巨大ロボットだった
もさく ごろう
第1話 わたしの姉は 巨大ロボット
草の芽を見て融けていく
幾度目の生まれ変わりかわからない
冬になるたび目が覚めて 別の風景 別の主人と巡り合う
今年もわたしは雪だるま
わたしを作ったことなど皆忘れ 足を止めずに流れてく
それを眺める日常に 飽きたことなど一度もない
だってわたしは雪だるま
植木鉢と並んだあの年も 同じ日常を待っていた
けれどあの子は忘れない
熱い手のあの子だけ 行くときだって来るときだって 忘れずわたしに手を振った
幾日たっても変わらない
けれど春は急ぎ足
草の芽がわたしを脅かす
逃げることのできない このわたしを
熱い手がわたしを抱いた
このまま融けてもいい
そう思えるくらい熱かった
熱い手はわたしを冷たい箱へ
暗く心地いいその場所で プリンと一緒にあの子を待った
相棒はプリンからアイスクリームへ
扉が開くたび 変わっていく
光が差せば あの子が手を振る
わたしは待つだけ
だってわたしは 雪だるま
箱の中に春は来ない
けれどわたしの体は融けていく
少しずつだが 確実に
わたしは消えた
ありがとうと あの子に伝える こともなく
わたしは言葉をもたない
だってわたしは雪だるま
ありがとうと言えたら どんなにいいだろうか
女神は言った
その願い 叶えましょう
~~~~~~~~~~~~~~~
聞くだけで凍えそうな足音
冷たい雪を 誰かが踏んだ
いつもの始まり
わたしが 雪だるまが 作られた
主人は見えない
目を作ってくれるだろうか
「美しい やはり人型でないとな」
女がささやく 夜の鳥のような 静かな声で
「どんな人なのでしょう」
透き通った声が 氷に響く
わたしの想いを 代弁するかのように
雪を踏む音が 体を冷やす
ぐるりと一周 誰かが歩いた
「誰もいないな 君がしゃべったのか?」
熱くて 優しいものが 頬を撫でる
人の熱さだ わたしは知っている
「熱いです」
氷の声が 悲鳴をあげる ささやかに
「やはり君が しゃべっているのか
これは これは
不思議なことも あるものだ」
風の音だけが 女に応える
この場所には 女とわたし
女のいう 君とは誰なのか
「……わたしですか?」
わたしの想いが 言葉に変わる
「自分でも 困惑しているのかい?」
女が問いかける
困惑?
きっと違う
「わたしは 喜んでいるんだと思います」
「ふむ そうか そういうものか」
女はわたしの答えに 喜んだだろうか
「あなたが わたしの 主人ですか?」
「君を作ったのか ということなら イエスだ」
わたしはきっと 喜んだ
伝え方も 伝えるべきかもわからない
それでも どうしても 伝えたい
「早く会いたいです」
「誰にだい?」
「あなたです」
静かな時間が 訪れた
風の音だけが わたしの体を震わせる
わたしの声が 届かなかったのだろうか
「あなたです」
「ああ すまない
聞こえなかったわけではないんだ
わたしは目の前にいるのに 会いたいとは どういうことかと 思ってね」
「わたしには あなたが見えていません
これは 会ったといえるのでしょうか?」
「なるほど それは難しい質問だ
だが 求めているのは 答えではなく これだな?」
ほんの少し 女の声が 休憩した
「いや すまない 見えていないのだったな
少しだけ待ってくれ」
待つのは得意 だってわたしは雪だるま
わたしの顔に 冷たいものが触れる
人の手のように 熱くない
「話す人型に ナイフを入れるのは なかなか 罪悪感があるな
痛かったら 手を挙げるのだぞ」
「手を挙げるという コミュニケーションも あるのですね」
「ああ ちなみに 手を挙げても 手を止めないのが 定石らしい」
冷たく鋭いナイフが わたしを優しく削る
わたしの顔に 空虚な穴二つ
何かが 押し込まれる
光を感じた
すべてが白い 明るすぎる
初めて目をもらうときの いつも通りの感覚
目は閉じない だってわたしは雪だるま
ゆっくりと 光が馴染み 見えてくる
景色の前に 影が覆った
「わっ!」
「おっと 驚かせてしまったか
ということは みえているのだな」
人の形をした影が 後ろに下がる
雪だるまのように真っ白で ふわふわしている
人間を 雪から守る 外套だ
頭を守る髪の毛も まるで積もった雪のよう
広く白い丘の真ん中で 女はわたしを見ていた
女の手には 夕日がひとつ
「これはライバルカラー わたしが見つけた 宝石さ
君の左目に これの青が 入っている
もう一つ 失礼するよ」
イチゴのように赤い宝石が わたしの顔へ
「微動だにしないが 怖くないのかね」
「目になるんですよね?
怖がる必要がありますか?」
「有益なものでも 怖い物さ
わたしはコンタクトレンズも つけられない
必要も ないのだがね」
まぶしくはない 世界が明るく 広がる
「両方の目で 見えているか?
見えていなくても 両目がなくてはな
モノアイでは まるで悪役だ」
「そういうものですか?」
「なに わたしの感想だ
今日は最悪の日だと 思っていたが 手を動かしてみるものだな
こうやって いいことが 起こる」
女の微笑みは ほんのり冷たい
「なにか あったのですか?」
「これからあるんだ
ショッキングな絵になるが 見てみるかい?
君と一緒なら わたしも目をそらさずに 済みそうだ」
女が振り向く 向こうに大きな白い山
女はそれを 見ていない
丘の下に 広がる雪原
そこに人型が一つ
雪だるまではない
そして人でもない
鈍色の甲冑 建物のように大きい
「人型試作兵器M1型
わたしは マリーチェと呼んでいる
わたしの作った 人型という点では 君のお姉さんだな」
お姉さん 初めての感覚
雪だるまでもない マリーチェが
少しだけ 近く感じた
「今日は マリーチェの 性能試験なんだ」
「セイノ……?」
「難しい言葉は わからないか
マリーチェがどれくらいすごいか 確かめる日なんだ」
「マリーチェの 凄いところが 見れるんですね」
「だとよかったんだがな」
マリーチェから離れたところに 機械が二つ
動物がうなるような音を上げ プロペラを回す
離れているのに 体が震える
機械はゆっくりと 浮かび上がる
マリーチェの正面へ
長い鼻を持つ車も 一緒にマリーチェの前に並ぶ
マリーチェは今も 座ったまま
「マリーチェは未完成でな
立派なのは 見た目だけさ
動力も 燃料も 何一つ 搭載できていない」
「どういう ことですか?」
「マリーチェは歩くどころか 立ち上がることもできない
一方的に攻撃され 破壊されるだろう
開発は打ち切りだ」
わたしの主人が 泣きそうな顔で 笑った
「少し難しく言い過ぎたな
マリーチェの 最後の瞬間というわけさ」
飛ぶ機械の下で 何かが光った
光がマリーチェへと 向かっていく
光がマリーチェに届いたら 悪いことが起こる
そんな気がした
「やめてください!」
風もないのに 雪が舞う
わたしの想いに応えるように マリーチェに向かって
手を伸ばす
それはきっと こんな感覚なのだろう
雪は集まり 壁となる
マリーチェと光を隔てる 立派な壁に
光は壁にぶつかり 更に光る
熱かった 融けるを通り越して 雲になってしまいそうなくらい
壁が焼かれいる
壁を崩せば この熱さから 逃げれるだろうか
わたしは壁を 崩さない
焼かれる感覚がある限り 壁は残っている
マリーチェを 守れている
光はどんどん降り注ぎ 負けじと雪が集まっていく
どれほど時がたっただろう
夜明けのような静寂が 辺りを包む
マリーチェを包むのは 白いもや
「終わり……ですか?」
雪の壁が 崩れていく
わたしが 力を抜いたから
落雪はもやを吹き飛ばす
マリーチェは静かに座っている
「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」
主人が飛び跳ねた
振り向いて見せたのは 熱い笑顔
子供のように 笑っている
大きな雪だるまを完成させた 子供のように
「これは 成果になる!
マリーチェの開発が 続けられるぞ!」
わたしの好きな笑顔が 目の前に
「マリーチェもきっと あなたの笑顔を見れば 喜びます」
「興味深い感想だ
君はわたしより マリーチェを理解しているのかも しれないな
君に出会えて 本当によかった
これから忙しくなるぞ」
「わたしも会えて 嬉しいです
これから 頑張ってください」
「まるで他人事のような 言い草じゃないか」
主人は跪いて 手を差し伸べる
「わたしと一緒に マリーチェを完成させてくれないか?」
見たことがある
こんなとき 人間だったら 手を重ねる
でもわたしは雪だるま
人間と同じことなんて ひとつもできはしない
いや どうだろう 喋ることはできた
手を重ねることも できるかもしれない
「わたしも 力に なりたいです」
難しいことは なにもない
わたしの手は 前に出た
スコップや 木の棒ではない
五本の指がある 雪でできた手
「まるで 人間みたいな 手です」
嬉しそうだなと
主人は笑った
雪だるまの姉は巨大ロボットだった もさく ごろう @namisen
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